第41話 届け! ②
わたしは誰からも必要とされていない。実の親からさえ。
その上、敵性外国兵との嫌疑が生まれてしまった。もう終わりだよ。
Botに追い込まれて、諦めたよ。何を? もう全部を。
そんなことが頭に浮かんでいた、その刹那。
そよ風が後ろから前に吹いて、わたしの髪を浮かせた。わたしは無意識に、片手で髪を、もう一方でスカートを押えた。足が「く」の字に曲がる。
ゴウンゴウン、ゴウンゴウン♪!!
それは、聞き覚えのある音だった。重力子エンジンの、駆動音。
「えっ!?」
振り返ると、15メートルの高さの肩に「UO-002」と書かれた中型タイプのDerMETERが、わたしのすぐ背後で屹立していた。
そっか、フローターで浮遊してるから、音もなく接地し‥‥。
「届いたあああ!!!」
少年の絶叫がこだまして。
その白銀の巨像は、後ろのBotに掴みかかっていく。
「手前!! 何してやがんだ! 愛依に、何してんだ!!」
「きゃ!」
強い光を感じて、わたしは怯んだ。何? 稲妻? 日中で、晴れてるのに?
ズゴゴゴォォォォン!!
暖斗くんのDMTから、物凄い音が聞こえた。彼の機体はそのままBotの金属製のアームを引きちぎると、まるでビーチボールのように、Botを彼方へふっ飛ばす。
「あっ!」
もう1機が、わたしに向かって来ていたけど、彼の槍の方が早かった。
ゴウ!!
わたしの頭越しに槍を突き当てて、Botを退かせる。
サリッサが頭上を通る時って、空気を切り裂くすごい音がするんだね。直後、わたしの視界は、巨大な盾の裏側で塞がれた。
「愛依、ここで待ってて」
久しぶりに聞く気がする。暖斗くんの声だ。体の芯が安堵する一方で、あの敵兵の顔が浮かぶ。
わたしの胸が、チクリと痛む。
「覚悟しろ! ‥‥‥‥このクソBotども! 動くなよ? そこを動くなあぁ!!」
盾を地面に突き立てて、そう絶叫しながら彼のDMTはわたしの視界から消えた。
盾の裏側の、巨大でゴツゴツした器材の向こうから、あの音、槍が回転を始めるガリガリガリ‥‥という音が聞こえてきて、何度かのものすごい爆音が響いて、強い風が吹いてきて。
――――やがて静かになった。
彼は盾を持っていない。
大丈夫だろうかと、そっと顔を出してみる。
‥‥ドゴゴォォォォン‥‥!
戦闘はまだ続いていた。100メートルくらい先だろうか。ビームを連射するBotと、それを避けもせずに ずかずかと歩み寄る暖斗くん。
ビームを弾いて近づいた、と思ったら、槍を突き刺して地面に叩きつけてる。
ものすごい粗野で乱暴だ。
あの、医務室でミルクを飲む柔和な彼からは想像できない。「はい、あ~ん」に頬を染める彼からは。
わたしの心の奥底で、何かが鳴った。彼の男性的な一面を見たからだろうか? 助けられた物語のヒロインを体験できたから、だろうか?
とにかく、何かが鳴っていた。
ガガガ! バキバキバキ!
物凄い音と地響きと、火花。暖斗くんが1機目の息の根を止めて。
あ、もう1機、さっきのビーチボールが戻ってきた。ビーム避けなくて大丈夫? あ、また槍で弾いて‥‥今度は粉々だ。
「――――あ」
戦闘が終わるのを見届けて、わたしはその場に倒れてしまった。助かった安堵か、脳貧血か?
そういえば、村でわたしが吸った白い煙、ゼノス君は「神経毒が――」と言ってた‥‥よう‥‥な。
***
2機のBotは倒した。引き裂いてやった。
まだあの盾の裏に愛依がいるのに、また動き出したら危ない。跳ね飛ばした2機目に念入りにとどめ――確定のキルを入れる。
僕は、盾の裏側まで急いだ。もうちょっとでBotに連れてかれる所だったじゃないか!
愛依がいた高台は、僕のDMTの隔壁操縦席のハッチと同じくらいの高さだから、そのまま横づけしてみよう。
ごめんよ愛依。怖かったよね。でも間に合ってよかった。
とか考えながら戻ったら、盾の裏で、愛依が倒れている。
「愛依! 愛依!」
呼びかけに反応がない。たまらずハッチを開けた。
「愛依! 大丈夫? 爆風でもくらったのか?」
手を伸ばそうとして、はっと我に返った。
僕が隔壁操縦席から出てしまえば、マジカルカレント後遺症候群が出て、動けなくなってしまう。
それはマズイ。麻妃や桃山さんはまだか、と考えを巡らせていたら、
ゴン! と音がした。
「‥‥‥‥!?」
僕の目の前に、高台の地面があり、両手が、その土に手を乗せている。
「あれ? え?」
僕は、隔壁操縦席から、落ちていた。
何で? と思う前に答えはわかった。敵Botの砲撃だった。
「まずい!!」
慌てて隔壁操縦席へ戻ろうとしたが、もう足は思うように動かない。
しかも。
「‥‥‥‥きゃああ!」
もう1機現われたBotが、さっきと同じ様に、愛依の肢体を掴もうとしている。
砲撃したBotと目の前のBot。まだ2機隠れていたという事か?
そいつらが愛依を拉致しようとしている。
「やめて! 助けて! 暖斗くん! 暖斗くん!!」
僕の頭の上で愛依の声がするけど、僕は顏を上げることすら難しかった。
マズい。完全に後遺症だ。
手足が動かない。
地面にカエルみたいに突っ伏しているしか、できなかった。
「やめて! やめてぇ! ‥‥‥‥あぁぁ」
愛依の声が、だんだん か細くなってきた。もう猶予がない。
守ると決めたのに。
みんなを、この娘を守ると誓ったのに。
※「母親との関係」




