第30話 美少女大車輪①
明くる朝、僕は医務室で目が覚めた。あのまま寝てしまったか。
愛依は、自室に戻ってるのかな? 姿が見えない。
ふと時計を見ると7時45分だった。誰も居ないしやる事もないしなあ、と、身体が回復してるか確かめてみた。
回復はイマイチだった。腕とかまだ十分には動かないし、痛みも残る。そう言えば愛依が、「今回の戦闘はマジカルカレントたくさん使った? 乳酸値が高いよ?」と言っていたな。
大物へのリベンジだったから‥‥そうかもしれない。
と、いうことは、入院もいつもより長いってこと? ええ~?
「オオ~~ッス。暖斗くん」
医務室の自動ドアが開いて、麻妃が勢いよく入ってきた。僕は、ドッキリで騙されたお笑い芸人みたいな顏をする。
「生きてるか~~」
何? 死んではないけれども。なんで麻妃が?
あ、いや、そういえば。
「とりあえずウチが当番で来たよ。聞いてるよね」
今回の戦闘から、桃山さん達がパイロットになって、メディカルチェックをする愛依の仕事が爆増した。
なので僕の介助は「2日目以降は誰か手の空いている女子がやる」ってことになったんだっけ。それで先ずは、僕と幼馴染みで付き合いが一番長い麻妃が来たという訳だ。
僕にも女子にも一番負担が少ないチョイスだ。
「さ、暖斗くん。これから毎回違う娘が入れ替わりで来るよ~。美少女 大車輪のはじまりはじまり~♪」
「‥‥‥‥美少女って」
「コラ。引くな」
「わざと能天気にやってんでしょ。まあ麻妃はもともと能天気だけれども」
「で、ウチは何すればいいの? ミルク飲むのかいベイビィ☆!」
「もうそのノリやめろって。普通でいいから。身体まだ動かないから、普通の食事持ってきて。何とか自分で食べるけど、ある程度は手伝って」
「り」
麻妃は、朝食を取りにバックヤードに消えるが、声だけ聞こえてきた。
「お、ここに愛依のメモ貼ってある。ほほう。何したらいいか全部書いてある。メールでいいのにね。このきれいな字で手書きってトコが男子にモテる秘訣だろか~」
麻妃はバックヤードから顔だけ出して「ね? どう思う?」と訊いてきた。
麻妃の魂胆はもうわかってるけど、正直「愛依はモテる」というワードが気になって、誘いに乗っかってしまった。
「麻妃、今、『愛依はモテる』って言った?」
「言ったけど? 暖斗くん。いつの間に愛依を『下の名前』で呼ぶ関係に?」
「麻妃の『愛依はモテる』をトレースしただけだけど?」
「‥‥ふ~ん。そうきたか。あっそう」
麻妃はそう言い放つと食事を取りに行った。
僕の用意された朝食が来た。グラノーラだ。そもそも複雑な動きがまだ出来ないから、そのリハビリも兼ねて、こんな体でも食べれる物を仲谷さんに用意してもらってる。
「麻妃。グラノーラに牛乳入れて。たぶん僕やるとこぼすから」
「ほ~い入れますとも。でも、スプーンで『ハイ、あ~ん』とかも出来るゼ☆?」
「見ての通り。不自由ながらなんとか食べれるのでご心配無く」
僕は痛む腕でグラノーラをザクザクと口に運んだ。ちょっと見栄を張って。
「実は愛依にやってもらったことあったりして」
麻妃は、机に頬杖をつきながら、僕をななめに見ている。
実は、愛依には何度かやってもらってるし、コイツも知ってたハズだ。
身体が動かないんだからしょうがないじゃんか! と言いたいが、なるべく他の女子には知られたくない。麻妃にも。
後は、麻妃がはぐらかした話を元に戻して、と。
「で、逢初さんてモテるんだ?」
「そんなこと言いましたっけ」
「言った! 俺は別に興味無いけど? 麻妃があんまり話したそうだったから一応訊いといてやるよ」
「ま~た。めんどくさいな。『一人称、俺』くんは」
麻妃は、そう言いながら両手で伸びをした。わかってる。麻妃がこういう『ネタのチラ見せ』をしてくる時は、すごい情報持ってる時だ。
でも、こっちもいい加減このやりとりに飽きてきたところだ。
僕は半笑いで麻妃を睨みつけた。
「‥‥‥‥麻妃。教えなよ。これ以上不毛な会話をしてると‥‥!」
「わかった。ゴメン! ゴメンて。ぬっくん!」
麻妃は、やっと愛依の事を話し出した。
ふたりは「友達」と聞いている。
僕は、クラスメイトながら彼女の事をほぼほぼ知らない。――さて。
「実は愛依はな、みなと一中の3年生ともう付き合ってる」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ぶほあ!」
「‥‥‥という‥‥ブハッ! ‥‥‥‥ウワサだよぅわはは」
麻妃は腹をかかえて笑い出して、僕は吹き出したグラノーラをダスターで拭った。
「アッハッハ~。いいリアクションいただきました。言い終わる前にウチも思わず吹いちゃったよ。‥‥そっか。あの娘のことが気になるか~」
「グホ。変なとこでセリフ切って。ああ、逢初さんが誰かと付き合ってても、別に変な事じゃあないし。ゲホ」
「ご安心めされ。暖斗くん。愛依は1年前まで陰キャだったし、男っ気ないよ。むしろ『わたしは結婚はしない』とか言って、勉学に励んでおる」
「それ言ってた。経済的な自立、とかなんとか」
麻妃はさらに僕をななめに見た。僕が話に食いついてきたのが楽しいんだろう。
「愛依ってさ、校内テストでいつも学年10位くらいでしょ?」
そうらしいね。すごい。
「違うんだな。これが。愛依は目立つのが嫌で、ワザと10位で調整してる説、ってのがあってね」
「何それ、そのマンガみたいな話‥‥」
「で、不審に思った先生方が、『わチャ験』受けたいって言う愛依に、『それなら君の実力を知らなければ』とか何とか言って、わざと医学部系のすごい難しい問題混ぜて解かせたんだって」
「で?」
「‥‥‥‥全問正解したって。そりゃ『わチャ験』も受かるわな」
「それマ? ‥‥っていうか、先生方のそんな話、なんで麻妃が」
「それはね~~」
麻妃は頬杖を外して身を乗り出してきた。
「担任から聞いた。『岸尾、お前知ってたのか?』って。逆にその時の顛末全部教わった。しかも、それなら、と、愛依を飛び級で3年に上げようとしたんだけど、それは本人が固く拒んで立ち消えとなり、なぜか代わりにこの体験乗艦が決まった」
「やばい。なんか鳥肌立ってきた」
「なんか軍の偉い人が、愛依のバイト先に現れた、とか。イチ中学生にだよ?」
ちょっと天然だけど賢い娘だなあ、って思ってたけど、そんなにすごいのか。なんかちょっと、手の届かない所にいる感が出てきちゃった。まだモテるとかの話もこれからだろうし。
「で、愛依が3年生と付き合っている、っていうウワサなんだけど」
キタ。ちょっとドキドキする。僕も身を乗り出す。
「ふむふむ」
「お、暖斗くんも興味津々か。持つべき物は異性の情報通の幼馴染み、と。じゃ、どうすっかな。まず、ファンクラブから話すか。みなと一中の1年と3年に愛依のファンクラブあったのは知ってる?」
「!? あった? ‥‥‥‥知らない」
「ま、暖斗くんならそうだろうね。1年の、5月くらいには出来てた。」
「中学入ってすぐじゃん? 早くない?」
「あーそれな。愛依は長女キャラだから、下の面倒見がいい。小学校からの流れで、『お世話になった愛依お姉さんが、中学でセーラー着たらメッチャキレイになった件』って、ウチらのいっこ下が騒いだんよ。だから、今の1年の愛依ファンクラブは女子中心」
「面倒見。確かにいいね」
僕は、彼女が僕のためにやってくれた、色んなあれこれを思い出す。
「で、逆に3年生は男子オンリー。その3年のファンクラブを立ち上げた人が、今年の7月あたまくらいに、1年と3年のファンクラブをひとつに統合したのさ。だから過去形」
「なるほど。7月なんてこの体験乗艦の準備ばっかで、そんな事あったなんて知らなかったよ」
「まあね。そうじゃなくても暖斗くんとその周りの男子は、部活とマンガとゲームの話ばっかだしね」
痛い所を突かれた。どうせ僕はおこちゃまだよ。
だけど、ここで麻妃が、腕を組んで考え込んでしまった。
――――しばしの沈黙。
「う~ん。この先の話はどうしよっかな? 別に愛依に口止めされては無いけど」
こんな事を言いながら、頭をかいている。どした?
「麻妃、ここまで話してそれはないよ。ま、話せない事情なら無理にとは言わないけど」
僕はそう言いながらも。
気になってしょうがなかったんだ。




