第37話 英雄①
愛依は、村の女子達をかき分け、渦の中心へ向かうと、目じりの下がった暖斗を見つけた。
「その様子じゃ、『例の現象』は大丈夫みたいね?」
「あ、愛依? うん。外部バッテリーで十分来れたよ。マジカルカレント後遺症――」
「し~っ」
愛依が口の前で指を立て、暖斗をたしなめた。DMTを駆ったら動けなくなる――そんな情報は秘密にするに決まっている。
「あ。そっか」
「村長さんへのごあいさつがまだでしょ? しっかりして。暖斗くん」
そう言って村の女性を引きはがした。
今回、暖斗はDMTを外部に増設した全個体電池で駆動させていた。縦長大盾の内側に配置され、左手のひらの通電ポイントから電力供給されている。
村への移動のみの運用、そもそも重力子エンジンを起動していないから、症候群も発症しない。
やっと暖斗は愛依の横に座る。が、まだニヤけている。愛依は横目で暖斗を見つめたが、暖斗は気がつかない。
「‥‥‥‥いつもなら、こっち見てくれるのに」
***
「ごめんなさいね。若いむすめ達が。この村はごらんの通り女ばかりで。男性が来るとはしゃいでしまって」
村長と暖斗が挨拶を交わす。
「男性がいないのに、どうしているのか気になるでしょう? 通い婚なのよ。この村は」
「通い婚! ‥‥やっぱり!」
暖斗が驚きの声を上げた。
「ええ。あなた達とは習俗が違うから驚くかしら? よその村や絋国の町からおムコさんを貰って何ヶ月か居てもらうの。その間に合コンみたいな物をやったりして、カップルができるのね」
「合コン! ‥‥やりたい!」
こんどは折越だ。暖斗が首をかしげた。
「え? でも、今男の人がいないってことは、今までカップル成立しなかったんですか?」
「いいえ。たくさんしたわよ。ウチの村には明るくて闊達な子が多いから」
「なるほど~」
「でも、おムコさんは時期をみて元の村や町に戻るの。最初からそういう約束だから。でも永住者は大歓迎よ。暖斗さんはいかがかしら?」
「ええっ!! ぼ、僕ですか?」
「申し訳ございません。暖斗くんは軍のパイロットですので」
愛依が割って入った。村長は和やかに微笑む。
「あら、ハッキリ断られちゃった。暖斗さんは愛依さんのボーイフレンドなのかしら」
「いえ、違います。でも絋国本土も男子が足りないんです」
そんなセリフは想定内だ、と言わんばかりに愛依が答えると、暖斗が、愛依の袖を引っ張る。
「どしたの? 愛依。ちょっとハッキリ言い過ぎだよ」
村長は和やかな空気を崩さない。
「それならこういうのはどうかしら? 愛依さん。アピを手当してくれたのはあなたでしょう? この村は無医村で、何かあったら町まで走らなければいけないの。あなたがいてくれたら心強いわ。暖斗さんと一緒に、この村に住んではどう?」
さすがにこれには愛依も面食らった。
耳まで赤くなりながら、必死に反論する。
「い、いえ。わたしなんてまだ。医者の卵以下ですから。え、永住なんて。‥‥え? えええ?」
「やるわね。この村長さん。そして私が助け船を出すか」
ふたりの後ろで渚がニヤリとし、村長に質問する。
「村長様。合コンでカップルは出来たんですよね? それで、そのカップルには子供はできたんですよね。男の子とか。でも村にはひとりもいないようですが」
「ああ、それはね。寂しいけれど、今は男親の方に母親と住んでるのよ。これからの村長は、町の事も知らなければならないし。暖斗さんくらいの子もいるのよ。もうすぐ帰省してくる。あの子達が戻って来てくれたら、村は存続できるわ」
「なるほど、男系通い婚で外の血を入れつつ、十分な数の男性を確保していければいいんですね」
渚は頷いた。
***
「渚さん。暖斗くんが見えないけれど」
愛依が大広間を見まわしている。
「ああ、村娘ちゃん達にせがまれて、DMTを見せに行ったわ」
「え!? いいんですか。そんな事ばっかり」
「逢初さんも見にいけばいいじゃない。実はあんまり見てないでしょう? DMTを駆る暖斗くんの雄姿」
「わたしはミルクを飲む暖斗くんで十分です。‥‥‥‥それに、アピちゃんの容態の報告と、手当の申し送りをしないといけないので」
「暖斗くん。あんなにモテモテとは私も予想外だったわ。この村に永住するとか言い出したりして」
「え!? ええ!! そんな。‥‥いえ。それは個人の自由ですから」
「愛依ちゃんかわいい」
渚は愛依を、ぎゅうっとハグした。
「なな、何ですか! わたしはもうアピちゃん家に行かなくては」
愛依は渚の拘束をほどくと、村の入口方面へ小走りに去っていく。
「渚さんが連れ戻してくださいよぉ~~」
遠くから愛依の声が聞こえた。
***
「‥‥‥‥なので、骨折などの所見はないのですが、アピちゃんの手は、時間がかかると思います。定期的に機能の確認をしたほうが良いです。手首を動かした時に、違和感を感じたりしたら‥‥‥‥」
「ありがとうございます」
アピを取り囲む女性たちから、口々にお礼を言われる。
「Botから救っていただき、手当までしていただいて。感謝してもしきれません。このような恰好のままで、お許しくださいね」
アピの母親はベッドに臥したまま、そう言った。聞けば、もともと病気がちだった所で、娘が何日も帰って来なくなり、臥せってしまったそうだ。アピも母親のために、川菜を採りに行っていたのだとか。
お互いを思いやる母と娘。
愛依は目を細めた。
「いえ。わたしで良ければ、お母様の具合も診てさしあげたいのですが」
「それは是非」
まわりの女性たちが愛依に駆け寄る。
「お医者様を呼ぶにも、隣村まで行かなきゃなんです。そうだ。あなた、ここに住んだらどうです。いえいえ。悪いようにはしません」
「え? また? わたし、さっきも言いましたが‥‥‥‥」
「そうだ。あのパイロットさんとおふたりならどうです? それなら‥‥」
「待って。それはさっき言って‥‥‥‥もう。どうしよう」
***
日が落ち始めていた。
村長の家の前に集まる4人。暖斗と愛依は、ぐったりしている。
折越が、ふたりに声をかける。
「僕はなんか、色んなお姉さんに話しかけられて、年下の女の子にもむっちゃ質問されて、脳がスポンジみたいになって‥‥‥‥はああ、疲れた」
「わたしも‥‥‥‥、人生に関わる重要は選択を、何度も何度も何度も迫られて。‥‥‥‥はあ、疲れました」
「まあ、ふたりがへろへろになってる間に、ラポルトと連絡とっておいたよ。今夜はここに泊まっていいってさ。あ、暖斗くんはどうするかまだ保留ね」
渚がそう言ったが、ふたりは上の空だ。
「ちょっと。今から例の軍人さんに挨拶するんだから、しっかりしてよね? あれ、折越さんは逆に、やけに血色がいいわね」
言われた折越は、長い髪をかき上げた。
「うふん。その秘密は、明日になったら教えてあげるわよう」
村人に案内され、4人は夕闇に暮れていく村を歩いていく。
村に滞在する、という、ふたりの軍人に会うために。
※手のひらの共電ポイント




