第30話 美少女大車輪②
「愛依はウチの中学の3年生とつきあってる」
「わかった。ウチが話せるだけは話すから、聞けるんだったら愛依に直接聞いてくれ」
麻妃は、しばらく考えた後、そう答えた。
何だろう。胸に渦巻くこの、なんとも言えないイヤな予感。とりあえず僕は頷いた。
「今年の4月から5月にかけて、愛依はちょっとしたトラブルを抱えてね。そのファンクラブ発起人の3年生がそれの解決に関わって。訳あり案件な。その関係でその3年生が『逢初さんはオレと付き合ってるから』って情報を拡散してくれって、周囲に言ってるんだよ」
う~ん。状況が見えてこないな。この手の話をする時は女子は大抵早口だし。‥‥麻妃も例外じゃない。
「それでね。それはその人なりに愛依を助けるムーヴらしいけど。なんか2対2のダブルデートをしたとかいう話も聞いたね。そのダブルデートのもうひと組が3年の清水先輩と水口さん」
なんだそれ。やっぱり意味がわからん。あ、でも。
「そのふたり、清水さん水口さんは僕も知ってる。3年の有名な美男美女カップルじゃん」
「うん。そうなんだ。その美男美女と相野原先輩と愛依の4人での、ダブルデートだったんだって」
僕は、その名前を聞いて固まった。
「ちょっと待った。今何て!?」
見ると、麻妃は口に手を当て、舌を出している。
「あ、しまった。相野原先輩って、ネタバレしちまった」
相野原先輩。男子の少ない学校内において、男同士の人間関係は割と重要で濃い。
その人には、僕もちょっと面倒見てもらったことがある。
文武両道で、人望があり、身長181cmでイケメンの相野原先輩。それが愛依のファンクラブの発起人で――――運営者だって?
しかも!!
「生徒会長じゃないかぁぁぁ!!」
思わす絶叫する僕に、麻妃が冷静にツッコんだ。
「早くゴハン食べなよ。暖斗くん」
ようやく朝食を食べ終えた。でも正直味がしなかった。
愛依にトラブル?
相野原先輩?
ダブルデート?
情報が多すぎる!
ま、それも含めて後は本人に訊けって事か‥‥‥。麻妃に食器を片付けてもらい、車椅子でトイレに運んでもらった。
麻妃は真顔で、
「手伝うゼ☆」
と言っていたが丁重にお断わりした。医務室に戻ると、愛依と桃山さんが来ていた。
「おはよう。麻妃ちゃん。暖斗くん」
「おはようございます」
愛依は明るく、桃山さんは丁寧にあいさつをしてくれた。僕は、さっきの話が気になってしまう。だめだ。桃山さんもいるし、今じゃない。一旦忘れよう。
「暖斗くん。今から桃山さんの検診するから、こっち来ちゃだめよ?」
と、言うと愛依は、4mほど奥側の場所を診察スペースにして、こちらの目隠しになるようにシャ~ッとカーテンを引いた。
え? 僕ここにいて大丈夫か?
「じゃ、僕は食堂にでも行ってたほうが?」
「大丈夫ですよ。暖斗くん動けないし。それなら私気にしませんから」
代わりに桃山さんの声がした。
「あ、なんか、みなと一中トリオに、私が混ざった感じですね」
桃山さんはちょっと楽しそうだった。カーテン越しにトークが始まった。
「中学じゃ、3人仲良しだったりするんですか?」
「い~や。ウチと愛依は友達で、ウチと暖斗くんは幼馴染みで。で、愛依と暖斗くんはクラスメイトなんだけど、薄情な暖斗くんは、愛依の事知らなかったってさ」
「ああそれは。わたしがクラスで目立たないから。男子と基本絡まないし」
「麻妃。言い方。今はもう逢初さんもちゃんと友達だよ。色々お世話になってるし」
「あっはは。暖斗くん、ムキになんなって」
「やっぱり。‥‥‥なんだかんだで、もう3人とも仲良しじゃないですか。いいなあ。そういう会話。雰囲気。塞ヶ瀬中も男子のクラスメイト欲しいなあ」
そういう桃山さんは、本当に羨ましそうな声だった。そこへ麻妃が。
「究極、ウチの学区に引っ越しちゃえばいいじゃん。塞ヶ瀬の男子みたいに」
そう。実は、塞ヶ瀬学区にもちゃんと男子が住んでいる。でも、塞ヶ瀬中が女子ばっかになった時に、住民票だけ変えたり、人に住所を借りたりして、無理やり転校したんだよね。
それもあって、塞ヶ瀬中は男子生徒ゼロ。「女子校」状態になってしまった。
桃山さんは、ゆっくりと言う。
「ダメなんです。うち、母親が身体弱くて。今住んでるトコがかかりつけの病院とかにも近くて。家も通い婚方式だから、お父さんの許可なく住所替えとかできないし」
と、静かに言ってたけど、すぐ、明るい口調になった。
「そう、通い婚方式と言えば、暖斗くん家は中央集中方式なんですよね。和風ですか? 洋風ですか?」
「いやあ、ぜんぜん大した家では‥‥‥」
「洋風だよ。離れは和風もある」
「わあ、すごい」
「麻妃。勝手に答えんなよ」
「暖斗くんパパの嫁の4家族全員住んでるからね。母屋で毎日全員で食事さ。ちょっとした宴会みたいな雰囲気」
「‥‥うらやましいなあ。賑やかで楽しそう」
「わたしもお屋敷の前を通った事があるくらい。そう。あそこ奥はそうなってるんだね」
と、カーテン越しに桃山さんと愛依の声。
「ちなみにお風呂は、男性用と女性用でふたつある。犬とメイドさんがひとり。トイレは多数。離れも多数。それが母屋と屋根道でつながってて‥‥」
僕は麻妃の太ももをグーで軽く小突いた。
「麻妃。もういいって」
「いいなあ。私もそんなお屋敷に住んでみたいなあ。あ、みんな。私アピってる訳じゃないからね。そこの点誤解なく。‥‥でも。暖斗くん。幸せな結婚と精神的に満たされた生活は、女の子のせめてもの夢なんだよ。それだけはわかってね」
その言葉に、愛依がピタ、と動作を止めたのがわかった。
カーテンの向こうで、どんな表情かはわからなかったけれど。
桃山さんは、ハッキリとした口調でこんな事を言っていた。
***
「そう‥‥‥シャツは‥‥‥下‥‥‥そう‥‥‥ごめんね‥‥‥‥」
小声でしゃべる愛依の声が、カーテンの向こうから微かに聞こえる。それから、明らかに服を脱ぐような衣擦れの音も。
カーテンの向こうで診察が始まってるようだよ。
これ、僕はここに居ていいのかな。運んでくれれば食堂に行ってもいいけれど、なんて考えてたら、麻妃は僕に視線を向けてニヤニヤする。
「ウチ、まだここに居たほうがいいか。暖斗くんが変な気起こさないように。アリバイ作りだゼ☆」
「‥‥‥‥仮に起こしたとしても、やらないよ。身体動かないし」
カーテンの向こうから、うっふふ、と女子の笑う声が聞こえた。たぶん桃山さんか。
「でも暖斗くん。ウチの介助のおかげで大分動けるようになってんじゃない? 午後には退院できるくらい。これならさ。物音立てずにカーテンをそっと覗き見るくらい出来るよ~?」
「麻妃。できないしやらないって。俺を一体どうしたいんよ」
なんて会話をふたりでしてたら、愛依がカーテンから出てきた。少し険しい表情だ。
「暖斗くんの退院の判断は、わたしがします。あと、今、桃山さんは本当に服着てないんだからね。外でふざけないで!」
は? そんな事言われたら‥‥‥‥。はっ! 麻妃がコッチ見てニヤニヤしてやがる。
僕はとっさに顔を背けた。
「逢初さ~ん。男子にそれ知られちゃうと、私も辛~い」
カーテン越しに桃山さんが、わざとゆっくり目にこう言った。
そりゃそうだ。
これは愛依が悪い。
「ごめ~ん。桃山さん」
愛依が慌てて戻っていった。
たぶん今、桃山さんに平謝りしてる。
そう、愛依は尋常じゃないほど頭がいい。それはわかってたけど、やっぱり、こういうとこ天然なんだよね。




