第21話 右手Ⅳ①
わたしが、4歳くらいの頃ね。みなと市に、とある『家』がありました。その家には、お父さんとお母さん、あと3人の娘が暮らしていました。あ、その3人の娘の一番上が、わたしね。
わたしは、語り出した。暖斗くんに向けて、「右手」の思い出話を。
お父さんは、普通に重婚してて、わたし達の家が「第一席家」で、他にも2つ家庭を持ってて、――「コミュート」。通い婚方式なの。だから、わたし達の家に来るのは、月に7日間ぐらいだったのね。
それで世間一般の家庭と同じように、普通に暮らしていました。
でも、それが続いたのはわたしが4歳になるくらいまでだったの。
「第四席」のお嫁さん、若い人とお父さんが一緒になってから、ウチに「帰って」くることが少なくなったの。月に3日くらいになっちゃった。
それで、わたしのお母さんは、ちょっと疲れてしまって‥‥‥‥、まあ、重婚OKの絋国あるあるで、ありふれたお話なんだけど。
その、色々と大変になっちゃったのね。
そうね。詠夢――1番下の子ね――が、泣き止まないのは、1番上のお姉ちゃんのせいになっちゃったりして。でも、わたしも当時5歳だし、「こういう物なのかな? わたしが悪いのかな?」って、深くは考えなかったんだけど。
で、その、お父さんの4番目のお嫁さんが妊娠して、男の子が生まれたの。お父さんすごく喜んでた。5歳くらいの時って、親が喜んでるとつられて喜んだりするよね。お父さんが
「バンザ~イ!」
って何回もやるから、わたしも同母妹達と一緒に
「ばんざ~い!」
ってやって。お父さんホントに嬉しそうだった。
まあ、その「嬉しそうなお父さん」を見たのは、その時が最初で最後、みたいな感じなんだけど。
第二席の家でも異母弟が生まれてたんだけど、結局、第四席のお嫁さんの家が「本家」になって、お父さんはますますウチには帰って来なくなっちゃったの。
「待望の男子が生まれたんだから、仕方ないよ」
とか、おばあちゃん、あ、母方のね、が、お母さんを慰めてくれたんだけど、月1回帰って来るかなあ~、って感じになっちゃって。お母さんの心のキャパを超えてしまったのね。
同母妹達が‥‥わたしもだけど、
「今日はお父さん帰ってこないの? ねえねえ?」
って聞くたびに、不機嫌になったお母さんは。
「あなた達が男の子じゃないからよ。誰か1人くらいそうなら良かったのに」
って。
「逢初さん」
暖斗くんに声をかけられた。
「大丈夫?」
わたしは驚いた。別に大丈夫、だけれど?
「なんか、ちょっと表情が」
心配してくれた。
「そ、そう? 自分では、特に自覚ないけど。そんなに変な顏してたかな?」
もともと、暖斗くんの右手をマクラにしてたわたしの、釈明会見みたいなこの昔話だし。もともと、もう泣いてしまったから、ひどい顏になってるのだろう。
「ごめんね。前置きが長くて」
「いいよ。そこから話さないと、なんでしょ?」
「うん。」
わたしは無理して笑顔を作った。
でも上手く笑えた自身は無い、かな。
「わたし‥‥‥こういう家の子よ。がっかりした? 暖斗くんの昔話に出てきた、6組の鳴沢さん家の状況に近い‥‥。父親に顧みてもらえない母子は、色々と肩身が狭くて。暖斗くんのお家とは雰囲気がずい分違うでしょ? きっと。わたしは暖斗くんが思ってる様な優等生でもないし。成績良いって言ってもせいぜい学年10位だし、ね」
本当はあまり話したくない、「右手」の話。
でもここからが「右手」の話。
それは、わたしが5歳の、ちょうど今くらい、初夏の季節でした。
あれから――他家に異母弟が生まれてからは、本当にお父さんは月1で来るか来ないか? になっちゃったんだけど、まあわたし達母子は、何とか暮らしてたのね。
でもその日は、本当に久しぶりに、お父さんがウチに「帰って」くるって連絡があったんだって。まあ今思えば、お父さんも世間体を考えてとか、そんな理由なのかもしれないけれど。
それでもお母さんはすごく喜んで。わたし達もすごく喜んで。
お母さんは張り切ってお料理をたくさん作って、わたしは、はしゃぐ同母妹たちをなだめたり、部屋のお片付けをしたりしてたんだけど。
ウチにはあんまり大きなテーブルってないんだけどね、そのテーブルにお料理を目いっぱい並べて。
「お父さんが帰って来るまで食べちゃだめよ。ちゃんと待ってるのよ」
「は~~い!」
ってね。
え? フラグ? 違うよ。待ったけど。お料理冷えちゃったけど、お父さんちゃんと帰ってきたよ? その日はね。
で、本当~~に久しぶりの一家団らん。みんなで「いただきます」して、「ごちそうさま」して。テレビ見ながらお父さんはゴロゴロしだしたんだけど、その時なのね。
あの時、お父さんは上機嫌で、あお向けに寝てたの。お父さんから見て左側にお母さんが座ってて、お母さんがわたしに、
「愛依、麦茶だけ冷蔵庫」
って言ったから、わたしは言われた通り麦茶を冷蔵庫にしまったのだけれど。
それがちょっとした運命の分かれ道でして。
あ、運命は大げさかなあ。
わたしが戻ると同母妹達がお父さんにじゃれついてて。わたしも! って思ったんだけど、お父さんの右側のいい場所――腕とか胸板の辺り――はもう2人に取られてしまって。
左側はお母さんが座ったまま、お父さんと何か色々お話してるから‥‥‥、それにお母さんがすっごく楽しそうなのが、5歳のわたしにも分かったのね。この2人の間に割って入るのはできなかったのね。
で、わたしはお父さんの右側をウロウロして、
「どうしよう。わたしもお父さんにくっつきたいのに! 朝になったら、お父さんいなくなっちゃうのに!」
って焦ったんだけど、同時に思ったことは。
「いつものことだなあ、いつものこと。わたしさえガマンすればいいんだ。わたしさえ」
なのね。
あの家では、わたしは母親の感情の受け止め役で、同母妹達のお世話係。あ、ちなみに今はそれに夕食係も加わったよ。お母さんは働いてるから。
戦艦に乗って良かったことは、あの家の家事としがらみから抜け出せたことかな。一時的だとしても。
あ、ごめんなさい。話が逸れました。
とにかく、わたしさえガマンすれば、あの家は何とか廻るのよ。第一子長女って損だよね。つくづく。
この時も、お母さんに遠慮して、同母妹たちに先を越されて、わたしのお父さんなのに、わたしが甘えることができる場所は――――もう無くて。
だから、いつもみたいに、しょうがない、わたしさえガマンすればいいんだって考えて、‥‥‥‥考えようと必死にしたんだけど、‥‥‥‥やっぱりさみしかったよ。今でも憶えてる。
ああもしかして、この世界にわたしの居場所ってないのかな、なんて考えてて。お父さん占拠された時もそう思って。5歳ながらに涙をこらえてたの。
そうしたら‥‥‥‥!
その時発見したの。わたしのお父さんって、寝てる時に「右手」の手のひらを上にして寝るんだってことを。
そう!! 暖斗くんと、同じクセ。あ、クセっていうほど特異ではないかもだけどね。
久しぶりに会えたお父さんの、わたしに許されたふれあえる場所は、そこだけで。
わたしはお父さんの『右手』に顏を乗せて、お父さんの右足に背中をくっつけるようにして寝たのね。
何度か子供の足が飛んできたけれど。
本当に久しぶりに会えたお父さん。お父さんの手は大きくて、ゴツゴツしていて、あったかくて。
本当にあったかくて。
お母さんの事を気にせずに寝れたのも大きいかな。10分くらいしたら、結局 慶生の足で起こされるんだけど。
一生分の安眠を得られたような気分になったよ。齢5歳でだけどね。ふふ。
その時のお父さんの「右手」は、わたしの大切な、大切な思い出になったの。
***
「これで、わたしの『右手』のおはなしは、おしまい‥‥」
わたしは、暖斗くんの前だけど、胸の前で両手を合わせて、自分の思い出に浸った。
暖斗くんの目に、こんなわたしはどう映っただろうか?




