第29話 医務室Ⅱ①
「あ、暖斗くんはちょっと外で待ってて。あ、廊下じゃ悪いか。食堂にする?」
医務室の前で愛依にこう言われた。
僕はDMTのエンジンを切ってから、マジカルカレント後遺症候群で動けなくなった。いつもの通りベッドに乗せられて医務室の前まで来ている。
いつもと違うのは、僕を今まで運ぶ役目だった初島さん、来宮さん、桃山さんが、パイロットとして先に医務室に入ったことだ。
「別にどこでもいいよ。っていうか、医務室の隅で待つけど?」
僕の言葉に愛依の目が泳ぐ。
「え? あ、ちょっと。うん。食堂でいい?」
と、そこへ浜さんが現れた。
「逢初さん、こ、これ」
愛依へ何かを手渡す。チラっと見えたのは女子の服みたいだった。
そっか。たぶん検診受けながら中で着替えるんだ。それじゃあ僕は中に入れないか。
浜さんが僕のベッドを食堂へ押す。
「あ、あと、私が暖斗くんといますので」
浜さんのその言葉を聞いて、今日僕を運んでくれた折越さん、仲谷さん、泉さんが退出していった。
「じゃ、浜さん。お願い致します」
「暖斗くぅん。バイバ~イ」
食堂は誰もいなかった。厨房に戻った仲谷さんの、調理を始めた音だけが響いていた。もうすぐ夕食か。なんかいい匂いがしてきてる。
まあ、僕は今からミルクだけどね。
ふと食堂の天井を見つめる。浜さんは無言のままだ。こっちから話しかけてみようか?
「前に浜さんと話したのも、この食堂だったね。確か桃山さんとふたりで」
「あ、はい」
「‥‥ゴメン。僕はあまり話とか面白くないんで、浜さんと何話したらいいか、思いつかないや」
「はい」
やっぱり浜さんは無口な子らしい。桃山さんに促され、会話を振られてやっと話してたのを思い出す。
「で、でも‥‥」
「ん?」
あ、彼女の方から話しかけてくれた。
「‥‥‥でも暖斗くんは、い、今のままでいいと思います」
今のまま、って、ああ、会話が面白くないキャラの件かな。
「そう? まあ、この前はBOTに負けちゃったり、今のままじゃダメなこともあるんだけどね」
「暖斗くんは、戦ってて怖くないんですか?」
「え?」
素朴に聞かれた。
「だ、だって、この艦に乗るまで、普通の中学生だったんですよ?」
「うん‥‥‥。そうだけど。みんなそれぞれ研修受けたじゃん」
「受けましたけど、放課後の3時間を充てて何日研修したって、部活みたいなもんです。本職のパイロットになれる訳がないじゃないですか。DMTの修理とかもそうです。いくら七道さん達がすごくても素人です」
彼女は、そこまでいって、暖斗くんがダメっていう意味じゃないです、と慌てて付け加えた。
「浜さんの言いたい事はわかるよ。素人中学生が『体験乗艦』したらこの事態だもんね。ま、自分でもよくこんな事してるなあって思うなあ」
「へ、返事がまだです」
「え?」
「怖くないですか? の、返事がまだです」
あ、そうだった。無意識に話を逸らしてしまった感じを、彼女に突かれてドキリとした。
「あ~~、う~~んと。やっぱ初陣は緊張したなあ。正直出撃前は手が震えたよ。はは、カッコ悪いね。で、いざ乗ったら、前の日寝れなかったせいか、逆にウトウトしてさ、何か異世界転移する夢‥‥」
「当たり前です」
彼女は与太話になりそうな僕の話をぶった切って。
「素人中学生がBotとはいえ実戦なんですから、ふ、震えて当たり前です」
「フォローありがと。はは。そうなんだよ。戦ってる最中も震えててさ。で、緊張して訳わかんなくなりそうだったよ。やっぱビームが当たるとシールドに守られてるとはいえさあ‥‥」
それから、戦場の怖さについて、僕は饒舌に語った。喋る事で怖がる自分をどこか正当化しようとしていた気がする。浜さんは無表情で聞いていたけど、僕の話がひと段落ついたところで質問をしてきた。
「じゃあ、いつ止まったんでしょう? そ、その手の震えは」
ハッとした。そういえば、いつの間にか、なんだけど、具体的には? いつ?
「2回目、3回目の出撃? そ、それ以降でしょうか」
僕の脳裏に、セーラー服に白衣をはおった影が浮かぶ。気がつかなかったけれど、僕の様子を、浜さんはじっと見ていたようだった。
「もういいよ~」
廊下から愛依の声がした。浜さんは、無言でベッドを医務室へと押し出す。
「ああ、ども。浜さんて、無口なイメージあったけど、結構話すんだね」
「は、はい。私は基本しゃべらないですけど、き、今日はしゃべる日でした」
そのままベッドは医務室へ入っていく。
「いや~。先にシャワー浴びたかったっス」
とは医務室内の来宮さんの声。初島さんは、
「ま、パイロットスーツ脱ぎたかったしね」
と言っていた。そこに、僕を見つけた桃山さんが話しかけてきた。
「私達3人は、当然、というか、マジカルカレント後遺症はありませんでした」
「センパイ。MKお化けが来たっス」
愛依が軽く驚く。
「来宮さんと初島さんは、男子にも物怖じしないのね? 最初から。どうしてかな?」
「あ~。私達はスポ中フェンシング部で、男女合同の部活。だから普通に男子いるし、男子とも練習で勝負もするし」
「普通っス。普通にガンガン行きますね」
ふたりが顔を見合わせてそう言うのを、桃山さんは眩しそうに見ていた、と思いきや。
「え~そんなぁ! さいはて中の弓道部だって男女合同でぇすぅ!」
芝居がかった物言いに、思わずみんな笑ってしまう。
「でもやっぱうらやましいな~。青春って感じで」
「あの、わ、私、自分の仕事があるんで」
浜さんだった。愛依が答える。
「あ、ありがとね。浜さん」
「はい。うたこ。また後で」
「うん。じゃね。いちこ」
浜さんが退出した後、愛依が僕に向かって解説してくれた。
「浜一華さんだから『いちこ』。桃山詩女さんだから『うたこ』、だって」
うんやっぱりか。最初に話した食堂でも、そんな風に呼び合ってたしなあ。
そうだ。浜さんと言えば。
桃山さんに伝えなきゃ。
「今、浜さんと食堂で色々話したよ」
彼女は聞くなり、目を輝かせて僕の身体をペシペシ叩いた。
「そうですか! うたこと話してくれたんですか。やった! 暖斗くんいい人!」
そこへ、バックヤードに行っていた愛依が戻って来た。手にはいつものミルクと、あれ?
左手の小指を保冷剤で冷やしている。
「どしたの? 左手」
「あ、これ。わたしドジだから、向こうでちょっと火傷しちゃって」
「大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫よ。念のためやってるだけ」
僕と愛依がこんな会話をしてるのを、スポ中ペアが「ふ~ん」と視線を交わしていた。
「あ、コレっスか。例のミルクってのは。暖斗くん。グイっといっちゃってください」
「え? みんなまだいるの?」
「暖斗くんが飲んでるとこ見たいなあ♪」
初島さんが作り声でそう言うと、桃山さんも続いた。
「飲んだ後の寝顔がカワイイというウワサも」
「ちょ、ちょっと待ってよ。やだよ。人に見られるのは」
僕は抵抗したけれど、スポ中ペアは容赦無かった。
「でも逢初さんにやってもらってるんでしょ? 毎回。逢初さんは他人じゃないと?」
「暖斗くんの授乳シーン見たいっス。レア映像」
「授乳って言うなあ!!」
僕が絶叫した所で、愛依と目が合った。
愛依は、困った顏で白衣のポケットを指さしている。ああ、チラっと見えるよ。いつも僕が着けさせられているあの前かけ、でしょ。
それの存在がバレるのはもっと恥ずかしい。
何とかしなければ。え~~と。
やばい。何も思い浮かばない。




