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第39話 邂逅Ⅰ②

 




 彼の視線に射殺された。


 彼の端正な顏からいきなり強烈な視線が発射されて、わたしの身体の一番奥を貫かれたような感覚を味わった。


 獰猛な肉食獣の鼻先の、野うさぎの心地。


 ドキン! と胸が脈打つ。




 思わず目を逸らした。


「君は軍人では無い、とするならば、何故軍艦に乗っているのか? そりゃ、何か役割があって乗り込んでるヤツはいる。じゃあ君は民間人か? という事になる。この村に来た経緯、君があの軍艦に乗っている経緯と理由。あの謎の軍艦について。知ってる事を全て教えてくれれば、俺も君を『民間人』と認定する。民間人なら、軍艦の連中に、そこまで義理立てしなくていいハズだからな」



「そ、それは‥‥‥‥えっと‥‥‥‥」



 ああ、ダメ。もうしどろもどろになっちゃった。まずい‥‥という言葉だけが頭の中で空回りしてる。



 待って。この人は、新聞記事にもなってる、「みなと市の中学生16人、最新鋭戦艦ウルツサハリ=オッチギンに体験乗艦」のニュースを知らないのかな? 


 いくらネットが使えないとはいえ、ちゃんとした所で調べればすぐ記事にたどり着くはずだよ。一般のニュースなんだから。え? なんで?



「はは。やっとそれらしい反応が出たな。良しと。じゃあ、こういうのはどうだ」



 彼の表情が少し変わった。何かイタズラを考えてる男子の顏だ。怖いけれど。


「まず、民間人だという事の証明として、武器を持っていないことを証明してくれ。そうしたら、その両手は机から離してもいいよ」


 どういう意味か? わたしは戸惑った。でも彼が譲歩してくれたのかと思ったけれど。


「君が今ここで、武器を持っていないと、証明するんだ。つまり‥‥」




「‥‥‥‥っ」




 わたしは固まった。彼の意図がわかったから。でもそれは、わたしが失うものが多すぎる証明だった。年頃の女の子が失うものが。



 彼は、また銀色の金属棒を取り出したけれど。


 それは銃だった。


 わたしが悲鳴を上げて飛びのくと、ああ、安全装置がかかってるから暴発はしないよ、と言いながら、銃の先をわたしの足に当てた。


 脳内で、この銀色の銃に打ち抜かれるイメージが何度もよぎった。




 ギリギリで、わたしは踏ん張った。


 自分より何より、守るものがある、と思い出して。



「暖斗くん」



 そう、そっとつぶやいて、わたしは歯を食いしばった。





「わたしは撃たれるのは嫌。でも、あなたに話すことはないわ。わたしを、好きにすればいいじゃない!」



 目をギュッと閉じて、わたしは観念した。暖斗くんのミルクを飲む顏、暖かい右手、綺麗な瞳、寝顔、優しさ。さよなら。


 でも、一筋の光明はある。わたしが民間人だとなれば、敵の外国兵でも迂闊には手は出せないはず。後でバレたら国際問題になるからだ。


 もちろん彼が、そういうルールを守る前提。そう、最悪殺されさえしなければ、もう1度また逢える。どんな最悪なかたちでも。




 もう。今から何が起こるのか、――恐怖しかないけれど。





「いや、悪かった。すごい覚悟だね。あ~、じゃ、やっぱり軍の関係者か」


 彼はそう言って、パンパンパン、とまばらな拍手をした。


「‥‥‥‥え?」


「これだけ銃や暴力を匂わせて屈しないんだから。君、少なくとも素人では無いよ。といっても軍人とも違う。こんなケース初めてだ。あ、君美人だから、『お姫様』とか呼んでいい?」



 わたしはその場に崩れ落ちてしまった。


「ああ~、両手離したね。でもいいよ。もう。君も錯乱してるだろうから、ちょっと世間話でもしよう」


 撃たれずにすんだ‥‥‥‥の?


「尋問したとして、いややっぱり民間人でした、だと、上官から怒られるんだ。俺の任務の性質上ね。不思議な子だね君は。俺には判断がつかない。だからとりま民間人として扱うしかない」

「ああ‥‥‥‥はい」


 情けなのか何なのか? とりあえずクールタイムをもらった。


 少しだけ、状況が飲み込めてはきた。




 ***




「『パックス・コウコカーナ』、って知ってるかい?」


 しばしの後、彼は唐突に聞いてきた。取りあえず答える。


「はい、『絋国による世界平和パックス・コウコカーナ』――絋国(コウコク)によってもたらされた世界平和、ですよね」


「おお、博学だね。さすが絋国女子」


「100年前、この国がDMT(ディアメーテル)を開発して、一気に軍事バランスを崩した。世界唯一の強大な軍事力を有して、世界中の戦争、紛争に干渉した。結果、世界中から戦争が無くなった。それが、絋国の絶対的な軍事力によって世界が享受した幾ばくかの平和、『パックス・コウコカーナ』です」


「それであってるんだけど、それは絋国視点の歴史解釈だ。干渉されて迷惑だった国もあるんだぜ」


「ごめんなさい。それは、わたしにはわかりません」


「ああ、まあそうだよな。で、そのおかげで俺もこうやって絋国語を話せる。――絋国語は世界共通言語になった」


「はい‥‥‥‥」


 そんな会話をしながら、やっと気持ちが落ち着いてきた。取りあえず、わたしは、この人の餌食にはならないらしい。


「ここで、四つ目の質問」


「‥‥また?」


「‥‥‥‥ウチの国に来ないか? お姫様」


「‥‥‥‥はい?」


 この軍人さんは、わたしが少し正気になると、混乱することを言う。あ、待って。わざとそうしてるんだ。心を揺さぶるプロ。つまり。



「あなたの国に亡命しないか? というお誘いですね。女衒(ぜげん)部隊さん」


 彼はわざとらしく驚いた。


「おお、見抜かれましたか、さすがお姫様。そうなんです。さっき話したように、言葉の壁はない。しかもウチの国はアフターサジタで男子が若干余っている。それはご存じ?」


「いえ。あまり他所の国の情報は。嘘を言って亡命させる国際結婚詐欺師がいるから気をつけろ、と政府がしきりに言うので」


「あっはっは。そう、絋国の泣き所だね。女子が余って余って困るんだけど、男子を産ませたいから、他所に取られても困るんだ。その点ウチはシンプルだよ。男子が少し余っているだけ。絋国女子は、教養高く控えめでお淑やか、性格が良くて美人が多い。そんな娘達が、結婚できなくて困っているという。じゃあボクらの国においでよってね。上流階級と結婚できるし、なんなら絋国人街に住んでもいい」


「あの、お言葉を返すようで恐縮ですが、そう言って嫁いでいって、夢破れて帰ってくる女性も多いです。政府は、外国の方のそういう甘い言葉に惑わされないように、と再三言ってます」


「それこそ、視点の違いからくる相違なんだけどな。少なくともお姫様の器量なら、悪いようには絶対ならない。いや、しない。この俺が」


「え‥‥‥‥」


「いやあ、絋国の女の子を勧誘してる内に、その子がヨメになりました、って、女衒(ぜげん)部隊あるあるなんだよね。どう? この国と違って、俺はただ君ひとりを妻として、生涯愛する。約束する。ゼッタイ幸せにするよ! お姫様♡」


 言うなり彼は、跪いて『右手』を差し出してきた。まるで、というかプロポーズだ。


「えっと、‥‥‥‥あの」


 いきなり言われて驚いた。

 でも、さんざん脅したりお風呂覗いといて、って思ったから。



「はいはい。お上手ですね。お気持ちだけはありがたく」



 わたしは、すました顏でこう言った。――つもりだった。


「はは、この年齢じゃあ求婚されるのは初めてだよね、そりゃあ。あ~、顏が真っ赤だよ?」


「え!?」


 わたしは立ち上がって両頬を隠すと、鏡を探して走り出してしまった。あ、これ、暖斗(はると)くんにミルクあげる時と同じリアクションだ。‥‥‥‥やだ、恥ずかしい。


 奥の部屋にアピちゃんのお母さんが使ってそうな大きい姿鏡があった。見てみると、たしかに頬が真っ赤だった。洗面を見つけて、慌てて顏を洗った。

 向こうの部屋から、笑い声が聞こえてくる。


 彼は、女衒部隊だけあって、たぶん「女たらし」のプロだ。よく見ればルックスも相当良い。絋国で「俳優の卵」だっていえば、普通に通ると思う。


 それに実は、拳銃を向けられたりはしたけれど、彼はわたしに暴力を振ってないし、まだ指一本触れられていない。おそらく、情報を得るためと、手垢を付けずに「商品」として故国へ連れ去る二方面の思惑だったのでは。



 わたしはさらに先を読む。


「こっちに来なくても大丈夫よ。水音に紛れて窓から逃げたりしてないわ」


 と声を出すと、返事があった。


「ははは。読まれたか。でもそろそろ戻って来てくれ。五つ目、最後の質問があるんだ」


「最後」という言葉に、大きく胸が脈打つ。水を受ける手が止まった。





 それは、福音なのか、終末なのか、わたしの胸は否応なく高鳴った。






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