第41話 届け! ①
その前の日の夜。
ハシリュー村を出発した暖斗は、ラポルトに帰艦して事情を説明すると、滝知山達との待ちあわせポイントへ向かい、無事合流、彼らを連れてそのまま帰艦した。
暖斗はDMTデッキにいたが、滝知山達はどんどん艦内へ入って行ったようだ。
「おお~。最新艦か。しばらく村暮らしだったからな」
中央エレベータの前で、子恋達が一列に並んで待っていた。メンテ3人組と紅葉ヶ丘、仲谷を除いて全員いる。
「艦長役を任されております。子恋と申します。大戦の英雄、滝知山陸曹長をお迎えでき、光栄に存じます」
子恋は敬礼した。
「おう、ネエちゃん共ご苦労さん。じゃ、取りあえず、全員服脱げや」
「「!!!」」
慌てて後ろから、日金が滝知山の袖を引く。
「上長! ここはそういう店じゃありませんから」
「がっはっは! いやいや、全員オンナだって聞いてたから『本当か? どんな反応すんのかな』ってな。がっはっは! 悪い悪い」
滝知山は酒焼けの頬を歪め、頭を掻いて豪快に笑っている。
が、子恋のインカムには「最っっ低!」「普通に聞けないの?」という誰かの声が入っていた。
当然、艦の女子全員、ドン引きだ。
暖斗から渚の伝言を聞いていた子恋は、スマホの会話アプリをあらかじめ公開回線モードにしていた。
「この最新鋭戦艦を中学生がなあ。当然『封印』はしてあんだろ?」
「はい。機密に関する所は当然に。ですが、そもそも私共はどこに封印があるかすら教示されておりません」
「そりゃそうだ。万が一嬢ちゃんが敵兵に捕まって、機密の存在ゲロっただけでも一大事。銃殺もんだ。ま、一応その辺も確認するんで、案内してくれや。‥‥いや、待てよ。もうこんな時間じゃねえか。明日でいいよな。日金」
「ああ、そうですね。そもそも上長飲酒してますし。もう休みましょう。上長」
「では、こちらでお休みください。4Fの士官室です」
子恋はそう言って滝知山達を案内すると、インカムに手を当てて小声でささやいた。
「‥‥ええ。お酒は全部廃棄して。仲谷さん。‥‥うん、はい。そう、料理酒も。‥‥それは後で何とかしましょう」
***
次の日の朝、滝知山さん達は子恋さんの案内で艦内を見て回った。その後、先日の戦闘でアピちゃんを襲ったBotを見に行く予定みたいだ。
僕はひとり医務室で、身体に異常が無いのを確認する。
愛依のいない医務室は、もの静かだった。今頃村で羽を伸ばしているんだろう。
いいよね。愛依はずっと艦の医療提供者として頑張ってきたから。
ちょっとくらい、いい思いをしたっていいじゃないか。
その後、桃山さんと模擬訓練をしていると。
「暖斗くん」
麻妃が訓練室に入ってきた。
「Botが出たってさ。村に」
僕は驚く。
「え? 通信使えるの?」
「ああ、艦周辺警備用のドローンを、中継用に使ってたじゃんか。それをそのまま置いてあるんだよ。万が一用にね。で、そのドローンに、渚さんからコンタクトがあった。Botが出て、撃退出来ないんだって。で、しかも、愛依の姿が見えないって」
「え、‥‥なにそれ。大丈夫なの?」
ものすごい胸騒ぎがした。急いで訓練室を出て、自室で着替える。スーツのファスナーを閉める手が震えた。
麻妃とは、インカムで会話を続けながら。
「なんか煙幕張るタイプのBotで、アピちゃんの家に近づこうとすると、村の外からでも煙幕張って来るんだって。たぶん愛依は、アピちゃんの家に迷い込んで、動けなくなってるんじゃないかって」
「なんだそれ。大ピンチじゃないか。どうなってんだよ。それ!」
DMTデッキへ続く廊下を走る。
なんだか腹が立ってきた!
「暖斗くん、慌てず急ごう。もうマジカルカレント発現しちゃってる。平常心だよ」
そう麻妃に諭されながら、DMTに乗り込んでいた。深く息を吸った――つもりだったけど、上手くいかない。
平常心? 無理だよ。愛依が心配すぎる。
「002番機、出ます。接地後フルブーストします」
「え? 待ってよ。ウチのKRMが間に合わない。桃山さんも出撃だよ。陣形組もうよ」
麻妃がそう言って慌ててたが、待ってられない。
間に合わなかったら、愛依に何かあったら。
早く現場について、愛依の顏を見なければ。
ドンッ!!
今のラポルトは、地面に着陸している。僕はデッキから発進すると、着地の瞬間に大地を思いきり蹴った。
DMTの機体が上空へ跳ね上がる。一瞬Gがかかったけど、すぐ操縦席周辺の重力子回路で相殺した。
反重力装置で自重を軽くしながら、飛躍の距離をできる限り伸ばした。鳥が飛ぶくらいの高さまで跳躍できたけれど、まだ遅い。まだ低い。
着地と同時にまた跳躍! 眼下の荒野が高速で後ろへ流れていく。
いやな予感しかしない。頼む。間に合ってくれ!
「届け‥‥!」
僕はそう呟いていた。
***
「‥‥まさか、こんな事態になるとは」
アピの家では、ゼノスが全身に脂汗をかいて、意識の無い愛依の姿を眺めていた。
愛依は、ぐったりとソファに横たわったまま、紅いくちびるをゆるめて目を閉じている。
一向に起きる気配が無さそうだ。
湯上りの黒髪はみだれ、倒れ込んだ拍子に浮き上がったスカートからは、太ももが大胆にあらわになっている。
そして件のキャミソールは、女子の純潔を守る、という衣服の使命を放棄する寸前だった。まさに逢初愛依のそれが、こぼれ落ちんばかりだった。
ゼノスはその無防備をまとう無垢な白肌に、手を伸ばす衝動に駆られる。
が、そのリビドーは不思議なチカラでかき消された。
「う、‥‥うう、言われた通りにしなくては‥‥‥‥」
ゼノスは、両手に手袋をはめると、服の部分を選んで愛依を抱きかかえる。そのまま外へ歩き出した。
***
「ぬっくん! 先行しすぎ。待って!」
「麻妃。なんで通信入るの?」
「だから艦と村の中継点のドローンだってば」
僕のDMTはもう艦から随分離れていた。高速でジャンプを繰り返して、ひたすら先を急いでいたから。
通信が入らない距離だけど、麻妃が言ったように警備用ドローンを中継基地局として置いてあるんだろう。
麻妃の声が聞こえる。
「渚さん! ‥‥は居ないか。じゃ、子恋さん! 村に近いドローンの支配権ちょうだい!」
「やっといたよ。子恋学生は今オッサンの相手してる」
「紅葉ヶ丘さん? ありがとう」
「このペースだと、002番機はもうすぐ接敵する! 急いで」
***
わたしは、目を覚ました。
「あれ? ここどこ?」
吹く風が汗ばんだ肌をひんやりとさせる。髪が、少し流れた。
「わたし、何してたんだっけ‥‥‥‥?」
周囲を見渡す。ちょっとだけ見晴らしがいい。丘の上のようだ。荒野と森、だけど、森の比率が少し高いかな。
「あ、村だ、村の入口。えっと、ハシリュー村、だよね。あれ。え、じゃあ、ここは?」
見覚えのある、赤い屋根が見えた。村の入口近くにある、アピちゃんの家だ。
「あ‥‥‥‥れ?」
その瞬間、わたしの記憶が呼び起された。
そう、わたし、逢初愛依は、さっきまであの赤い屋根の下にいたはずだ。それが、なんで村の外の丘の上に?
ふと見ると、キャミソールのヒモが片方落ちている。とっさに肩に戻したけれど、あれ?これって誰かがやってくれた‥‥ような。誰だっけ? 銀の金属棒で。
そして、さらに記憶が。
「‥‥‥‥いやぁ!」
全部思い出した。
わたしはあの家の中で、敵兵に捕えられ、彼に屈した。文字通り膝を折って、仲間を売ると宣言したはず。
あ、全部思い出した、は違う。彼――ゼノス君の前でひざまずいでからの記憶が――。
「ない」
必死に記憶を辿る。‥‥わたしにとってこれは、とても残酷な作業だった。
だって。
わたしは「超記憶」のギフト持ち。
何をどうしても「忘れる」わけがない。――つまり。
意識がなかったか? 記憶障害が起こるくらいの‥‥?
ど、どうしよう? どうなっちゃったの? わたし。
ギュオォォン!
目の前にBotが現れた。
「きゃあ!」
1機‥‥2機の小型Bot!
わたしに向かって、金属製の腕をを伸ばしてくる。わたしは咄嗟に逃げようとするけれど、身体がうまく動かない。足がもつれて転んでしまった。
1機のBotが、わたしの左腕と左足をつまんで、空中に引き上げた。これって、アピちゃんを追いかけてたような人さらいBot?
あ、アームの掴みが甘い。たぶん人間を怪我させずに掴むように、設定されてるんだ。
誰かに聞いたのを思い出した。こういう風に捕まった人間は、他国に連れてかれて、奴隷になるんだって。値札を貼られて、オリに入れられて。
「いやああ!」
反射的にわたしは、アームを外して地面に落ちていた。ちょっと高かったはずだけど、恐怖の方が勝っていたから。わたしは、地面すれすれの目線で、自分の手が大地を掴んでいるのを確認すると、起き上がって逃げ始める。
逃げおおせる訳がない。
けれど本能のままに、恐怖から逃れるしか今はなかった。
ズゴゴゴォ!
後ろから大きな音がする。
もう耳のすぐ後ろだ。
そして視界は1機のBotに塞がれた。
2機に、前後を挟まれたみたい。
「そうだよね。逃げられる訳ない。親からも、ゼノス君からも。全部」
息を切らせて、口走った。
「‥‥‥‥もういいよ。好きにして」
両腕がだらん、と下がった。
「‥‥誰かわたしを欲しいなら、自由にして。こんな粗大ごみ、もう持ってっちゃってよ」
わたしが全てを諦めた、その刹那だった。
※「こんな事態」とは?




