第35話 えいちゃん先生①
わたしは、医務室や食堂と同じ1F、会議室に連れられた。入ると、殺風景な室内に、白い机と灰色の椅子。
それに向かいあって座る、子恋さんと村の女の子がいた。日焼けした肌、くりくりとした大きな瞳、やせてはいるが健康的な印象だ。
子恋さんが質問をする。
大分疲れた様子だった。
「で、村の様子を聞いてるんだけど、話してくれないかなあ」
その子は目を輝かせて答える。
頭と腕の包帯が痛々しいが、いたって元気だ。
「うん。村ね。村の人はお腹を空かせるからね。わたしが川菜を取ってくると喜ぶんだよ?ミズウナって言ってね。知ってる? お姉さん。川に行けばあるよ。でもどの辺りにあるかは内緒だよ。ミズウナが生えてると野生の貂が‥‥‥‥」
「ああ、うん、貂ね。あのね。村では何か変わったことない? こんな戦艦が来たりしたら、どう思うかな?」
「どう? それは村長さんが決めるよ。村長さんはね。あたしが生まれた時、トイレに行ってたんだって。それでお母さんが『村長さん、アピが生まれましたよ』って言ったら、『はい、今出ます』って答えたんだって。あ、でもその時はまだあたしに名前が付いてなかったかな。それでね‥‥‥‥」
渚さんがわたしに振り向いて、小声で。
「ね。こんな感じで一向に情報が取れないのよ。ハシリューの文化なのかしら。逢初さんって、小児科でしょ? 悪いんだけど何とかならない? この艦に保育士とか養護教諭の資格者いないのかしら」
「わたしは‥‥持ってませんね」
子恋さんがその声を聞いて、話しかけてくる。
「例の『元』特別枠の子が持ってたけど、運営がその子落としちゃったしね。だからこの艦には現在いないのよね」
「じゃあ、やるだけやってみます」
わたしは、子恋さんの隣に座った。
「アピちゃん。お怪我はどう? 元気みたいね」
「あ!! えいちゃん先生だ~!!」
アピちゃんは身を乗り出してきた。まあ、手当をしてあげたのだから、わたしの顔は覚えていてくれてるようだ。
そう、この子はずっとわたしを「えいちゃん先生」と呼んでいる。
「‥‥‥‥先生もアピちゃんのミズウナ食べたいな~」
「天ぷらにするとおいしいんだよ」
「おいしそうね。アピちゃんて力持ち? 村の人全員にミズウナあげるとすると、何回川に行くのかな」
「えっとね。1回で10人分だから、えっと‥‥‥ね。7回は行くよ。でもそんなに行ったら疲れちゃうよ~。あ、6回? 8回?」
「危なくない?」
「危ないよ。貂もいるけど人は襲わないから。Botが来た時はびっくりした~」
子恋さんと渚さんが顔を見合わせた。何故Botに追われてたのか?
「Bot怖いよね。もしかしてミズウナ採りでBotに?」
「うん。あたしが採ってたらね、遠くからズゴゴ~って音がして、『逃げなさい』だから逃げたんだけど、なんか、朝になるとまたズゴゴ~って音がして」
「すごいよね。そうやって2日も逃げてたなんて。ゴハンは食べれたの?」
「うん。エアバイクに腐らないゴハンがついてるから。あとミズウナ食べたけど苦かった。ミズウナはねぇ。生じゃダメだよ。やっぱり天――」
「ふふ。そう。苦かったの。でもそんなにおうちに帰らなかったらお母さん心配しない?」
「――ぷら‥‥心配、‥‥してると思う」
「そうよね? だって村には女の人しかいないんでしょ? アピちゃんを探しに村を出るにしても、Botがいるんじゃ動けないかも」
「そんな事ないよ。Botは滅多に出ないし。あと、村には今男のお客さんがふたりいて、いつもお酒飲んでるよ」
「!!」
あ、これは。わたしは子恋さんと渚さんと頷き合った。
「まあ、男の人、珍しいわね。どんな人?」
「あのね。DMT乗ってたよ。すっごい大きいヤツ。あ、あたしを助けてくれたDMTは小っちゃかったなあ。でも男の人乗ってるんでしょ? あたし、結婚してって、言っといたから」
「そう。‥‥暖斗くんと結婚して‥‥‥‥え? 結婚!?」
「そうだよ。アピと結婚するのだ~」
んんん? また話が迷走しだした。
でも大丈夫。
この子には、イエス、ノーで答える質問、「クローズドクエスチョン」をすれば、脊椎反射的に答えようとするから。「ほら穴理論」に書いてあった通り。
わたしは気を取りなおして、質問を続けた。
「その、村にいるお客さん、アピちゃんのこと知ってるの? お酒飲んだら、酔っぱらう?」
***
「ふ~。助かったわ。さすが未来の小児科医」
渚さんにそう言ってもらえた。
「いや、助かったよ。どうも私たちは軍隊式のやり取りに慣れていて、ああいう会話をされるとね。あ~疲れた」
子恋さんも苦笑いだった。
「でも、ある程度の情報が取れたね。村の規模、様子、ふたりの客、DMT。あの子がBotに襲われたのは、捕獲目的の可能性が高い。ガチ殺傷モードのBotなら、2日も逃げおおせられないからね」
そこでわたしは気がついた。
「あれ、そう言えば紅葉ヶ丘さんは」
渚さんが忌々しそうにいった。
「あの子はね。3分で逃げたわよ。久しぶりに電脳戦闘室から出てきたと思えば」
***
「は~い。暖斗くんリンゴむいたからね。ちなみがむいたリンゴよぉ」
「食料、仲谷さんに無断。勝手にもって来るなし」
「そうよね~。いちこ。折越さん憲兵のお仕事は? いいの?」
今現在、医務室で横になってる僕は、ナゼか女子3人に「接待」されている。
愛依が渚さんと退室してからしばらくしてこの3人、折越さん、浜さんと桃山さんコンビが医務室を訪れた。
なんでも会話アプリで、「医務室の僕がひとりきりになるから誰か手の空いてる人お願い」と愛依から依頼メールがあったそうだ。
でも。
「折越さんはあの村の子の監視が仕事でしょ? ここにいていいの?」
「だって陽葵ちゃんが尋問終わるまでは大丈夫、って言ったもん。ちなみ悪くないもん」
「い、行った方がいいよ」
「え~? 暖斗くんはちなみがここにいたほうがいいよね?」
「ちょっと、暖斗くんは関係ないでしょ?」
「ほんとになんでこんな人が、け、憲兵なのか」
「そうよう。ちなみがこの艦の治安を守るミリタリーポリスなのよう」
「治安は守っても風紀は乱しまくってるよ。ま、また七道さんに詰められれば?」
「いやよぅ。七道さんはコワイのよぅ」
なんだこれ。最初僕への接待合戦だったけど小競り合いが始まったぞ。
なんか異母姉のケンカみたいだ。
「だってぇ暖斗くん家、中央集中方式なんでしょ。洋風の」
「ちょっとこの子信じらんない。誰に聞いたのよ」
「岸尾さんだもん。ちなみ悪くないもん」
「そっちか。うぬぬ。で、でも本性現わした」
「ね~。暖斗くん。ちなみのお願い聞いて。ちなみ、暖斗くん家に遊びに行きたいのぉ‥‥」
「うわ。折越さん。いきなりそれはないんじゃない」
「ず、ずうずうしいし」
3人は僕の前でこんな掛け合いをしている。う~ん。このままずっと見てられる気もするけれど、そろそろ。リンゴ食べ終わったし。
「あのさ」
「なによう! あ‥‥暖斗くんだったのねぇ。や~だ~な~にぃ? ちなみにご用事?」
「前から考えてたんだけど、この旅が終わったら、みんなで集まらないかな、ウチに」
「「ええ?」」
「たぶん帰港したら公式に打ち上げみたいのやるでしょ? でもそれは式典礼装だし。ウチの南東の離れが空いてるんだよね。そこなら騒いでも大丈夫だから、さ」
「「おお、それは!」」
3人とも声をあげた。
「暖斗くぅん!」
「‥‥‥でも女子を15人家に連れてったら親と家族になんて冷やかされるか。そこだけ問題なんだよなあ。あ、先に麻妃に頼んで‥‥ねじこんどけばいいか」
「あっ‥‥。暖斗くんと岸尾さんてやっぱり‥‥‥‥」
そう呟いた桃山さん。‥‥一体何に気がついたんだろ? 何にもないよ? いやマジで。
※「打ち上げ」は第三部の出来事ですが、書くお約束は残念ながら。
(6/10現在、みなと中3人が準備を始める場面はPC入力済です)




