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第32話 理(ことわり)①

 




 麦茶を飲み終えた後も、僕達は無言だった。



 僕は、天井を見上げる。愛依(えい)がトラブルにあった事。

 相野原先輩がそれを解決した事。

 ふたりがデートした事。

 付きあってるっていうのは、本当にウワサだけだった事。



 でも、本当に何も無いのかな、ウワサだよって言って本当の本当は付きあってるとか?


 そんな疑念が次から次へと湧いてくる。思わず横目で愛依をチラ見していた。



 電車の男はどういうつもりだったのか?

 愛依をどんな目で見てたのかな?

 相野原先輩と愛依は、デートの後2人で夜景を見に行ったりとかしてないのかな?



 想像したらキリが無い。同じ言い方をしていいのか分からないけれど、たぶん2人とも愛依の事が好きなんだろ。僕にはまだ、よくわからない感情だ。


 いや、待てよ。「好き」って、そもそも感情なのか? もっとほら、こう、何て言うのかな? 特別な物じゃないの? あ、なんだかよく分からなくなってきた‥‥‥‥。


 自分の両親は、やっぱ恋愛とかしたんだろうか。そりゃそうか。

 他の人も、恋愛したから結婚したんだよね。それでもさ、愛依の家の様に、上手くいかなくなっちゃう事もあるんだろうな。

 僕も、大人になれば自然とわかるのだろうか?



 時計は22時15分。って22時!? 遅い時間になっちゃった。愛依は、ベッドに腰掛けたまま、両足をブラブラさせている。




「愛依。もうこんな時間だよ。中学生がこんな事してたら、先生に怒られるよ」


 わざと真面目な口調で言うと、彼女は笑った。


「先生いないんだけどね? でも遅いのには同意です。だから、わたしは部屋に戻るけれども」


 そこで愛依は言葉を切った。両太ももを閉じてもじもじして。


「‥‥‥戻る、けれども。‥‥‥暖斗(はると)くん、あなたがさっきわたしに何て言ったか、もう一度教えてほしい」



「さっき? はて」


「わたしが電車のトラブルにあって、相野原先輩が介入した、って説明した後に」


「う~ん。何か言った? あれ?」



 そうだった。愛依はスーパー記憶力だった。この部屋での会話を文字起こししろ、といってもスラスラやってしまいそうだ。


「わたし、1年前にキャラ変して、周りから『変わった』って言ってもらえるようになったんだけど、何か損した気分なの。見た目を気にして、良くなるように願ったり、努力したらダメなのかな? って言った後に。ほら、暖斗くん」


「え~と、何て言ったかな。愛依は正確に憶えてるんだね」


 僕が頭をかくと、彼女はちょっと口を尖らせた。



「もう。忘れちゃったってことは、そういうこと? 気持ちが入った言葉じゃないのね」



 彼女の首がガクン、と落ちる。


「わたしが自分の身の無事を伝えたら、『良かった』って言ってくれたじゃん? もう、ほら、『事が収まって良かった。あと、悪いのはその男で――』って」


「あ、言った。悪いのはその男で、愛依が―――」



 愛依を見ると、上半身をこちらに向けて上目づかいだった。こぼれ落ちんばかりの黒瞳が僕をとらえている。




「愛依が、か、可愛い‥‥‥のが悪い訳じゃ無い‥‥‥と」



「‥‥は‥‥暖斗くんは、わたしのこと、そういう風に思ってくれてるの?」

「あ、や、何ていうかその、流れというか、言葉のアヤというか」


「じゃ、‥‥違うんだ?」


「いや! 違わないけど、そうじゃなくて」


 僕は顔の前で無意味に振り回した両腕に気がついて、ゆっくり降ろした。そして。



「――そんなに、可愛いって言われたいの?」


 手で膝を握る。



「うん。言われたいよ」


 ノータイムで即答。この返事はちょっと驚いた。本心? 



「言われたいよ。だって、そのくらい言ってもらわないと損なことばかりだもん。電車でのこと。先輩とのウワサ。平気じゃないよ? 今でも思い出したら、イヤな気分になるし、ウワサが既成事実になるのもイヤだし。平気じゃないんだからね!?」


 語尾が泣き声だった。


 彼女は、僕の隣で、もう一度両手で顔をふさいだ。


 空飛ぶ戦艦の、とある中学生パイロットの、夜更けの自室。





 そして、「その時」は唐突に来た。






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