第25話 相性MAX①
暖斗の寝顔を、逢初愛依が見つめていた同刻。
ラポルトの1F、医務室と同階にあるミーティングルームには子恋光莉、渚陽葵、紅葉ヶ丘澪の「附属中三人娘」が集まっていた。
その部屋のドアを開け、岸尾麻妃が入室するなりひと言。
「やっぱり七道さんは来れないって。DMTの感覚器の校正が押しちゃってるって」
そして入るなり驚く。
「うわ。紅葉ヶ丘さん居んじゃん。レアだゼ☆。って言うか、それだけ深刻な事態?」
岸尾の言葉に、紅葉ヶ丘が思いっきり眉をしかめた。
「子恋学生に引っ張り出されたよ。このままじゃ本当に引きこもり認定されるぞ、ってね」
紅葉ヶ丘澪は、ブリッジ奥の電脳戦闘室から滅多に出てこない。風呂やトイレの目撃情報がないことから、もっぱら女子の間でも、不在説、バーチャル美少女説が出てくるほどだった。
紅葉ヶ丘は、PCの画面からその目を離さずに。
「今回の件は私のしくじり、解析遅れが原因の一端なんだ。まさか大型BOT、しかもあんなゴリゴリの戦闘特化仕様が出るとか、予想しえなかった。副装備の『手』を2つも帯同してるとか、ね。善後策を練るためには対面で話すのが効率的だから」
麻妃は思う。なんだ意外に素直な子じゃないか、と。
渚も付け加える。
「そうなのよ。紅葉ヶ丘学生だけじゃない。私たち附属中3人のミスなの。それぞれが役割を100パーセントこなしていたら、こんなことにならなかったのに。前線に立つ人に負担をかけちゃった。ごめんなさいね。岸尾さん、暖斗くんにも」
「本当に面目次第もない」
続いて子恋が頭を下げる。
「それで、暖斗くんの様子はどうかな。落ち込んでないといいけど」
岸尾は頭をかきながら答える。
「う~んどうかな~。愛依もいることだし」
「何なら、私や渚学生が今回の経緯を彼に説明してもいいけど」
「ああ、それはどうかな。暖斗くんにはそれは逆効果かも。『気を使われた』、とか考えるから。まあ、暖斗くんのメンタルに関しては、愛依が何とかするんじゃないかな? メンタル弱いもん同士で」
麻妃は苦笑する。
「うん。わかった」
子恋はそう言うと、その場の全員に向かって言った。
「七道さんからも、002号機のダメージは微少だって報告もらった。あとはバックアップのパイロットを用意して、大型BOTにリベンジだね!」
「間に合うのかしら? 子恋学生」
「そだよ。あれだけの火力差を見せつけたから、あっちからラポルトに仕掛けてくることはまずない。けど、大型BOTは片付けないと、この艦も先に進めない。どうする?」
と、渚と紅葉ヶ丘が訊ねる。
「大丈夫だよふたりとも。メンバーにはもともと訓練すすめてもらってるし、暖斗くんが回復次第、共同訓練に入ってもらうから。何せ『彼女』は、『彼との相性がMAX』だからね。うん。きっと上手く」
「相性MAXか‥‥」
岸尾はつぶやいた。この戦艦ラポルトの体験乗船には、事前に性格診断のペーパーテストを受けている。「相性MAX」というのは、そのテストの結果を指しているから、一定の客観性はあるのだが。
「元特別枠のアイツが来てたら、面白かったんだけどな~。ま、選考落ちちゃったんだから、しょうがないか」
岸尾の独り言に、渚が反応する。
「元、特別枠? ああ、知ってるわ。あのキレイな子」
「それ、ウチの友達だったんだけど。やっぱ附属中の人は知ってたか」
「残念だったね。確か直前で別の人、仲谷さんが選ばれちゃったのよね?」
麻妃は天井を仰いでため息をついた。
「あ~あ。今頃アイツへこんでんだろうなー。でもメールとか届かないし」
「ところで」
子恋が麻妃に話かけた。
「『ぬっくん』って何? たまに岸尾さんが暖斗くんをそう呼んでるよね?」
「ああ~。それは」
岸尾は、「大した話じゃないよ」と前置きした上で。
「小屋敷小時代に暖斗くんについたあだ名だよ。『暖』は『ぬくい』とも読めるから、それで『ぬくとくん → ぬっくん』。ああそうだ。そのあだ名を付けたものも、アイツ、その元特別枠の子だよ。あと、中学生になってからは、その子以外が『ぬっくん』って呼ぶと暖斗くんムッとするからね。例えウチでも。子供っぽいのが嫌なんだろうね」
「なるほど、小学生時代のあだ名か」
子恋は納得の表情を浮かべ、麻妃は、両手を突き上げて背伸びをした。
「でもさあ、ウチもテンパるとつい昔のクセで、ついつい『ぬっくん』って呼んじゃうんだよなあ」
***
「あれ、もう10時か‥‥‥‥」
僕は目覚めた。見慣れた医務室の天井だ。なんか、自室よりここにいる方が多い気がするけど。そっか、あれから朝ご飯も摂らずに眠り続けたんだ。こんなの風邪で寝込んだ時以来だ。
「あ、起きた? おはよう。暖斗くん」
逢初さんはそばにいた。
僕を見て小首をかしげると、目を合わせて微笑んだ。洗濯物をたたんでいたようだ。
何だろう。昨日あんなことがあったのに、心が軽い。よく眠れた気がする。
いや、実際に身体も軽い、動けそう。マジカルカレント後遺症も残ってなさそうだ。
いつもより大分早くないか?
「それはね、時間経過よりも、就寝時間が関係してるから、じゃないかな? わたしも興味あるよ。後遺症の回復データはあればあるだけ欲しいからね、軍も」
逢初さんは僕の疑問にそう答えた。確かにそうかも知れない。
でも、そうじゃない。それだけじゃ、ない。
「逢初さん」
僕は彼女に、ベッドの側まで来てもらった。
「愛依、って、よんでいい?」
「え?」
僕は、断りを入れてから、彼女の両手を軽くにぎらせてもらう。
「僕からあらためてお願いするよ。寝てる間、ずっと君がそばにいてくれた気がして。実際そうだったんでしょ? 回復が早いのは、君のおかげだと、僕は思うんだ。――――だから」
僕に両手を掴まれて逃げられない恰好の彼女は、はにかんで身をよじった。
「え? だって。‥‥‥わたしからお願いしてたことだから、‥‥‥あの」
「ありがとう。逢初さんが医療担当でいてくれてよかったよ」
「‥‥‥‥今さっそく『逢初』って言ってる」
「あ、つい。だって下の名前で呼ぶなんて恥ずかしいじゃんか」
「それはわたしもよ。初めてなんだもん」
僕らは声を出して笑いあった。
笑いながら、彼女の顔がみるみる赤らむのがわかった。
「両手捕まってるから、バックヤードに逃げられないよぅ‥‥」
彼女はもう一度初々しく、はにかんで身をよじった。
※「回復が早いのは君のおかげ」
※「元特別枠」




