第32話 理(ことわり)②
その時、は唐突に来た。
僕は突然に理解した。
世界の理を。
生物には、オスとメスがいて。
つがいを作りながら子を産み、育て、この子もやがて次のつがいになっていく事を。
両親もその祖も。
人類がそうやって連綿と幾星霜の時を、命をつないで来た事を。
そして。
僕が、生物的な意味でオス、男であることを。
あらためて、僕は隣に座る「女の子」に目を向けた。
そこには、僕が、生まれて初めて認識する「女性」。
逢初愛依、という名の「女性」がいた。
艶のあるセミロングの黒髪が肩に少しかかり、うるんだ黒瞳が熱っぽくこちらを見ている。
形の良い眉は柔和な表情を作って、雪の様に白い肌に、赤みのさした唇が浮かぶ。
卵を思わせる女性的なラインのおでこ、切り揃えられた前髪。
長い睫毛が憂いを作り、湯上りの頬が室内灯の光を受けて、その紅潮を際立たせる。
母性を想起する小ぶりな肩、華奢な骨格に健康的にくびれた腰。
曲線美のうなじは流れる髪を受けとめ、体全体を女性らしい、優美な丸みと繊細な肌が包んで、それでいてどこまでも澄んでいく。
キチンと閉じられた両足と、その太ももの上にきれいに揃えて置かれた小さな手が、この娘の淑やかな人品を表している。
あどけなさと、はかなさ。
あでやかさと、純潔。
「少女」が持つ属性を、現世に具現化しているのが彼女だった。
僕は目をこすった。うっすら彼女が光をまとっているように見えたから。
重力子エンジンのエフェクトでもあるまいし。
でも、‥‥‥‥‥‥この時は本当に、そう見えたんだ!
「‥‥かわいい‥‥よ」
自然と言葉が出ていた。
愛依は、突然そう言われ、びくん、と肩を大きく揺らした。
僕は、目を逸らさずに言う。
というか、逸らす事が出来ない。
「やった。うれしい」
愛依がやっと破顏した。この子を包む光が増した。
「かように、女の子はいろいろ大変なんだからね? イメチェンしたのにマイナスイベントばかりじゃ、ヤでしょ? そうでも言ってもらえたら少しは、がんばってきた甲斐があるよ~」
――なんでか、本当にわからない。僕は、愛依を部屋に帰したくなくなっていた。
じゃ、と立ち上がって帰ろうとする彼女を、僕は呼び止めた。
「もう帰っちゃう?」
「帰らないとマズイ、っていったのは‥‥」
「‥‥言ったけど‥‥」
「‥‥ええと‥‥まだ何かお話あるの? あ、寝かしつけてほしいとか? ふふ」
「‥‥違うけど‥‥」
「じゃあ、もう少しここにいようかな? 暖斗くん、さっきからちょっと、目つきコワイけど、ね?」
彼女は何かを察したのか、ドアから戻ってきた。
「前にさ、君のお父さんの『右手』の上で寝るのが良い思い出だって言ったよね?」
「うん」
「それで、僕の『右手』が代わりになったとも」
「代わり、というと言い方悪いけど」
「その話。同母妹たちにいい場所を取られての『右手』、だったんでしょ? だったら、もっといい場所もあるかな、と」
僕は、目をつむってベッドに横になった。顏が赤くなったかもだけど、その時の勢いとかがあるからね。やれてしまった。
「あ」
その声で愛依も僕の意図を察してくれた。さらに近づいてくる足音。
「‥‥‥‥」
「暖斗くんは、マクラ無しでも大丈夫な人?」
「へ?」
「マクラ無しでも寝れるかなあ」
よくわからないが、取りあえず「大丈夫」と答えたら。
「じゃあ」
マクラを抜き取られた。ゴチンと頭から落ちる。
「これでOK。‥‥‥‥んん」
僕の右腕に、愛依の首の重みが加わった。
見ると、彼女はこっちを向いて目を輝かせている。
取られた僕のまくらは、彼女が胸の前でしっかり抱きかかえていた。
そっか。それを緩衝材というか、間に入れて腕まくらの健全性を確保する訳か。
なるほどそう来たか。
「暖斗くん、さっきわたしをガン見してたでしょう? 視線が強かったよ」
「それで、身のキケンを感じて、僕のマクラでガードしてるの?」
「――そうだよ。これなら腕まくらもギリギリOKでしょう」
「OKなのかな。先生居ないけど」
「どうしたの? なんか雰囲気変わったような。暖斗くんもキャラ変? 赤ちゃんキャラはもうしないのかな」
「もともとしてないってば」
うふふ、と愛依が笑った。そして、半身をひねって僕の右手を引っ張って、自分の肩に乗せてきた。
「暖斗くんの手がね。いつもすっごく暖かいの。腕まくらもいいけど、手は、わたしの顔あたりに乗せといてほしい。ほら、もうぽかぽかしてきた。‥‥これがあるとすぐに‥‥寝れ‥‥‥‥」
あっという間に、愛依は寝息をたてていた。僕もつい、ウトウトしてしまった。
***
「ごめん。暖斗くん。起きて」
小声の愛依に身体を揺さぶられた。
「今、5時なんだけど、わたし部屋に戻るね。このままだと、暖斗くんの部屋に一泊したことになっちゃう」
「‥‥‥‥あ、うん、おはよ。眠れた?」
「‥‥‥意外と余裕ね、あなた。何か、過去最高ってくらいにぐっすり眠れたよ。でも寝過ぎました。もう5時だから、みんなにバレないように帰らないとだから」
「うん、そだね。13時頃1回トイレと歯みがきで起きたんだよ。その時腕まくらも外したんだけど。愛依は熟睡してたね」
「え? 1回外したの?」
「うん、ベッドに戻ったら、そっちからグリグリ来て、また腕まくらの体勢になった。よく寝てたから起こしそびれたよ。その時マクラも外れて」
「やだ‥‥‥わたし。じゃあマクラ無しで、密着しちゃったりとか、まさか」
「う~ん。かなり近かったけど、僕も寝たから。‥‥‥‥で今起きた」
「‥‥‥‥わたし、変な事してない? あとされてない? 一応信じてるけど」
「たぶん」
「あ、たぶんって何? もう。後で聞くからね。じゃね」
いつも背を伸ばして歩く愛依が、忍者みたいに背を曲げてコソコソ出ていくのはちょっと新鮮だった。部屋に残ったのは、愛依の体温と残り香だ。僕はもう一度ベッドに寝転んだ。
あの時、愛依が立ち上がって帰ろうとした時、とっさに愛依が居なくなったこの部屋を想像していた。部屋にポツンと取り残される僕。どんなに空虚になったろう? そこに朝まで居続ける自信が僕には無かった。
そして、あのまま部屋に返すなと、僕の中の何かが叫んだ気がして、あんな大胆な行動をしてしまった。
結果愛依も乗ってきてくれたから良かったものの。‥‥今考えると、愛依もよく僕の腕まくらに来たよな?
「あ、大丈夫です」って断られて、盛大にスベる可能性もあった。
取りあえずまだ朝食までは時間がある。もうひと眠りするけれど。
‥‥‥‥とにかく不思議な夜だった。まだ胸がザワザワしているよ。
※その理の向こうに。
※曹植
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