第42話 咆哮②
食堂。
重苦しい空気の中、滝知山さんの声だけがビリビリと響いていた。インカムからは渚さんの状況説明。
「それで、逢初さんは最初否定してたんだけど、途中から認めるようなこと言って、英雄さんが、『途中で話を翻すんじゃ、スパイの容疑かけた方がいい』ってなっちゃって」
そういえば、Botは一貫して愛依を連れ去ろうとしていた。
でも、問答無用、というよりは、怪我をさせないようにふんわりと、という感じだった。ビームも、砲撃も、僕が愛依と近接した時は撃ってこなかったから。
何か変だとは思っていたけれど‥‥。
英雄さんが、僕を見つけた。
「おう、小僧か。Bot片付けたんだって? やるじゃあねえか。来い来い。なんだ、ベッドなんかで。あ、おめえアレか? 特脳か?」
「あっ‥‥ハイ。‥‥えっと、特脳?」
インカムで、紅葉ヶ丘さんの声がした。
「特脳ってのはね。マジカルカレントの古い言い方。特殊脳波発信者。オッサン語彙が古いんだよ」
「そ、そっか」
僕と4人の女子も、英雄さんと愛依の輪の外側に加わった。
「しかし嬢ちゃんは残念だったな。小僧のヨメにでもなれそうだったのにな」
「‥‥ですから、まだ確定しておりません。これから調べることです。白い煙幕の成分も、渚学生が採取しております」
子恋さんは、声を震わせていた。必死の構えだった。
「だからな。それじゃあ温ィんだよ! 嬢ちゃんがすでに篭絡されてたらヤベエんだ。まず独房に監禁しねえと。仲間だって信じたい気持ちはこのオレだってわからぁ。でもな。戦場でソレやっちまって、全滅した部隊もあるんだ。作戦上全滅じゃあ無ぇ。文字通り全員戦死のほうだ‥‥‥‥!!」
英雄さんは大声でさらに力を込めて、腹にビリビリ響く声で言った。
愛依は、うつむいて微動だにしない。
その顔は蒼白だった。
「あの白いケムリはな、ツヌ国の定番なんだよ。国境あたりじゃあ好き放題しやがるんだ。意識障害と催淫性のガスだ」
「‥‥‥‥催淫性!」
子恋さんと渚さんの表情がこわばる。
「小職もあのガスを吸いました。でも異常はありません」
「量によるんだよ。嬢ちゃんはたぶん、白いガスの中をあの家までさまよっちまった。敵兵が待ち受ける家になあ。どうだ? 急に気を失ったりしなかったか?」
その言葉に、愛依はビクッと肩を揺らした。
「逢初さん。‥‥違うならそう言っていいのよ?」
という子恋さんの言葉が、食堂に空しく響いた。
「だろ。こんな若い身空で気の毒に。しょうがねえんだ。そんなもん撒いてた敵が悪いんだからな。敵に村ごと襲われた現場とかなぁ、女への仕打ちはそりゃあ酷いもんだ。オレは戦地で山ほどそれを見て来た。それと比べりゃ、まあ、五体満足で帰って来られただけで良かったじゃあねえか。敵兵が何もしないわけはねえがな」
「!?」
「あ、あの、滝知山さん?」
「だってそうだろ。ツヌがあのケムリ使ったって事は『そういう事』さ。気を失った女を拉致したり、催淫剤で虜にして惚れさせるんだよ、手駒にするために。そこで口封じで殺されたりもあるんだぜ? 普通にな。だから、嬢ちゃんは運が良かった。そう考えな。人生前向きが大事だ。これからスパイとか言われるし、敵兵に抱かれちまったのは、まあ、命と交換だった――と、割り切るんだな」
「ちょ‥‥‥‥抱か‥‥‥‥?」
「‥‥‥‥ち‥‥が‥‥もん‥‥」
愛依が口を開いた。聞き取れない、か細い声で。顔を上げてもう1回。
「‥‥‥‥ちがうもん」
「ああ? 違う? どこがだ。嬢ちゃん最初は敵兵との接触全否定だったのに、村のガキの証言出てきたら会ったの認めたじゃあねえか。スパイ法が面倒なのはわかるけどよ。嘘はダメだ。な? 敵に抱かれた女の典型じゃねえか。情が湧いちまったんだろ? 嬢ちゃんが変なことしでかす前に、監禁しとかねえとなんだよ。それからだ。それからゆっくり、身の潔白を言いたいんなら言いな」
僕は、絶句するしかなかった。
敵兵?
スパイ?
抱かれた?
愛依が!?
嘘だろ、と何度も反すうした。口が乾いていた。
「うわああああん!」
愛依が泣き出した。
僕は、愛依の声が大好きだ。高くて、透き通っていて、しとやかで、甘い。
そんな、女の子らしさを凝縮したような声が、今は悲しみの色に染まって、この部屋に響いている。
「ちがうもん! ‥‥‥‥そうじゃないもん!」
幼女のように、両手で顔を覆い、その場に泣き崩れる。最後の力を振り絞ったような、大きな声だった。
火傷した時の赤ん坊の泣き声に近い。
その声は、薄暗い食堂の天井に当たり、殺風景な壁に跳ね返り、色んな所を反響しながら僕の耳に届いて、その鼓膜を激しく叩いた。
僕は、――――キレた。
「‥‥取り消して下さい。‥‥愛依に謝ってください」
※立ち向かう暖斗の背中に力を。
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