第36話 女耳村(じょじそん)②
村の奥側から顔をのぞかせた人影。
女耳村――女性、耳、の村――との言葉通り、全員女性だった。
渚さんがしばらく入口でやり取りをしていたが、奥に案内されるようだ。
村は、周囲を2~3メートルくらいの高さの壁で囲っており、火山岩や礫岩を積んだ物のようだ。その壁が途切れる15メートル程の空間が、村の入口だ。
村の奥行はかなりあるようで、入口からは見通せない。壁は、奥手に見える山まで続いているようだった。
村人の先頭にいた女性に、アピちゃんが駆け寄る。
「おばちゃん」
「アピ。無事だったんだね。早くイカセにも知らせなきゃ」
傍らの女性が、こちらに会釈をしてアピの手を取って、奥へ連れて行った。「おばちゃん」と言われた女性が前へ進み出る。40代半ばくらいだろうか。アピちゃんと同じような意匠の服に身を包み、日に焼けた肌をしている。
「アピを助けてくれた方々ですね。失礼致しました。あまりにお若い方々、お嬢さんばかりでしたので、返って警戒してしまいまして」
女性は深々と頭を下げた。
「この村の村長の、ガレエと申します。宜しければ、心ばかりですが、お礼をさせて下さい。絋国の方々」
DMTとドローンのカメラではこれが限界。3人は村の中へと消えていった。
***
それから渚、折越、愛依の3人は、村一番の大きな木の家に招かれ、大広間で食事を振舞われた。
「なんか、自然食のレストランみたいねー」
折越の感想は的を得ている。村の周囲の豊かな自然から採れた産物の、素朴な料理だった。
村はある程度機械化はされており、食事も、みなと市で流通してる物とそんなには変わらない。
「あの、村の外にDMTを置いてあるようですが、良いのですか?」
村長が渚に尋ねたが、即座に愛依が反応した。
「いえ。いいんです。大丈夫です」
渚は困った表情で愛依に耳打ちする。
「いいの? 待たせっぱなしだと暖斗くんに悪いよ? 危険は無いみたいだから、呼ぶわよ。‥‥それにパイロットが搭乗したままのDMTが残ってると、村の人に誤ったメッセージを伝えちゃうから」
「ええ~。でも」
愛依は珍しく反駁しようとして、頬をふくらませた。そこで折越が。
「じゃ、ちなみが暖斗くん呼んでくる~。DMTは村の人が指定した場所に移動するかも」
「助かるわ」
「‥‥‥‥」
愛依は不満顔のままだ。そこへ、アピが飛び込む様に入ってきた。ハシリュー村の民族衣装だが、少しドレスみたいな意匠の物に着替えて来ていた。
「あのね。あたしを助けてくれたパイロットはねえ! 14歳の男の子なんだよ」
ざわっ‥‥!
大広間の空気が変わった。特に、料理を運んでいた13~20歳くらいの女性達は、明らかに目を輝かしている。お互い顔を見合わせて、一斉に色めき立つ。愛依は、手にした食器を置いてため息をひとつ。
「ほら、こうなっちゃた。この環境は暖斗くんにとって甘い毒。わたしが守らなくちゃ」
***
ズゴゴゴ‥‥‥‥ゴォォォォン‥‥!
やや遠目で、DMTの駆動音が響いてきた。そしてしばらく経つと、折越と暖斗が大広間に現れた。
「すっごい暖斗くん。ちなみをDMTの手に乗せてホバリングしたんだよ。ウデを上げたねえ」
「いやあ、青パネルの操作にだんだん慣れてきてね」
「じゃ、こっちよぉ。暖斗くん」
折越に連れられ、暖斗が入口から奥の主賓席まで、大広間を横断する。
途中、「お年頃」の村の女子達の前を通り過ぎたが、そこだけ明らかに空気と暖斗に向ける視線の熱量が違った。
いつの間にやったのだろうか? 衣服を着替えて髪を整えた者がほとんどだ。
「ほら。やっぱり」
愛依が口を尖らせる。そして渚は苦笑する。
「女子校の文化祭にイケメンが来た時のリアクションね~」
「あの方がパイロット。ずい分お若い。やはり皆さんは、絋国軍の方、という事ですか?」
村長が、渚に話しかけてくる。渚は、この部隊の隊長、そして艦長の名代だ。
「いえ。そういう部分もあるのですが、私達は非正規の臨時少年兵でして‥‥‥‥」
そう答える渚の脳裏に、子恋との打ち合わせが蘇る。
○今回アピを追いかけたBotは、明らかに戦闘、エリア警備よりも、人間探索のプログラムだった。それについて村から情報を引きだす。
○村に滞在する「軍人」が、どういう属性か未知数な事。情報収集と安全の確認。
○こちらの情報、艦メンバーの年齢、能力、保有戦力は可能な限り秘匿する事。
○その上で、村での資材調達を交渉し、成約する事。
渚は思考する。
「この村も今現在ネットはつながらない筈。私達の『体験乗艦』のニュースを知らなければ、まさか中学生16人で戦艦を動かしてるなんて思う訳がない。私達の背後に当然正規軍人が居ると思わせといた方がいい」
少し口角をあげ、ほほえみを作ってから村長に返事をする。
「アピさんを襲っていたBotは我々が排除致しました。ついでにこの一帯を掃空したいと思うのですが。Botはよく出るのですか?」
「いえ。今まではほとんど出た事はありませんでした。絋国の軍人様がこの村にいらした頃から、ちょっと増えた感じです」
「‥‥! その軍人は、ふたりと聞いているのですが、どうしてこの村に?」
「なんでも、国境周辺の監視、だそうです。ですが、もう半月も滞在されて、いえ、わたくし達はいいのですが」
「そうですか。その方々には私達もご挨拶致します。お手数ですが後ほどお取次ぎをお願い致します」
渚がそう言った所で歓声が上がった。
「きゃああああ!」
渚が顏を上げると、暖斗が例の若い村の女性達に囲まれていた。その輪にアピもちゃっかり加わっている。女性達は、暖斗の背中を手で触れてから歓声を上げて逃げる、を7~8人で繰り返している。本当に男性が珍しい様だ。暖斗はその狂騒の中心でひたすら照れていた。渚は、愛依の不満げな横顔を見ながら。
「オトコが珍しいんだね。あ~、あんなに騒いで。アピちゃんといい、この村の娘はハキハキしててなおかつ純朴、なのかしら?」
愛依は答えない。じっと暖斗と女子の輪を見つめている。
「でもよく考えたら私も暖斗くんのボディを触った事ないわ。逢初さんは無い、よね?」
愛依はそれについてはキッパリ答えた。
「手、二の腕、首と肩ならあります。あくまで医療行為として。わたしはあんな風にきゃあきゃあ騒ぎませんけど」
「あら!? あなたたち進展してるのね。意外。でもそろそろ場が落ち着いてくれないと、仕事がしにくいわ」
その言葉を聞いて愛依が立ちあがる。
「じゃあわたし、引っぺがしてきます!」
「がんばって~」
「うふ。うぶで素直でかわいいわ。うちの女医さん」
渚は逢初の後ろ姿を、クスリと笑いながら見送った。そして、折越の不在に気付く。
「呆れた。もう。あの子ったら」
渚の視線の先には、暖斗を囲んで騒ぐ村の女子の集団があったが、よく見るとその中に折越も入っていた。
「‥‥アンタ、何しに来てんのよ」
渚の声は愛依に聞こえていた。くすっ、と笑みがこぼれる。
本当に女性ばかりの村、女耳村だ。
愛依はまだ知らなかった。その女性ばかりの村に、男が潜んでいることを。
そして、明日、その男と出逢って、あんな事になってしまうことを。
この時の彼女はまだ、知る由もなかった。




