第43話 左目Ⅰ②
「どう? そのメニューだったら、かなり自動化できると思うよ。せっかくAI自動運航の戦艦なんだから、整備もオートで行けるよ」
戦艦ラポルトの整備デッキ、2階のタラップで、日金はそう話した。
その話に真剣に耳を傾けるのは、メンテ担当3人組、七道、多賀、網代だ。
七道が願い出る。
「日金さん、パイロット辞めてメンテ戻って下さいよ。ゼッタイそのほうがいいです」
「あ~。そしたら、あ~しらラクできるな~」
「‥‥‥‥。うんうん」
「お、柚月が珍しく帽子から顏出してんな。ひょっとしてオマエ、デキる大人男性がタイプか?」
と、七道が多賀を問い詰める。それを網代が。
「そっすよ? 師匠。ゆづは昔っからシゴトデキる系大人のオトコがツボで~」
「ちーちゃん!」
「ははは。いや~、メンテも楽しそうだな~。だけど、君らみたいな優秀な女の子を国が育成中だから、整備は女性中心になってくんじゃないかな? これからの時代は。メンテから転籍させられたお兄さんはしぶしぶケラメウス業に勤しむことにするよ。パイロット目線からメンテを見る、そんな人間がいるのも、組織にはすごく有益なんだ――ん? どした。詩女ちゃん?」
***
「‥‥取り消してください。‥‥愛依に謝ってください」
食堂。
英雄さんと愛依を取り囲んで、みんなが立っている。
僕は、ベッドから身を起こして、そう言った。
激痛が走ったが、怒りの方が大きかった。
「んあ? 誰かなんか言ったか?」
「僕です。さっきの言葉を取り消して、愛依に謝罪してください」
「‥‥‥‥暖斗くん?」
麻妃が心配そうに横目でこちらを見る。
「ああ、何だ、パイロット君か。ガールフレンドが残念だったな」
「僕が現場に行って助けました」
「助けても、『助けられた』かどうかは別なんだがな? ‥‥イチイチ説明しねえとわからねえか?」
「愛依は無事です。助けた僕がそう言ってるんです」
「あ~テメエとじゃハナシが嚙み合わねえ。じゃあ細かくいくぞ。なあ嬢ちゃん。記憶は全部あるか? 気がついたらベッドで寝てた、とかねえか?」
その言葉に、愛依はビクッと肩を揺らし、左ひじを持つ右手に、より一層力が込められた。
俯いて垂れた髪の毛で、その表情は見えない。
肩が小刻みに震えている。
「な。そうだってよ。あの白いケムリは催淫剤で、オンナをその気にさせてから、神経毒で意識を飛ばすんだ。敵も『そのつもり』で段取りしてんに決まってんだろ。最初っから敵兵はな。で、飼いならして手駒にすんだよ」
「でもさっき愛依は『違う』って」
「ああ~、イライラさせんな。オレが言ってんのはそういう水掛け論じゃあ無くってな。取りあえずコイツを牢屋に入れて、それから調べを入れろって言ってんだ。何してくるかわかんねえからな。もうコイツは敵に骨抜きにされてんだよ」
「ぐすっ‥‥‥‥ひぐっ‥‥‥‥ふっ‥‥」
その台詞を聞いた愛依が、また声を上げて泣き出した。
僕のはらわたが――――煮えかえる。
英雄さんは構わず続ける。
「思い出したくもねえ!!‥‥‥‥ったく。言わせんな。敵兵にほだされて、情が移っちまった女がな、オレ等パイロットに近づいてくんだよ‥‥。そりゃあ、天使みてえな笑顔でな。――で、一服盛りやがる。俺の戦友はよ。それでひとりおっ死んで、ひとり失明したよ」
英雄さんは、首を振りながら目頭を押さえる。
「‥‥オレぁ親切で言ってんだ。嬢ちゃんをまずは敵の手駒と見做して、その後ゆっくり疑いを晴らせばいい。嬢ちゃんが本当にシロならそれでいい。ありえねえ確率でもな。小僧だって、嬢ちゃんが出すモノ飲み食いしちまうだろ? 笑顔で『どうぞ』なんて言われりゃあなあ」
「ぐ‥‥‥‥」
言葉に詰まる。それはひと言も反論ができない。
「オレは今この艦にいる。その艦に『敵性外国兵との濃厚接触者』がいる。これだけで枕を高くしては寝れねぇんだよ。性悪で言ってんじゃねぇ。経験則だ!」
ほらみろ、という顔の英雄さんは、両手を放り上げるようにしながら言った。
「人を騙すことにかけちゃあ、男が女にかなうワケがねえんだ。残念ながらな」
僕は、英雄さんと言い争いながら、少しずつ前へ、輪の中心へと進んでいた。上手く歩けないから、食堂の机に寄っかかったり、椅子を倒したりしながら。
英雄さんと愛依、ふたりを取りまく円の、最前列までやっと来ていた。愛依は、誰かが着せたのか、いつものセーラー服姿だった。
僕は、愛依が泣く姿を間近で見て、本当に怒りが込み上げてきた。
英雄さんの言っている事が、完全に間違いだとは思わない。けれど、ここで言う通りにしてしまったら、愛依はどうなるのか。もうすでに取り返しがつかないくらいに傷ついて、苦しんでいないか?
本人の前であんな言い方をする人間を、僕は、どうしても許せなかった。
「‥‥『残念』、ですか。‥‥‥‥残念なのはあなたの方じゃないんですか?」
僕は、地面を睨みつけながら言った。
「んだと!!」
当然、英雄さんは怒った。
一瞬で食堂の空気が凍りついた。ざわっ! と女子が揺れた。
「ぬっくん!」
麻妃に抱きつかれた。
「ぬっくん! やめよう。やばいよ。これはやばい。ね。ぬっくん!」
麻妃の両腕に力がこもる。が、負けずに英雄さんを睨んだ。
「ぐ‥‥‥‥アピちゃんだって、最初この艦が助けた。あなたは何やってたんですか? 酒盛りですか?」
「オマエ!! このオレにゴタ付けんのか!! いい度胸だ!!!」
さすがに、獅子が吠えたような怒号だった。女子全員が縮んだ。短い悲鳴も。
「小僧!! 村がそれを言ってきたのは後からなんだよ!」
「ぬっくん! わかった、わかったから。ウチのお願い聞いて? やめてよう。ね、もうやめよ。お願いだから。お願いだからあ!」
麻妃が抱きかかえた僕を後ろへ引っ張るが、僕も本気で踏みとどまった。
「ケッ!! ママゴトで戦艦動かしてる餓鬼が。いっぱしの口をきくじゃあねえか。戦場に出てから言いやがれ」
「‥‥‥‥さっきから滝知山さん、『戦場では』とか色々言ってますけど『オレは戦場知ってるぞ』って何アピールですか? ‥‥‥‥そういうの僕らは『痛いヤツ』カテに入れますけど? そんなに偉いんですか。戦場に出ることが」
「暖斗くんっ!!」
子恋さんが絶叫する。
「てめええええ!!!」
滝知山の怒号! 椅子から立ち上がった。
「‥‥‥‥オメエは今! 命をかけて戦った人間に言ってはならねえことを言った!! わかってんのか? 特脳だからって容赦はしねえ。たかが女一匹に、ムキになりやがって!」
滝知山は、僕に近づいてきた。
「‥‥『たかが?』じゃあないです。愛依は傷ついてるんです。苦しんでるんです。かける言葉が違う。‥‥‥‥この世界はおかしい。昔は、女子にも男子と同じだけの権利と尊厳があったって。‥‥なのに今、泣くのは女の子ばかりで‥‥‥‥」
「餓鬼が!! 男の員数が足りねえんだよ。絶望的にだ! その少ない男共で、国防も戦争もやらなきゃなんねえ。敬われて当然だ!!」
僕の前で、拳を振り上げた。岩の様な軍人の拳。戦場の拳。
人を殺したことのある人間の、拳。
生まれて初めて「殺意」というものを感じた。
ゴギッ!! ‥‥グチッ!!
振り下ろされた拳が命中し、人影が壁に吹っ飛んで叩きつけられた。イヤな音がした。
僕は目を開けた。
殴られたのは‥‥‥‥僕じゃ無かった。
生々しい音で壁まで吹っ飛んだのは――。
浜一華さんだった。
「いちこ!!」
食堂に、桃山さんやメンテ3人組も入ってきていた。日金さんもいる。
「いちこぉ!」
桃山さんがもう一度叫ぶ。
「うぐぐぐ‥‥‥‥」
浜さんは壁に寄りかかりながら、ゆっくりと起きあがり、英雄さんを睨みつける。
笑うみたいに開いたその口から、べっとりと赤い血が流れだした。
その場の全員が、唖然とする中、浜さんの口が動く。
そこで彼女が発した言葉は。
「あはっ!」
※本来殴られるのは、愛依さんでした。しかも軽く。暖斗くんがキレるきっかけのはずでした。しかし、セカオワの「アンブレラ」という楽曲を聴いた瞬間、一華さんが壁へ吹っ飛ぶ話が頭の中から溢れ出してしましました(続く)




