第25話 相性MAX②
「暖斗くん。考え事してたでしょ?」
明るい声と共に、女の子の屈託のない笑顔が、僕の視界に入って来た。
桃山詩女さんだ。
うっかり、医務室での愛依を思い出してしまっていた。
「く・ん・れ・ん・中ですよ~」
ポニーテールをピンクのリボンでまとめ、白いブラウスに黒い合服のワンピース――さいはて中の制服――を着ている。彼女は笑うと大きな瞳が全部隠れて、目を閉じたみたいになる、そんな笑顔が印象の女の子だ。
前に浜さんと一緒に食堂で話しかけられてから、割と気さくに接してくれている。
「じゃ、暖斗くん。もっかい模擬戦やりましょう。今度は集中しないとダメですよ~」
「うん。わかったよ」
今、僕らは2人で合同訓練中。あれからすぐ退院して、そのまま訓練に入ったよ。なかなかに忙しいけど、大型BOTの件があるからのんびりとはしてられないんだよね。
仮想戦闘訓練室――通称「ゲーセン」。
の、操縦席を模した椅子に座って、艦のホストCPが作った仮想空間で敵を倒す練習――ゲームセンターで筐体に座って、オンライン対戦をするのとほぼほぼ同じ――をしている。
僕はモニターを注視した。モニターって言っても、本物の操縦席と同じ作りで、僕の視界は全部外の景色が映し出される180度モニターなんだけど。
DMTが森を進んでいくと、数機の小型Botが現れた。
「来たね。じゃ、僕は左はじからいくよ」
「了解です。5機、視認しました」
「みたいだ‥‥‥ね!!」
僕は一番左はじのBotに近接すると回転槍を繰り出す。そのBotに有効打が入ったけれど、他の4機が僕を囲みにくる。
その時、僕の背後に回ろうとしたBotが火花を出して地に落ちた。
ガギィィィィン!!
重い金属音がスピーカーから聞こえて。
「‥‥残心」
桃山さんの高い声がインカムから入った。
僕は超信地旋回して、彼女が当てたBotに確キルとなる追撃を入れる。
残り3機のBotは、それを見て僕らから距離を取った。
僕はその3機に突撃をする。
また、「‥‥残心」って桃山さんの凛とした声が聞こえて、先頭のBotが火を噴いた。隊列の乱れたBot群を、僕のサリッサが確実に削っていく。1機、2機目を仕留めた。
残り1機は――。
「‥‥残心」
最後のBotは、桃山さんの声と共に、火花を上げて墜落した。
桃山さんは狙撃手。
同じ中型DMTだけど長距離仕様の武器で、離れた場所から僕を援護する役目だよ。
「すごいね。3発目はクリティカルだったんじゃない?」
「偶然ですよ~。スリットに入ったかも」
模擬戦が終わるごとに、2人で内容を確認する。
「僕が敵に突っ込んで、浮いた駒を桃山さんがドカン。僕が引き気味に動いて、追いかけて来た敵をドカン。う~ん。全然問題ないよねー」
「ありがとうございます。でも、実戦だと多分めっちゃ緊張しますよ? わたし。――だって有質量弾使うじゃないですか。万が一味方に当たったら‥‥って、プレッシャーヤバイです。あ~」
「そう? ちゃんと呼吸を合わせれば大丈夫じゃない? あと、あの『残心』って何あれ。なんかかっこいいし」
「あ、あれですか」
桃山さんは、ちょっと自分語りになるけどいいですか? と前置きして。
「私、弓道部なんですよ。弓道には『遠的』って競技があって、すっごい遠くの的を射るんです。私それが得意なんです。同じ放物線ショットなんで。たぶんそれでこの体験乗艦にも選ばれて、準パイロットでDMTにも乗れたみたいです」
桃山さんは耳前の髪、「触覚」にきれいな指を通しながら。
「で、弓とライフルは違うんだけど、弓道って、射る時に『弓道八節』っていう8段階の所作があるんです。その最後が『残心』。矢弦から手を離して、矢が飛んで行った後の姿勢。射た後も『その身に心を残せ』って訓えが好きで。だから、DMTでレールガン撃ってても、同じ様につい口にしてしまうんです」
「ああ、なんかすごく武道、ぽいね。ウチの中学の軍隊格闘術の先生も、古武道がバックボーンみたいで、『残心』って言ってたな。髪の毛モジャモジャで、熊みたいな先生」
「あ、もしかして『モジャ沢』先生じゃないですか? 去年度までさいはて中に居た?」
「そうかも。新しい先生かも」
「その先生。スゴイ男っぽいじゃないですか? ウチが女子ばっかなんでやりにくそうで。あはは。それで転任願いだしたってウワサですよ」
「あ~ね。そうかも。なんかいっつも男子ばっかに話しかけるって感じ。女子だとセリフ噛むんだよ」
「そうそうそうそう!」
――――雑談で盛り上がりすぎてしまった。
「‥‥暖斗くん。ちょっと、模擬戦進めないとヤバいですね。さすがにそろそろ‥‥‥‥」
「ゴメン。つい話しこんじゃったね。えっ‥‥と、次は」
「もう少し私が遠距離にいる設定で狙撃するヤツですね」
「で、その後、桃山さんが狙われた時に僕がフォローに入る設定の、だね」
「よろしくお願いしま~す」
訓練後の昼食。
あの後も結局、「感想戦」で雑談モードになってしまうので、一端模擬戦に集中して、昼食時にでも雑談しよう、という流れになった。なので、着席した僕の目の前には桃山さんがいる。
彼女に、「いちこ」――浜さんのことをこう呼ぶ――も来ていいですか? と聞かれてOKしたが、結局まだここには現われない。
「遠的が得意って言ってたけど、やっぱ賞とか取ってるの?」
「市の大会で何度か、くらいですよ? 私は。それ言うなら、県大会優勝のあの2人の方が全然スゴイですよね」
「あの2人、って、初島さんと来宮さん? 周防中の」
「そうです。周防中学、通称『スポ中』。特進クラスもあるスポーツガチ勢です」
そうなんだ。自分が特にスポーツとかに打ち込んでる訳じゃないから、そういうので活躍してる人達ってなんか眩しいよね。ちゃんと青春してる感じ。
そう言えばこの2人、初島さんと来宮さん、と、今話してる桃山さんと友達の浜さん、あと僕にわき腹を触らせようとした折越さんの5人は「菜摘班」なんだよね。初陣の時から、僕が隔壁操縦席から動けなくなると、医務室まで運んでくれるメンバーだよ。
それから、桃山さんとは色んな話題になった。たまに彼女は浜さんがまだ来ないのを気にしてたけど。
「やっぱ弓道って武道なんだね。でもその武道を桃山さんがやってるのも、ミスマッチ、というか何か意外な感じだね」
「でも弓道部って、女子率高いですよ。ウチは当然100%として、他の中学でも」
「なんでだろ」
桃山さんは両手を胸の前で合わせて、祈るような仕草をしながら。
「私の場合は、体がぶつかる様なハードなスポーツじゃないのと、精神面が鍛えられるのと、あと‥‥やっぱり袴姿がカッコイイ! あれ着たかったからですかね」
「そこから入ったんだね。映えるユニフォームは大事か。やっぱり」
「王子様。この凛々しい袴姿の私を早く見つけて、と。でもまあ見つけても何も、ウチの中学男子ゼロなんですけどね」
「あはははは!」
僕はお腹を抱えて笑った。そう言えば、この体験乗艦で爆笑するって、あまりなかったかも知れない。
そうだ、彼女にあの事も聞いておこう。
「ね、桃山さんのDMT見せてよ。その重力子レールガンもさ。あ、そっか。模擬戦だったら、僕がそっちの機体に乗ってもいいんだ」
「ちょっと暖斗くん。完全に友達とゲームやってるノリですよ。あ、そうだ。‥‥‥でも」
桃山さんはさすがに苦笑して、でも何か思いついた表情をした。
「なになに?」
僕が聞き返すと、桃山さんは、席を立つとわざわざ僕の側に近づいてきて、顔を寄せた。
自然と、僕の背中に右手を置きながら、頬を寄せてきた。
「‥‥‥‥このあと午後、お時間あります?」
※「放物線ショット」その語源は。




