第31話 「陽キャは損」説①
その日の午後、僕の運動検査をして退院。今回は今までで一番時間かかったんじゃないかな? 全快するまで。マジカルカレント能力を多く使ったかららしい。
それから遅めの昼食を自力で摂った。
食べたら麻妃に聞いた愛依の話を聞きに行こうと思ってたけど、あいにく医務室には初島さんと来宮さんが来てた。桃山さんと同じく翌日検診なんだろう。
と、いう事は、さっきと同じパターンだから医務室入れないよね。入ったら怒られるヤツだ。
でも愛依は、昼に僕の運動負荷心電図検査やってたから、朝からぶっ通しのハズ。
お昼食べれたんだろうか? ちょっと心配になる。
けど僕がどうこうも出来ないので、筋トレと模擬戦メニューを消化して自室に帰った。
***
その晩、夕食を食べて部屋にいたら、自室のインターホンが鳴った。
「どうぞ」
「ごめんね。暖斗くん」
部屋を訪れたのは、部屋着姿の愛依だった。フードパーカーにショートパンツ、ふわモコ素材のセットアップのようだ。
「3Fって誰もいないから、夜の校舎みたいだね~」
愛依はそういいながら、申し訳無さそうに部屋に身体を入れてくる。
「おじゃましま~す」
僕はベッドから身を起こした。実は夕食前に愛依からメールがあったんだよ。そろそろ来るかと思って部屋を片付け終わったところだ。僕の部屋に女子。
正直急なメールで、そわそわする時間もなかったりする‥‥。
「3F誰もいなかった? たまに女子が風呂入りに来てるけど?」
「ええ? 本当? 一体誰が――」
「えっと、渚さんとか麻妃とか。あと七道さんと折越さんも」
「勝手に入ってくの?」
「いや、麻妃とかは『2F混んでっから借りんぞ』って言いに来るけど、他は気がついたら入ってるよ。ホントは風呂時間予約アプリがあるのにね。風呂場の照明点いてたら一応警戒する。あ、七道さんとかは深夜だな」
「それはつまり、暖斗くんが『あれ? 誰かいる?』って脱衣所入ったら」
「うん、人の気配とカゴに着替え的な物が。――すぐ逃げるよ」
「‥‥‥それは‥‥‥! 女子会(議)案件ね‥‥。事故が起こる前に対処すべきだわ」
「ま、2Fの風呂は15人で1個。3Fは僕ひとりで1個。マジカルカレント後遺症で入院時はまるまる空いてる。入りたいのはわかるけどさ。で、用事は? 実は僕もちょっとお話が」
「うん、じゃ、ごめん。‥‥どこ座ればいいかな?」
と愛依に訊かれたけれど、どうしよう? 椅子はひとつあるけれど。結局ベッドを公園のベンチみたいにして、ふたり並んで座った。
愛依は足を少し揺らしながら。
「暖斗くんもうお風呂入った?」
「入ったよ」
「そう。わたしも今入ってきたとこ。あ~、今日は忙しかったあ」
そう言いながら屈伸をする。
たぶん、医務室での関係がなかったら、僕の自室でこんな風にふたりきりなのは、お互い緊張するはずなんだけど。
距離感がおかしくなってるんだろうね。ベンチ座りとか。毎回医務室でのことが濃すぎるから。
さて、麻妃から聞いた愛依のあの話、どうしようか。
「あ、これ紙の本。暖斗くんの艦外持込品ね?」
愛依が、僕が読んでいた年季の入った文庫本を手に取る。
「ああ、父さんの本棚にあったヤツ。適当に持ってきたんだよ。実はPCで読むよりコッチの方が好きなんだ」
「わかる! 昔の本を手に取って読むと、紙の質感とか丁装とか、雰囲気あるよね」
僕らは、この「体験乗艦」にあたって、紙の書籍を各自最低1冊持ってくるように運営から言われていた。理由はよくわからなくて、みんな「今どきそんな」と苦笑いしてた。でも、こうしてネットがつながらず、何日も艦の中にいる状況を踏まえれば、案外紙の本は、いい時間つぶしにも、他の人との会話のキッカケにもなるような。
「‥‥‥『アンチエイヂング恋愛術』? 変わったタイトルね。医学書、じゃあないか。恋愛論? 暖斗くんが?」
愛依は、固まった僕を見て「ごめん」と言いながらケラケラ笑い出した。しまった。これならもっと当たり障りない本にすれば良かった。
「そ、それね。なんか美容と健康の本みたいだよ」
「へえ。そうなんだ。でもわたしが持ち込んだ本もなかなかだよ。『ほら穴理論』って本なんだけど、どう? 負けずに変なタイトルでしょ?」
「ほら穴!」
「他にもバイト先から持ってきた『医界展望6月号』とか『絋国医科評論』とかあるんだけど、暖斗くんは読まないよね?」
「医学の専門書じゃんか! うん、読まない。読むワケない。『ほら穴』だけでいい。で、その本はどんな本? 想像つかないんだけど」
「うん。『全てはほら穴に帰結する。人の人たる根源、それはほら穴』、という書き出しから始まるよ」
「‥‥‥ますますわかんなくなった。でも興味は湧いたかな。ちょっとだけど」
「医務室に持ってきておこうかな。誰かさんがねんねんの時の読み聞かせ、とか」
僕が「こら!」と言うとまた彼女はケラケラ笑った。さっきから僕らはこんなやりとりをしている。
僕は愛依がここを訪れた理由が何となく判ってきていた。
笑う合間に僕を見る目が不安の色だから。僕が聞きたい事を、彼女は話に来てるんだ。
でも。だからこそ、なのか、僕らふたりは本題に入るのを躊躇っている。
「あ、もうこんな時間。あまり遅いと言い訳できなくなるよ」
僕はこう投げかけた。愛依が話せないのなら、今は無理に聞く気はない。
それに、大人の監視なく僕と15人の女子が住むこの戦艦。就学旅行の夜みたいな間違いが無いように、3Fは男子、2Fは女子のみ、とわざわざ非効率に分けている。なのに、愛依がここに居てしまったら色々と問題になっちゃうはずだ。
うん、そだね、と愛依は言って、一回はベッドから立ち上がった。が、足を止め、クルリと振り返った。
「‥‥‥‥麻妃ちゃんからメール来たよ。暖斗くんにお話したいことがあります」
あのこと、だ。
「‥‥わかった。聞くよ」
「じゃ、あらためて。――どこ座ればいいかな?」
生唾を飲んで頷く僕に、彼女はこう言った。さっきまで本人が座ってたベッドに促がす。
愛依のこのセリフは今夜2回目だけど、先ほどとは全然重みが違った。
「あのね」
愛依は華奢な胸板で精いっぱい大きく息をし、ごっくん、と喉を上下させてから話し出した。




