第36話 女耳村(じょじそん)①
翌日。朝。
「ごめんね。暖斗くん」
愛依が、顔の前で両手を合わせて僕に謝る。
それに麻妃も口を添えた。
「いやー。話が盛り上がっちゃってさあ」
昨日退院できるハズが、女子達が大量に来てなんかワチャワチャしだしてる内に、僕は寝落ちしてしまった。
愛依も、退院のことをすっかり失念して入院継続。
超頭いいんだけど、かなり天然。
まあ、あまり腹は立たなかったけど。
「自室でくつろぐのを一回損したけど、まあいいよ。なんかもう、自室より医務室にいる時間の方が多くね?」
「ごめんなさい‥‥」
愛依が本当に申し訳なさそうなので、悪い気がしてきた。愛依は長女キャラ、責任感強いから気にしちゃうんだよね。
「いいよ。寝るだけならどこでも一緒だし。でもさ、なんか女子がいっぱい来て、重婚がどうとか何番目がいいとか言ってたけど‥‥。僕が聞いてもいいハナシだったの?」
麻妃が、それは、と膝を叩く。
「暖斗くんにわざと聞こえるように言ってんだよ。察しろよ。男子」
あ、全然反省してないな。コイツは。
しかし、途中まで彼女達の話を聞いて思ったのは。
「意外だったよ。『重婚制度の方が良い』って女子が意外に多かったのは。僕はひいおじいちゃんから昔の話を聞いてるから」
愛依が答える。
「そうね。イマドキ女子の意見よ。50年前は大変だったはずよ」
「そうなんか?」
と、麻妃が驚いた。
「うん。ひいじいちゃんが言うには。サジタで男子が生まれにくいってわかって『みんなどうする?』って時に国が『奥さん2人目娶ってください』って法律変えたんだよね。緊急事態だから、と。バタバタする中、1年置きに『3人目』、『4人目もOK』って言いはじめて。でもそれまでこの国では長いこと『一夫一妻制』だったから、抵抗が大きかったみたいだよ」
愛依も付け加える。
「わたしの曾祖父もそう。『オレはそんなことできん』って、熱く語ったんだって。それは美徳だったんだけど、ひいおばあちゃんひとりでは男子に恵まれなくて。もう単純に確率の問題なのよ。結局曽祖父の男系はそこで途切れて、『逢初』の名字は女子が引き継ぐことになって」
「難しいよね。一夫一妻制で行こうとした人も、男子が生まれない状況を見て、やむなく鞍替えしたみたい。僕のひいおじいちゃんは『上手く重婚に馴染んだから男子を残せた』みたいなこといってた」
「へえ~。あ、そのひいおじいちゃんて、山当目のご隠居?」
「そうだよ」
「やっぱそうか」
「わたしの曽祖父は逆ね。馴染めずに我が道を行った。どちらが正しいとかは言えないわ。
でも、せっかく佳字名字を賜った人なのに残念」
「な~る。ウチはあんまりそういうジジババが周りにいないからな。新鮮だよ」
「少子化対策省が、ひたすら重婚アゲのPRして半世紀。もしかしてわたしたち、重婚に1ミリも違和感を持たない最初の世代かもだよ」
そんな話をしながら、無事退院検査はクリアした。
僕は、愛依に訊ねる。
「で、今日は?」
「わたしは、今からアピちゃんの診察&移送許可出し。出したら、午後にはアピちゃんを村へ送る部隊を編成するって。たぶん暖斗くんと麻妃ちゃんは必須で入ると思う」
「へいへ~い。ってもウチは艦の操縦席でドローン操るだけなんだけど」
麻妃がそう言う横で、愛依は少し考え込んでいた。
「‥‥‥‥どうしよう。わたしも行こうかな。アピちゃんの怪我の状況と予後の事を保護者さんに伝えなきゃなのと。‥‥‥‥う~ん。なんだか胸騒ぎがするのよね」
***
「あ、アピちゃんが手振ってる」
僕はDMTのモニター越しに、足もとに映るエアクルーザーを見た。窓の人影が、しきりにこちらに手を振っている。
この前僕の中型DMTを「小っちゃい」と言っていたけれど、村に帰れるし、ハイテンションのようだ。僕は耳元のインカムに手を添える。
「ねえ麻妃。聞こえる?」
「聞こえるよ。でもウチとの通信はそろそろ途切れるかもだから、承知しといてね」
僕らは今、ラポルトから離れて、アピちゃんの住むハシリュー村へと向かっている。
母艦と距離が離れると会話アプリが使えなくなる。
艦内とその周辺くらいなら、艦の中央AIがホストになってローカルエリアネットワークを形成する。そのエリア内なら普通にスマホとかが使える感覚だけど、ここから先はそうはいかない。
麻妃のKRMは中継ドローンをいくつか挟んで、何とか遠隔で操縦する形にしている。
「麻妃、練習もかねて青いパネル使うよ」
僕は操縦桿の外側にあるパネルに手を乗せた。
パネルは青く光ると、一発で認証した。
「プロテシスパネルな。いい加減名前憶えなよ」
僕はその‥‥プロテシスパネルで思考をDMTとつなぎ、クルーザーに手を振る動きをDMTにさせた。
「でも接敵中にはやっぱり、青パネルって言っちゃいそうだよ」
「いやいや。そもそも接敵中に使うモンじゃないから。スマホの指紋認証みたいなモンだよ? 『敵の眼前で認証ミスって、一発キツイの喰らいました』って、命がけのギャグだから。体張りすぎ」
「ああ、この前設定変更でミスってたもんね。アレは失敗だった」
「そうだよ。DMTで女の子に手を振る用、くらいにしといてよ。そのパネルの活用は」
「そだね」
僕がもう一度クルーザーの窓を見た時には、アピちゃんの姿は窓から消えていた。
僕らの部隊は、ハシリュー村の手前500mまで来た。紅葉ヶ丘さんが調べておいた窪地があるので、一旦僕のDMTはそこに隠れる。
クルーザーはそのまま村の入口まで行き、艦長代理で隊長の渚さん、ボディーガード役の折越さん、アピちゃんが降りた。ちなみにみんないつもの制服姿だ。
彼女の主治医として志願した愛依も、クルーザーに乗ってる。
こんな感じで慎重に進めていく。村の人がどんな反応するか分からないからね。極力DMTも戦艦も見せない算段だ。
「うあ。4日? 5日ぶり? 村だあ。ねえ。何で入らないの?」
「ごめんね。アピちゃん。わたしたち村の人にごあいさつしなきゃだから、いきなり入るのはお行儀が悪いの。もうちょっと待ってね」
クルーザーから遅れて降りて来た愛依が、そう言ってなだめた。僕と麻妃は望遠で映像を見ながら、インカムでその音声を聞いている。通信は良好のようだ。
「ああもう。あたしが帰って来たのに~」
アピちゃんと思われる小さな人影が素早く動いて、クルーザーでけん引してきたエアバイクに飛び乗った。と同時に、インカムからエンジンの空ぶかしの音が響いてきた。
「みんな来てよおー。あたしだよおー」
ガンジス島の森林地帯は荒野も多く、夏ながら乾燥もしている。彼女のバイクの音はハシリュー村の高い空に響き渡ったようだ。
村の奥から、ちらほらと人影が出てきた。




