第24話 なんちゃって医療②
「ね。一緒に寝よ」
白い系統のTシャツと、水色のショートパンツ。
「ちょ? ‥‥ダメだよ。それは」
彼女――逢初さんは、悪戯っ子みたい顔をしてたけど、目は真剣な、思いつめた感じだった。
僕は、取りあえず断る。
意味がわからないから。あとなんか怖い。
慌てて他の話題を探す。
「なんで、その恰好? 着替えたの?」
「だって、白衣やエプロンはわたしにとって仕事着だし、感染管理の観点から、本来は清潔域でしか着てはいけないものなのよ? 白衣って。あとセーラー服のまま寝たら、しわになっちゃううのが気になって、寝れないもん」
「そっか。‥‥これって逢初さんが寝る時の恰好なんだ」
僕の質問に、彼女は小首をかしげた。
「う~~ん。ちょっと違うかな。わたし、お風呂上がりは必ずキャミソールなんだよね。真冬でも。でも今日はお風呂まだだし、暖斗くんとってことで、Tシャツが適正かな、と」
何が適正なのか解からなかったけど、時計を見たらまだ18時半頃だ。
「いいの? 夕食とかは?」
「い、いいのいいの。仲谷さんに取り置きでってオーダーしたから。ね、いいでしょ? 一緒に寝ましょう。ま、また、暖斗くんの右手を借りたいの」
上目使いで言われたけど、こういうことをやり慣れてないのか、ちょっとぎこちない。
断る――のにも勇気がいるし、彼女に悪い気がしてきた。
ちょっとだけ。
こういう風に誰かに必要とされて、少し気持ちが楽になったかも。「こんな僕でも?」と。
「いいよ。どうせ身体動かないし。右手はその辺に置いておくから、か、勝手にすれば?」
言ってから「しまった!」と後悔する。
なんか妙にキツイ言い方してしまった。
自信を失ってるし、傷付けられるのが怖いんだよ。
彼女は、僕の言葉には構わずにニコニコしながら、身をかがめている。彼女のショートパンツは、いかにも女子がはくようなモコモコした生地だった。
そこからスラリと伸びた足が眩しい。
「もっと、僕の身体を奥に押しやれば? それじゃあ逢初さんベッドから落ちちゃうよ」
さっきの発言を取り繕うつもりで言った。
でも実際本当に僕の右手のあたりには僅かなスペースしか無い。
「ホント? じゃあ、お言葉に甘えて。‥‥‥‥んん」
彼女が全身を使って僕を壁側に押して。
生まれたスペースに、また猫のように僕の右足あたりに素早く滑り込んで、ちょこんと手の上に頬を乗せた。
「‥‥‥‥逢初さん?」
もう寝息が聞こえてきた。早いな。悩みとかないキャラかな?
あ、そんな事なかったっけ。
彼女の頭の重みと体温を感じると、不思議とまぶたが重くなる。僕もだんだんとまどろんだ。
***
やはり、彼の手のぬくもりは安定の温かさだった。
人間入眠する時には体温を下げるために手足から体温を放出するから、うとうと暖斗くんの手があったかいのは道理なんだけれど。――それにしてもこれは。
まるで、わたし、という容器に、暖斗くんの熱が注がれていくように。
心までふやかされそうだった。
‥‥‥‥おっと、このままでは「本当に」わたしまで寝ちゃう。
あ、でも暖斗くんは寝ちゃっていいんだよ。
嫌なことがあった時は寝るのが一番。
わたしはいつもそうしてるよ。
一番お手軽で一番シンプルな解決法、なんだから。
「暖斗くん。寝た?」
「‥‥‥‥」
照明を落とした医務室に、ムクリ、と起き上がる影が1つ。
当然わたし。
暖斗くんは‥‥‥‥寝たみたい。
「一緒に寝よ。で、暖斗くんを寝かしつける」作戦は成功だった。
ミルクを飲んだら速攻寝落ちする暖斗くんが、今日寝付けないのも想定通り。
次の仕掛けに移行する。
次は、マジカルカレント後遺症候群の回復マッサージだ。一度試している。
暖斗くんが寝ている間にこっそり施術して、早く元気に(体だけでも)なってくれたらいい。
いつまでも動けないでベッドの上、というのは精神衛生上も良くない。早めに動けるようになったら、汗をかくとか、気分を変える他の選択肢も増えるのです。
――――あの日、暖斗くんに誓ったように、わたしの存在すべてを使って、暖斗くんに報いるよ。
あの日、暖斗くんは、わたしに居場所をくれました。
彼の右手の上を。
ここに居てもいいんだ、と言ってくれた。
自分の家にすらわたしの居場所はないというのに。
わたしは、それに報いる。
わたしの魂が、こうしたい、と「決めて」しまっていることだから。
わたしは、暖斗くんに近づいた。しまった。身体をベッドの奥側に移動したのは計算外だった。これではわたしの身体との間に距離が出来てしまう。施術がしにくい。大きく動かすと、さすがに彼を起こしてしまうだろう。
なので、わたしがベッドの上に乗りかかった。
――マジカルカレント後遺症候群には、元々まともなエビデンスが無い。そういう意味では風邪の対処法に似ている。取るべき栄養を摂取して、あとは休養。元々医療はまだこの病変に打ち勝っていない。追加でできる事といえば、血流を改善するマッサージくらいだ。
わたしは、眠る暖斗くんに寄り添ってマッサージを施す準備をする――。
はずだった。
わたしは本当に間抜けだった。
自分でも嫌になるくらい。
以前からその兆候があったのに。
なぜ忘れたのか、なぜ怠ったのか。
ベッドの上に体を乗せると、わたしの膝先に違和感があった。
目を落とすと、暖斗くんの右手がわたしの膝に触れていた。
そして、その「右手」は、小さく震えていた。
「え?」
びっくりした。だけど事実として、その震える右手は彼の心のあり様そのものだ。
わたしは思い至る。
ああ、暖斗くんは、「辛い」とか、「辞めたい」とか一言も言っていない。
言ってはいないけれども、当然平気な訳がない‥‥‥‥!
麻妃ちゃんが「ぬっくん!」って叫ぶ戦場の声は、今でも耳に残っている。
そうだよね。平気なはずないよね。‥‥‥‥わかるよ。
怖い相手を前にして抵抗すらできず、体が動かなくなる。わたしもちょっと前に、まったく同じ目にあったから。
――――気がついたら彼の頬を両手で包んでいた。
そしてわたしは、ある決意をする。
彼の顏から手を離すと、暖斗くんの右手を手に取り、ゆっくりと持ち上げ、そのまま、自分の心臓の真上、左胸のふくらみに、それを押し当てた。
初陣の日、初めての医務室でのやりとりが脳裏をよぎる。
(赤ちゃんはね。お母さんの心臓の音を聴くと、お腹の中にいた頃を思い出して、安らぐんだって)
(あの! わたしの心音をあなたに聴かせたりとか、そういう事じゃないんだからね!?そこまでのサービスじゃないんだから。違うからね!?)
わたしの脳が、あと付けで理由を作り始めたよ。
「こうして彼にわたしの心音を聞かせれば、彼も安眠できるだろう」ってさ。
わたしは小賢しい女だから。
「こんなの、『なんちゃって医療』ですらない。ただの‥‥‥‥大、大、大サービスなんだからね」
幸いにして彼は目を覚まさない。
こうしていると、だんだんと、大地に根を下ろした大木になったような、不思議な安らぎが芽生えてくる。
わたしの両手の中にあるのは、彼の右手、それは、ひとつのいのち。
子を抱く母親のような気分って、こんな感じ?
わたしのお母さんも、こんな気持ちでわたしを抱っこしたのかな‥‥。
わたしはゆっくりと、でも深く深く、息を吸って、吐く。
吐息が暖斗くんに吹きかかっちゃうけど、知らないもん。
ごめんね、折越さんみたいなサイズではないんだけれど、一応はあるからね、と言い訳しながら、彼の右手を、胸のふくらみに押しこんで、ぎゅっ!! ってした。
わたしの心臓の音がせめて、彼に届いてほしい、そう願ったから。
「わかる? 暖斗くん。これが、わたしの心臓の音。わたしのいのち。あなたも、わたしも、生きてるんだよ? 暖斗くんは、生きて戻ってこれたんだから、それだけでいいの。無事に帰ってきてくれたんだから、それだけでいいの。戦果なんて関係ない。医務室に戻って来たら、わたしがまたミルクをあげるから。ね、忘れちゃだめよ?」
暖斗くんは寝入っている。相変わらず純真無垢な、赤ちゃんの様な寝顔で。
わたしは、彼の耳元に口を寄せ、そっとささやいた。
「おやすみなさい。せめて良い夢を。‥‥‥‥暖斗くん」
※「べびたん」
※愛依さんの心音が暖斗くんに届いたと思う方、ぜひ☆を!
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