第27話 作戦会議②
同刻、艦橋。作戦を練る渚の元に、岸尾麻妃と桃山詩女が来た。
「ごめんなさいね。ふたりとも。あなた達の意見が欲しくて」
「ぜんぜん別に~。暖斗くんの事だよね?」
「ええ。やはり、なんだけど、スポ中ペアとの連携が間に合わなそうなのよ。大型BOTが、移動を始めたって」
麻妃は、渚が打ち込むPCの画面を見ながら腕組みをする。
「暖斗くんはまあ、器用なほうじゃないからなあ。コツを掴めば覚えは早いんだけど。スポ中ペアは、アレでしょう? 仕上がりすぎ、というか」
「そう。連携のレベルが高くて。それだけでも今すぐ軍にスカウトしたいわ」
「惜しいな。アイツが居たらなあ。暖斗くんとの相性ゼッタイ良いのに」
その麻妃の言葉に、渚が反応する。
「あ、前に言ってた元特別枠の子。あなたと暖斗くんの幼馴染みっていう」
「そうそう」
「そんなに言うんなら見てみたかったわね。運営もせっかく色々と準備してたのに、直前で落としちゃったものね。可哀想に。あ、でも、相性って点では、あなたもスゴイのよ。桃山さん」
「‥‥‥‥はい」
両手を前に組んだまま、桃山は返事をする。
「DMTの操縦はどう? 射撃は申し分ないんだけど、DMTの操縦は、‥‥やっぱり大変よね?」
渚に訊かれ、申し訳無さそうに、はい‥‥、と返事をしてから話し出した。
「射撃は大分慣れたんですけど、DMT動かすのは不慣れで」
「いいのよ。出来なくて当然。まだ一週間だもの。射撃をモノにしてくれただけでもスゴイわ。‥‥つくづく、この戦艦に乗ってる子は、尋常ならざるメンバーなのよ」
「どう? 行けそう? 渚学生」
艦長席に座る子恋も心配そうだ。
だが、その表情には、まだどこか余裕がある。
「ふたりの話を聞いて情報の交通整理ができたわ。これで行きましょう」
渚は、机のカドを手で、ポン! と叩いた。
そして子恋が。
「あとは、暖斗くんのメンタルだね。でも、私は心配してないよ」
その言葉に麻妃が答える。
「そだね。医務室に行けば、また元気になるんじゃない?」
***
同刻、医務室。
逢初愛依は、午後にくる暖斗や他のパイロットの子たちのための、メディカルチェックの準備をしていた。
今日の夕方、大型Bot討伐の為の出撃が決まったからだ。
出撃直前になってしまうが、体調面でのイレギュラーを無くして万全とする為の処置だった。
愛依は、自分の右胸に手を当てる。あの日、震えていた暖斗の手を、自らの心臓に押し当てた事を思い出す。
物思いで痛む胸に、深呼吸をひとつ。
「‥‥‥大丈夫だからね。暖斗くん」
***
昼食後、僕は、医務室で愛依のメディカルチェックを受けていた。
「出撃日時が決まってるならやった方がいいって、わたしが稟議書を出したのよ」
そう言いながら、愛依は聴診器を、Tシャツ姿の僕の胸に当てた。
「こんなの今までやってなかったじゃん」
「Botは急に来たからね、今までは。でも今日はちがうでしょ? もし、出撃してからお腹が痛くなったらどうするの?」
愛依は、PCに結果を打ち込んでから、コトリ、と聴診器を机に置くと、うつむいて黙ってしまった。
「‥‥‥‥」
「何? 愛依。どこか異常でもあった?」
愛依は、答えない。――何だろう?
しばしの沈黙の後に。
「あのね。暖斗くん」
「あ、やっとしゃべった。なになに?」
「うん‥‥‥‥。あのね。暖斗くんは、また医務室にちゃんと帰ってきてね」
「ん? ‥‥‥うん。そうするつもりだけれど」
ちょっと面食らった。どういう意味だろ?
「無茶しちゃダメよ。危なくなったら逃げていいんだからね?」
「なかなかそうはいかないけど。まあ、DMTを壊す訳にはいかないしね。何とか上手くやるよ」
「DMTじゃなくて、暖斗くんの身体よ。怪我とかしないようにね?」
何だろう。さっきから愛依はこんな事ばかり言う。
「なんか母親みたいだね」
怒られるつもりで言ってみたけど、様子が違った。
その言葉に愛依は、僕をまっすぐに見つめる。
少し強い視線で。
「たぶん、あれだけミルクを毎回あげてたら、お母さんみたいな気持ちにもなるよ? でも、そうじゃなくって! 怪我したら治すのがわたしの役目なんだけれども! それとは‥‥別に。 ‥‥‥‥怪我しないで。精神的な無理もしないで。必ずここに戻ってきて――そして、またわたしからミルクを飲んで」
ちょっとびっくりした。彼女からは何度もそうやってミルクを飲ませてもらったから、少し慣れて来たくらいだけど。
改めてハッキリ言われると、むっちゃ恥ずかしい。
目を白黒させていた僕に、愛依は静かに言った。
「わたしは‥‥‥ここで、‥‥ずっと帰りを待ってるからね」
僕は考えた。今日の彼女はいつもと違う。
そうか、前回の戦闘は、僕はいいとこなしだったから。心配かけちゃってるんだ、と思った。
だったら。
「‥‥‥‥ごめんね。心配かけちゃうけど、大丈夫だから。‥‥‥僕は『弱い』んだ」
「え?」
「僕は『弱い』んだけど、それをしっかり自分で受け止めないと、『強く』はなれないんだよ」
「心構えとか精神論のこと?」
「うん。愛依は、『医療人』の覚悟を持って、この船に乗ってるでしょ? 僕も持つべきだったんだ。『みんなを守る』っていうパイロットの覚悟を。それが足りなかったんだよ。『守りたい』とか『頑張る』じゃあ、足りないんだ。愛依の言い方を借りれば、『なんちゃってパイロット』じゃあダメだよって、事だよね?」
***
わたしは、机上に出した器具を片付けていた。彼、暖斗くんのメディカルチェックが終わったからだ。出撃の時刻は決まっているから、順次、次の子を診なければ。
でも。
暖斗くんは、『覚悟』という言葉を使った。力強く。男子三日逢わざれば、なんて言葉もあるけど、彼は、敗戦を糧に、自力でアップグレードをしてしまったの?
なんだか、わたしの知っていた暖斗くんが、過去の物に感じてしまった。
「暖斗くん‥‥‥‥もしかして覚醒しちゃった?」
わたしは、思わず呟いた。
「子離れされる母親の気持ちって、こんな感じなのかな‥‥‥‥」




