表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/518

第39話 邂逅Ⅰ①

 




 一瞬、つないでいた折越さんの手を離しただけだった。砂塵で視界が無くなる中で、少しよろけただけだった。


 なのに、その場所にはもう折越さんの手は無かった。


 それを探して、2歩、3歩と歩いたら、もう方向感覚もなくなっていた。火事で煙が充満すると自分の家でも道に迷う、という知識だけはあったけれど、本当にそうなんだと今初めて思い知った。






 そして、その代償は――、見知らぬ男との、望まない邂逅だった。





 わたしは、焦りと恐怖で硬直した。身体も、思考も。




「聞こえなかったのか? 両手を、ゆっくりそこの机へ」


 若い男の、低い声だった。わたしは理性を振り絞って、言われたとおりにする。


「そう、その両手を机から離したら反撃の意図と見做(みな)す。こちらから攻撃するからな」


 思わず声のする方へ振り返ってしまった。


 男の姿を確認したい、という当たり前の生存本能だけれど、良くはない。

 姿を見たからには消す、という相手の行動もありうるから、慎重にすべきだったのに。



「ふうん。色白の美人だな。俺らの国には少ないからな」


 男はわたしと目をあわせてそう言った。


 面長に整った目鼻、栗色の髪は光の加減で金色に反射する。短髪、耳のピアス。彫刻を思わせるような均整のとれた体躯に、鍛え上げられた筋肉をカーキ色のタンクトップが包んでいる。

 下は迷彩柄のパンツに、黒に近い焦げ茶の重そうな軍靴。


 間違いなく軍人、絋国兵ではない。







 敵性外国兵だ。



 わたしは視線を自分の両手に戻した。目があってしまったのだから、もう見なかったことにはならないが、一応そうした。


 机に置いた両手が汗ばんでいる。


 少し前かがみで、彼に向っておしりをつき出したような恰好になった。その時に、くたくたキャミの左の肩ひもがずり落ちたが、放置するしかなかった。


 彼の言うとおり、テーブルから手を離したら、何をされるか? ――想像するだに怖い。




 彼が、不意にわたしに近づいてきた。ゴツン! と軍靴が床を叩く。彼の手が伸びてきた。甲にいくつもの血管の浮き出た、鍛え抜かれた手。


 でも、わたしの肩に触れたのは、冷たくて硬い感触だった。


 何か銀色の棒の先で、わたしのキャミの肩ひもを引っかけると、そのまま肩に戻してくれた。



「あ、‥‥ありがとう」


 思わずお礼を言ってしまった。


「サイズが合って無いんじゃないのか?」


「あ、はい。‥‥い、いえ」


 声は低く、拒みがたい威厳があるけれど、若い声だ。まだ、20歳前後くらいかもしれない。


 少し心臓が落ち着いてきた。と、同時に、頭も回り始める。


 渚さんと折越さんの現在は? 


 ふたりがかりで、この軍人に勝てるだろうか? とにかくわたしは、時間をかせいで隙をうかがうしかなさそうだ。



 わたしは、集中する。

 こんなに集中するのは、「わチャ験」以来だ。



「君に幾つか質問がある。一つ目、この家に住む、10歳の女の子だ。何処にいる?」


 そう言って彼は青い目でわたしの顔を覗き込んだ。ああ、顔は見られても平気なんだ。


 そして、今「10歳」と言い切った。ラポルトでもアピちゃんの年齢を正確に知ってるのは、診察をしたわたしくらい。



 つまり、この軍人は、アピちゃんの事をキチンと調べている? ‥‥ということは。



「‥‥知らないわ。わ、わたしも彼女を探してこの家に来た」


「‥‥‥‥」


 彼がわたしの顔をじっと見る。わたしも目を逸らさない。


「本当に知らないんだな。やけに堂々と答えるのが逆に違和感だが」


 たぶん最適解だ。これは嘘を言ったりはぐらかしたりしたら、追及されてたと思う。



「じゃ、質問二つ目、君らの戦艦は一体何なんだ」


「え?」


 しまった。感情を出して反応してしまった。


「こちらの静止衛星群(コンステレーション)から上手く隠れたと思えば、わざわざ位置を知らせるようなノイズを出す。小Botを次々倒したかと思えば、大型BOTにはフリーズする。しかもその対処がオーバートリートメントだ」


 わたしには彼の話す内容が軍事的で、よく解らない。でも、彼の言葉。ずっと見られていた? 


 わたしたちの旅を? 


 冷たい汗がしたたり落ちる。



「君があの戦艦から来たのは分かってるんだ。DMT(ディアメーテル)もね。でも変だ。どう見ても民間人の学生とかだし、軍隊格闘技を修めた気配もない」


 彼はまた、銀色の金属棒をわたしの背中に這わせた。背中がぞくぞくっとして。


「‥‥っ‥‥やめて‥‥‥‥ください」


 わたしは思わず背中をのけぞらせる。


「一緒に風呂に来た娘は、ふたりとも武術をやってる。あの足運び、あの筋肉の付き方はね。でもどうだ? 君の服の下は、女性らしい皮下脂肪だけだね」


「な!?」


 思わず彼の顔を見た。


「のぞいたんですか!? へ、変態!!」



 彼は一切悪びれない。


「いやいや。仕事でやむなくだよ。あそこで定点観測すると、村人の動向がわかるんだ。みんなちゃんと朝、風呂に入りに来るからね。もっとも俺の探し人がいなくなったと思ったら、4人も新顔を連れて戻ってきて驚いたよ」


 4人‥‥暖斗(はると)くんも入ってる。DMTが、とも言っていた。やはり、下手な嘘はつけない。


 でも。


 彼は、190センチ近い長躯から、こちらを見下ろしながら歯を見せていた。


 その視線を感じると逆にわたしは、入浴をのぞかれた羞恥と怒りで顔が熱くなった。


 悪い意味で、「誰かに見られているかも」という女の勘が当たってしまっていた。




「新顔3人の内、君だけ、身体を厳重にタオルで隠したんだ。のぞきがバレたのかと思ったよ。でもそうでもなさそうで。で、そのカラダにどんな隠し事があるのかと思えば、まさかの素人だ。なんだそれ」



「もう『のぞき』って言ってる‥‥‥‥最低」


 わたしは、羞恥心を押えて必死に思索する。身体を洗う時も最低限背中しか見せていないはず、と記憶を確認しながら。



 まだ、あの軍人が笑っている内に突破口を。


 わたしがこの人から無事逃げ出すのが100点だけど、たぶん不可能。

 でも、このまま色々と聞き出されちゃうのはダメ。ぜったいダメ。



 ラポルトが中学生16名で動かしていること。

 暖斗くんがマジカルカレント後遺症候群で、DMT戦闘後に動けなくなること。



 このふたつは敵に知られると、一気にラポルトを危険に晒すことになる。


 それは素人のわたしでも容易にわかるよ。



 最悪、わたしが今から「どんな目」にあっても、ラポルトと暖斗くんの情報だけは守らなくちゃ。



 そう、最悪「どんな目」にあっても。



「じゃ、質問三つ目」


 彼はそう言いながら、初めてわたしの真正面に立った。

 背が高い。身長は本当に190cmくらいありそう。

 逆三角形の上半身と厚い胸板が、タンクトップの下ではち切れんばかりだ。


 わたしも、会話を重ねることで、この場に慣れてきた、かも。

 彼の容姿や表情に気が向くようになってきた。



 だけど。彼の次の言葉は。

 わたしの心を砕きにきていた。






「君は、俺の敵か?」


 鋭い、猛禽類の視線だった。身の危険を通り越して、死を感じた。






※愛依さん受難はヒロインの宿命

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ