第43話 左目Ⅰ①
戦艦ラポルトのDMTデッキでは、桃山006番機が着艦を終了していた。
「詩女ちゃん。お疲れ~」
デッキには、滝知山――英雄さん――のバディ、日金さん――付き人さん――がいた。
「え、何で日金さんが。っていうか、私の名前なんで知ってるんですか?」
「いやあ、カワイイ娘はすぐおぼえちゃうんだよな~。ホント」
「やだ、あはは。やめてください。滝知山さんに言いますよ?」
「そ~だね~。それはマズイから、この辺にしとこうかな? 今日のところはね」
「今日のところ?」
「だって君の魅力を全部言葉にするには、半日はかかるよ? 少なくとも」
「もう! 兵隊さんてそんなノリなんですか?」
「はは。実はカワイイ後輩たちにアドバイスがあってね。それでデッキにいるんだ。じゃ、またね」
日金はそう言って、整備用タラップを登って上階へいく。上には七道ら、メンテ3人組が日金を待っていた。
「‥‥『カワイイ後輩』って、もう。どうせ誰にでもカワイイカワイイって言ってるんでしょ? ああいう人は」
桃山は両手を後ろに組んで、口をとがらせた。
「ははあ、じゃあ私らがやってたのは、学校実習用のメニューって事だったと」
そう言って、七道は腕を組む。
「そうだね。学校では仕組みを学ぶためにイチから基本を全部やるだろ? でも、現場、とりわけ戦場では、1機のDMTを戦場に送り出すだけで戦況が変わる。とにかく稼働率なんだ。その稼働率のためには使える物は全て使う」
パネルを触りながら説明する日金の後ろで、多賀と網代がうんうんと頷いた。
「あ~しらにその発想は薄かったな~。学校で習ったことと違えたら、ヤバいんじゃないかって。ね。ゆづ」
「‥‥‥‥。ちーちゃん真面目。意外と」
「はは。それも大切なんだよ。ただ要は優先順位さ。一個の部品にこだわってしまって、部隊に必須装備が届かなかったら『作戦は出来ない』だろ? この表示窓をよく見て。脳波インターフェイス――プロテシスパネル――は調整が胆だ。校正をマメに。ここは、中型規格の骨格だけなの?」
「いえ、まだ」
七道が、デッキの奥を指さす。
「あっちにまだ、『開かずの扉』がいくつもあって。そこどうも中型よりも大型くさいガワなんです」
「わかった。私の権限で開けれる所は、開けとこう」
「やった。新アイテムと強化装備ゲットだあ~」
3人がハイタッチをする。それを気さくな笑顔で見守る日金の後ろから、桃山がひょっこり顔を出した。
「専門用語ばっかでわっから~ん♪」
「あ、詩女ちゃん。何? まだカワイイって言ってもらい足りないと?」
「ちがいますっ。何してるのかな~って」
「ああ、詩女ちゃんだけじゃなく、この3人はカワイイ僕の後輩だからね。千晴ちゃん。柚月ちゃん。‥‥‥‥あ、それと璃湖ちゃんも」
「‥‥今ぜってーワザとだろ」
ふて腐れた七道を見て、全員で笑った。
***
「実は、僕は海軍工科学校出身でね。みなと市ではなく他県だけど。だから工科の子はみんな後輩みたいなもんなんだ。それで、この体制じゃあ大変だろうから、入れ知恵をしに来たのさ。教科書じゃなくて、現場の知恵を、ね?」
七道以下、3人は一斉に頭を下げる。
「「お世話になります。先輩」」
「うんうん。じゃ、S-HCR-Nの研磨と充填行こうか。バリ取り、形態修正、粗研磨、中研磨、仕上げ。学校で習った通りが理想だが、戦場ではそうもいかない。5本全部の研磨バーを使わなくても、3本に端折ることもできるよ。バリ、粗、仕上げ、とね。あと、海外製だけど、ワンステップで粗から仕上げまでできる研磨材もある。粒子がどんどん細化するタイプだ。いざという時はこれで時短をするといい。それとCR充填は、気泡がネックだね。接着界面に湿度が入らないようにすることと‥‥」
「は~。私ら成績優秀でこの艦に選ばれたつもりだけど、戦場はモノサシが違うわ。基本通りが正しいとは限らない世界か‥‥。そりゃそっか。戦列に間に合わせられない兵器は無い物と同じか‥‥‥‥なるほど」
七道が嘆息している。
熱心な日金と、そんなメンテ3人組を見て、桃山もなんだか楽しくなった。
何を言ってるかはぜんっぜんっわからないけど。
「なんだ。チャラい人かと思ったら、後輩思いのいい人なんですね。指導も的確みたいだし。七道さんが受けに回ってるの、レア映像ですよ?」
「何? 今僕の事チャラいって言った?」
「あっ、聞こえちゃった。でもそう思ってましたけど、違いました!」
「いや、チャラいよ。オレ」
「あは。認めちゃうんかい」
「桃山」
「なに? 七道さん」
「邪魔。後にして」
「は~い。ごめんなさい」
桃山は3人に手を振り、日金に会釈して、その場を去ろうとする。
数歩歩いた所で、ふと思い出して、インカムを耳に入れた。
「‥‥‥‥!?」
「‥‥‥‥どうしたの? なんで‥‥暖斗くんがキレてるの? ‥‥‥‥うそ!!」
桃山はメンテ談義の4人を振り返る。――まだ、誰も気づいていない。
食堂の異変に。
「ちょっと、みんなインカムつけて。全体通信。日金さん、助けて!」
慌てて声を掛けた桃山だが、自分の声が震えているのがわかった。




