第134話 突撃する赤ちゃんの物語Ⅳ ~異世界成分無添加Vr.~②
「ゆめさんのこと。もう許してあげて?」
「許す‥‥‥‥?」
紘和60年 8月13日(火) 9:03 空中戦艦ラポルト 授乳室。
咲見さんと逢初さん。
「う~~ん。最初から許す許さないの話はしてないよ。このままじゃひめちゃんが心配だっただけ」
「うん。わかってるよ。子恋さんも言ってた。『まさに八面六臂の活躍だけど。彼女、姫の沢ゆめさんがこの『ふれあい体験乗艦』に参加していなかったとすると、背筋がゾッとするね、うん』って」
「あの附属中の子恋さんが。すごいな。ひめちゃんって。‥‥でもそれだけに」
「そう、そうよね。暖斗くんは別に彼女を責めたわけじゃないのよ。何でもひとりで抱えちゃうゆめさんを、助けようとしてるんだよね?」
「ひめちゃんはさあ。すぐに拗らせるんだよ。知ってる? シェ・コアラシでの話」
「知らないよ。麻妃ちゃんからは聞いてないよ」
「じゃあ話すよ。実はひめちゃん、中学入ってすぐの五月ごろに、僕のバイト先に来てたんだ」
「駅南の洋菓子店、シェ・コアラシね。進学した中学が別々でもう会えなくなったから」
「そう。で、売り場からちらほら、厨房の僕を見てたそうなんだけど。僕はバイト始めて一ヵ月、そんな視線ぜんぜん気づかなかったんだよ」
「あのお店って、ケーキケースの前から作っているところが見えるのね。わたし‥‥あんまりそういうお店入ったことがなくて」
「一般的に、そういう感じの店が多いね。で、その時ひめちゃん『僕とキモチが通じているなら、この視線に気づいてくれるハズ』って思い込んだみたいでさ。でも申し訳ないけど、ぜんぜん僕は気がつかなくって」
「う~ん。ちょっと乙女チックだけど、ゆめさんのキモチもわからないではないよ。わたしの持ってきた紙の本にも、女子はふと目線が合うことに重大な意味を見出す、って書いてあったもん。ゆめさんからしたら、久しぶりに逢う暖斗くんとは、自然とお互いの存在に気付きあうのをイメージしてたのよね。きっと」
「でも、僕は最後まで気がつかなかった」
「それで、ゆめさんは?」
「売り場の人に『お決まりですか?』って何回か声をかけられて、その場に居れなくなってシュークリーム2個買って帰ったそうだよ。そして、お店にはもう来れなくなっちゃった」
「う~ん。『自然と目が合う』って女子的には『キモチが通じ合ってる』と同義だから、彼女はショックを受けたのね。しかも、お店の人に不審がられたと感じたら、確かにもうシェ・コアラシには来れないね」
「それで僕とは会わなくなっちゃって。しばらく会わないともっと会いにくくなったって、麻妃が」
「わかる。わたし、よく子供の面倒みる叔父さん以外はみんな疎遠で、久しぶりに会うと気まずいというか、ムズムズするもん。‥‥‥‥なるほど。それでこの『体験乗艦』ね? 麻妃ちゃん色々動いてたみたいだけど、もうここで強制的に再会して、そういうわだかまりは一気に水に流そう、と」
「うん。いざ顔を合わせたら、最初はムズムズだったけど、10分もしないで昔みたいに打ち解けてたよ」
「杞憂だったのね。でも暖斗くんからは、ゆめさんと逢おうとしなかったの?」
「あ~~。『ふれあい体験乗艦』の応募とか選抜とか、あとパイロットの基礎訓練とかで中々ね‥‥というのは建前が半分かな。ひめちゃんほら、もうモデル業が順調だったから」
「遠慮したの?」
「そうそう。向こうから連絡来ないのは、向こうも忙しいからで。‥‥僕のことはもう、半分忘れてるんだろうな、くらいに考えてたよ。‥‥あと、モデルのひめちゃんと友だちだとしても、同級生男子にそれはそれで冷やかされそうだな、とは」
「ああ、思春期って感じね。お互い気にし始めたからこそ、距離を取ってしまう‥‥。でも確かにゆめさん。ひとりで抱え込んで拗らせて。無理しちゃうタイプね」
「うん。だから心配なんだよ」
***
「暖斗くん。わたし、逢初愛依ってどんな女の子かな?」
「えぇ? どしたの急に?」
「どう、かな?」
「えっとまあ‥‥がんばって準医師資格取ったり、艦でもパイロットの健康管理してくれてすごいと思うよ。今もこうやって‥‥マッサージしてくれるし」
「これは準作業療法士や準理学療法士の資格ね。そろそろ消化されたミルクの、有効成分の血中濃度が上がっていくころだから。こうやって血流を上げれは予後が良いって論文が」
「『予後』、『論文』。ホントに逢初さんはすごいよ。色んな資格持ってるし」
「でも、準歯科衛生士、準看護師、準保育士の資格は、わたし持ってないよ? それを所持してるのはゆめさん。彼女だって、この日のためにすごく努力したと思う」
「そっか」
「だから許してあげてほしいの。許すという言いかたが違うのなら、暖斗くんから声をかけてあげてほしい。暖斗くんの心配は正しいんだけど、世界は、男子的な正しさだけじゃ上手くいかないと思うの」
「やさしいんだね。逢初さんも」
「えっ」
「だって、麻妃とかがそう考えるならともかく、逢初さんはまだひめちゃんと知り合ったばっかだし」
「わ、わたしはパイロットとしてのふたりの担当医だから。もうこんな時間だけど、ゆめさん、朝ごはん食べたのかな。昨日は?」
「わかった。これ終わったら行ってみるよ。ひめちゃんのとこ」
「うん」
***
同日。その30分後。
「ありがとう逢初さん。ひめちゃんめっちゃ僕に謝ってきた」
「え? 逆にゆめさんが?」
「いやあ。僕がさ、まず『昨日は言いすぎた』的な、定番なセリフを言おうとしたんだけど。ひめちゃんがもう踏み込んできて『ごめんなさいいい~』って。麻妃はそれで爆笑しちゃうし」
「麻妃ちゃんもいたのね?」
「ああ、さすがに僕だけで女子階うろうろするのは。麻妃を頼るつもりはなかったんだけど、そこだけ頼んだ」
「なるほど」
「まあひめちゃんは、昼の僕とああなってすぐ、冷静になってたみたいだよ。麻妃に色々諭されてたしね。ご飯もちゃんと食べてた。それは把握してたんでしょ? 担当医様は」
「うん、ごめんね。わたしの持ってる軍用スマホはみんなのと違って、全員のバイタルとかが医師権限で閲覧できるの。だから暖斗くんが、お部屋でひとりドキドキした時には、わたしに伝わるように出来てるの」
「はい? 部屋で、ドキドキ?」
「そうよ。だから、変なコトしちゃダメよ? わたし、わかっちゃうんだから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
(逢初さんはそっか‥‥天然だった。スルーしておこう。このセリフには)
(今のセリフ‥‥‥‥深い意味は‥‥ないよね? ‥‥ない、よね?)




