第23話 光の暴力②
わたし、逢初愛依は医務室にいて、在庫の補充をしながらインカムに耳を傾けていた。
戦闘中は基本通話アプリは、全体通話にする取り決めになっている。戦闘で何がどのような状況になったとしても、それを全員で共有できるし、各員の初動も早められるから。
わたしの手が思わず止まる。
あの呑気で冷静な麻妃ちゃんが叫んで、その音声にノイズが混じっている。
「ぬっくん?」
その単語に小首をかしげたところで、艦が大きく揺れた。
「緊急機動。各員第一種戦闘配置」
艦内アナウンスとチャットで、同時に音声が流れた。
わたしは我にかえる。
「いけない! 第一種って確か」
その瞬間だった。ゴゥゴゴゴというメインエンジンの響きと共に。
「きゃああ!!」
戦艦ラポルトが急加速。すべてが後方に引っぱられて。
尻もちをついた臀部が、さらに床をすべるほど加速していた。
医務室の棚からオフィスボトルや、乳鉢、点薬器が落ちてくる。艦のエンジンが、静かな轟音を響かせていた。
***
「‥‥‥‥!!」
麻妃が、何か叫んでるけど、耳に入らない。
僕のDMTのシールド残量‥‥ゼロ? つまり?――そこで僕の思考が止まってしまった。
シールドゼロ。
つまり?
‥‥‥‥次にビームの直撃をうけたら、DMTの複合装甲が吹き飛ぶってことだ!
死ぬ。
初めてそれを実感した。背中に冷たい物が走った。
この隔壁操縦席が、僕の血で真っ赤に染まるのを想像した。肺の空気が――重い。いくら吸っても吸えた気がしない。
そうだ。今さら気付いた。――死地、これが自分の命の懸かった戦場の空気。
「あっ!」
大型Botの右手が爪を差し込んできた。火花が走る。
爪は、偶然あった盾に当たった。
「ぐっ」
Botのビームを思い出し、全力でバックステップをした。
けど、跳んだ先が木々の密集地だったので、DMTと木々の当たるものすごい音と振動が、僕の身体を揺さぶった。
ガチン!
と岩か何かに当たって、DMTは止まった。しまった。たぶん、擱座している。
「ぬっくん、起きて!」
麻妃の声だ。そうだ、DMTを起こさなくては。僕は操縦桿に目を向けたけれど、両手に力が入らない。これは後遺症候群じゃない。まずい。
今までの小型Botは、僕の中型DMTの上半身くらいのサイズの球体だったけど、この大型BOTはDMTの全高とほぼ同じ大きさの直径だ。独立して浮遊する左右の巨大な「手」もそうだ。
その3体に囲まれていた。シールドゼロ。次の攻撃は躱さなければ。
――全身が総毛立つ。でも、僕は動けなかった。
単にもう、怖かったから。
「避けて!!」
麻妃の声だった。言われなくても、と思考した刹那、辺り一面が夕暮れの様に暗くなった。
ざわっ、と木々が揺らいだ。
空気が振動するのが、DMTの中でも感じた様な気がした。
空を覆った巨大な影はラポルトだった。
全長550mの巨大艦。フグみたいに丸っこいフォルム。頭上に来れば辺りは日食のように暗くなる。
右舷を見せながら、僕の頭上で旋回している。
「武装一部解除。主砲撃て!」
子恋さんの声。
艦の砲撃は凄まじかった。
ものすごい数の光線が空から降り注ぎ、僕の、ほんの目の前で炸裂した。確か「A2/AD仕様」だから、拡散砲しか撃てない筈だけど、DMTのビームがオモチャに見えるほどの圧倒的な「量」。
大戦艦のエンジンを背景としたそんな火力の絶対量に、大型Bot達は「手」達が本体を防御する形でジリジリと後退しだした。
僕もやっと、擱座したDMTを起こした。
戦うためじゃない。
目の前の轟音と光の束に、本能的な恐怖を覚えたから。
光の暴力が終わると、土煙と砂塵があたりを包んだ。森の一部が燃えだしたみたいだ。
「暖斗くん。大型BOTは後退したよ。マップの光点のところまで移動できる? そこから着艦のナビするから」
麻妃の声だった。そうだ。艦に帰るんだった。
でも‥‥どうしよう。みんなに会わせる顔がないじゃんか。はは。
***
「まだ認証してないよ」
「あ‥‥。そっか」
麻妃にたしなめられた。帰艦するには艦のセキュリティにアクセスして、自動着艦の回線を繋いで味方機の証明を取らないといけない。敵のハッキングからの「乗り込まれ」を防ぐために。
「はああ」
深いため息が出てしまった。
麻妃がちらっと、複数の敵の待ち伏せの可能性を言っていた。
油断? 耳には入っていたのに頭で理解していなかった。
不意打ちを喰らい、シールドがゼロになって、頭が真っ白になってしまった。
ビビッてろくに動けなかった。
女子が操る戦艦の、機転をきかせたフォローに助けられてしまった。
本来艦を守るのがDMTの戦術的な立ち位置なのに、だよ。
艦で待つ女の子達は、僕の事をどう思うだろう?
一番僕が他人に見られたくない一面を見られてしまった。隔壁操縦席から出たくない。僕が頭を抱えるのと同時に、ガチャ、ヒューン、と音がして、隔壁操縦席のハッチが開いた。
あ、もう着艦してたのか。
「ハハ、どんなタイミングだよ」
苦笑するしかなかったよ。
サッカーでヘマした時は、男友達が「ドンマイ」って声掛けてくれたけど。ここでは。
なるべく誰とも目を合わせないようにして、医務室へ向かうベッドに乗せられた。
途中で七道さんの
「あ~、枝でこすったなあ! 背面装甲が一面緑じゃないか! 洗浄。洗浄!! もう1回!」って声が聞こえて。
「なんだぬっくん。生きてんじゃんか」
と、麻妃に声を掛けられた。
いつもなら「ぬっくん言うな!」って返す所だけど、声が出なかった。‥‥けど、少しありがたかった。
ああ、そして、今一番顔を見られたくない子の所に到着しちゃったよ。
こんな負け方をした僕の顔を。
医務室の前。
自動ドアがシューって開く。どうしよう?
平然とする?
いや~下手こきましたわ、と、おどける?
無口で通す?
あああ、誰か正解教えて。
※「ウルツサハリ・オッチギン主砲は56サンチビーム砲。三連装砲。二門。




