第27話 作戦会議①
「終わったよ」
そう、弱々しく声を上げたのは紅葉ヶ丘澪だった。ものすごく眠そうだ。
「解析ご苦労様。大変だったでしょう?」
と、子恋光莉が労りの言葉をかける。付属中の三人娘、が戦艦ラポルトの艦橋にいる。
まだ早朝だ。
「まあ、今回は時間あったからじっくり出来たよ。大型BOTの行動予測して、こっちからカマかけた所はつぶしたから、もうほとんど、居場所はわかるよ」
「助かるよ、うん。これでパイロットの『生還率』も上がるね」
紅葉ヶ丘は少し不満そうな顏をしながら、子恋と、その傍らの渚陽葵に言った。
「光莉、作戦の『成功率』って言ってよ。後は陽葵がどんな戦術を立てるか、だよ」
「戦術はね。あなたが頑張ってくれたから、シンプルに行くことにするわ。複数機のDMT戦もあの子たち初体験だし」
艦橋の前部、操舵席から3人に、舵を握る泉花音が声をかける。
「3人とも、プライベートでは、あの堅苦しい呼び方はなさらないのですね?」
子恋が苦笑しながら。
「ああ、泉さん、実はそうなんだよね。『〇〇学生』なんて、ホントは言いたくないんだけど、伝統ってのは‥‥どうもね」
泉は、育ちの良さそうなゆったりとした風情で、語りかける。
「『情報処理』係の澪さん、「『戦術』の陽咲さん、『戦略』の光莉さん、この艦がまがりなりにもこうやって航行できてるのは、あなた達3人のおかげね。‥‥あ、でも、『戦略』って、何をするのかしら。ごめんなさいね。気になったから訊いたけれど、光莉さん、気を悪くなさらないで」
その問いに答えようとした子恋より早く、渚と紅葉ヶ丘が割り込んだ。
「あ~。泉さん、光莉の『戦略』ってのはね、権謀術数、マキャベリズムを地で行く手練手管のことよ。『争いごと』が始まる前に勝敗を決めちゃうんだから、戦術家からしたら1ミリも面白くないのよ」
「そうそう。せっかく人が情報収集、解析しても、光莉がそれ使って『終わらせちゃう』から、『オマエ! ちょっと待て!』だよ。もうデータ渡したくないんだよね」
子恋はそんな2人を尻目に涼しい顏だ。
「んん? 2人とも。講義で『戦わずして人の兵を屈するは~』って習わなかったの?」
「「そうだけども!!」」
改めて子恋が泉を見た。
「泉さん。前回の反省を踏まえて附属中は出来うる準備はしたよ、うん。でも、現場では常にイレギュラーが起こる。暖斗くん達がピンチになったら、また戦艦の緊急機動、お願いね」
泉は、少し微笑んだ。艦橋の前部に、まるで自動車の様なレイアウトの椅子があり、泉がそこに座っている。これがラボルトの操舵席だ。
「わかったわ。それは任せて頂戴」
泉はおだやかに、しかし、しっかりとした口調で答えた。
***
「うわ。大っきいんだね!」
正午前、僕はDMTデッキにいた。僕の目の前には、中型DMT用の手用武器、巨大なサーベルが懸架されていた。
フェンシング用の物が、そのまま10倍の大きさになった感じだ。
「また見学~?」
と、近くには、昨日レールガンの説明をしてくれた網代さんがいる。デッキの主の七道さんは1つ奥のDMTの所にいて、多賀さんとDMTの肩の辺りにマーキングを施している。
そう、次の大型BOT討伐戦は、複数機のDMTで戦うので、各機に識別番号を入れるそうな。
――なんて考えてたら、その七道さんが手を上げて走って来た。
「おっと暖斗くん! その剣に近づくのはいただけない!」
「え? なんで?」
「刺突剣は荷電すると弾けるんだ。もし誤作動したら風圧だけで肉片になるぞ? ほら。ここ!」
そう言いながら彼女はその巨大な剣の、刃の部分を指し示す。
「ここな。この刀身、まるっと全部形状記憶合金なんだ。それがソフトクリームみたいにうずまき状に畳まれている。荷電されるとこのねじ曲がりが戻る形で、12メートルの刀身が一瞬で50メートルの剣として伸長する。先端の『可変テーパードファイル』を回転させながら、ね」
「可変‥‥テーパードファイル‥‥!」
僕は刀身の先端部に目をすべらせた。
確かに――巨大な針? みたいな物が付いている。
あれで敵を突くのか。
「だからよ、整備中に誤作動なんかしちゃったら、人間の身体なんて一瞬でミンチだ」
「‥‥回転槍より長いんだね」
「ああ、暖斗くんのサリッサは初心者用だから、あれでも少し短いんだ。27メートルだっけ」
僕は腕を組み、目を伏せた。
「そのせいかさあ、どうしても初島さんと来宮さんとの連携が合わないんだよね」
「この手用兵装は装甲の隙間狙い、一撃離脱型だからな~」
「‥‥‥‥しかしまあ、DMTの武器って、変なのばっかだね。回転ドリルの槍に、びよ~んて伸びる剣」
「そうだよなあ。『サイフォス』つってももはや別物だ。『サリッサ』もだけど。そう名付けただけだよ。‥‥でもまあ、よくぞそこに気がついた」
「そりゃ気づくよ」
「そもそもDMTってな、独自の関節機構を持ってる。骨と肉の人間とは違うんだ。例えばヌンチャクをDMTが装備するとしよう」
七道さんは両手を動かして、ヌンチャクを振り回す仕草をした。
「アレを振り回すには肩と肘の関節の可動域を極限まで広げなきゃならない。不可能じゃないけど、肩の装甲は邪魔だろうし、肘関節の強度はすごく落ちるよ。それこそ、回転槍の一突きで自機の関節にアソビが出るくらい。どうする?」
「あ~、それは困る。それじゃあもう兵器じゃないじゃん! しかもヌンチャクをいくら敵に当てても装甲割れないよね? そっか。変な武器ばっかだけど、そういうのほどDMTとの相性はいいのか」
彼女はにっこりと笑った。
「さすが暖斗くん。物わかりがいいね。一見、変態武器のようでも、理に適ってるのさ」
「‥‥変態武器って」
「もちろん、もっとより良い武器が発明されることもあるかもしれない。もっと変態的なヤツがね」
DMTデッキから食堂に行くと、午前の訓練を終えた初島美羽さんと来宮櫻さんがいた。
4人掛けのテーブルに向かい合って座っていたけど、初島さんが、僕を手をパタパタさせて手招いて、席を空けてくれた。
並んだ2人に対面するように僕は座った。
初島さんが聞く。
「どうです? 見てきました?」
「うん。やっぱ実物はデカイね」
そこへ来宮さんも加わる。
「ヤバい大きさッス」
3人で会話を進めながら、昼食を口に運んだ。
初島さんは少し茶色のショートヘア。後ろ2か所で短い髪をしばっている。
となりの来宮さんは、おでこ全開長い髪、それをシュシュでひとつにまとめていた。
ふたりはとても仲がいい。
今日の午前から合同練習を始めたんだけど、あまりにふたりの連携が良くて、僕は浮いてしまっていた。
刺突剣なんて変態‥‥じゃないけどクセ強な武器も使うし。
それで僕だけ早めに上がらせてもらって、デッキで刺突剣の実物を見てきたんだけど。
「やっぱサイフォスとサリッサの間合いが違うんだよね。あとふたりの呼吸が合いすぎて、僕が入り込めない、というか」
「それはしょうがないっス。私とセンパイは一身同体っス」
来宮さんは語尾が変だ。あとセンパイ、というのも気になるな。
「あれ? 来宮さんも同級生だよね? なんで初島さんをセンパイって呼ぶの?」
「ああ、それは」
と初島さんが言いかけた所で来宮さんが話しだした。
「フェンシング歴では『センパイ』ってコトっス。センパイは昔からフェンシングやってて、陸上やめてプラプラしてた私を部に誘ってくれたんです。だから同級生だけど『センパイ』」
「そういうことか」
膝を叩いた僕に、初島さんが言う。
「でも、櫻は、2年から始めたばかりなのにどんどん強くなって。私も誘ってよかったよ」
「いや~。まだまだセンパイには敵わないっス」
「ダメダメ。私に勝つくらいでないと」
僕は感心する。
「あ~。やっぱりスポーツ女子っぽい会話だねえ。さすが『スポ中』」
このふたりの在籍は私立周防中学。
通称「スポ中」
この辺りでスポーツに打ち込もうとするなら、この学校一択! 色々な部活があって、どれも好成績をあげているし、この地域は昔からサッカーが盛んだから、スポ中出身でプロサッカー選手にまでなった有名選手とかなら結構いる。何人か名前を言えるよ。
「あれ? でもフェンシングってふたりでやるものだっけ?」
という僕の疑問に、初島さんが答えた。
「フルーレでもエペでももちろん1対1ですよ。フェンシングとDMTで戦うのは当然、全然別物です。ただ、武器とかで共通点があるんで、私らたぶん選ばれたんですよね? 今回私たちは刺突剣を使う前提で、2人ペアでの訓練を受けてたんです」
「なるほどね。じゃあ僕が今日いきなり合流しても」
「そうっス。暖斗くんはDMTの操縦は経験あるし、マジカレはチート臭っスけど、いきなり私らフェンシングガチ勢とじゃ、息が合わなくて当然っス」
対、大型BOT戦。対策は着実に進んでいった。




