第131話 突撃する赤ちゃんの物語Ⅰ ~異世界成分無添加Vr.~④
紘和60年7月30日(火)14:45 医務室。
咲見さんと逢初さん。
「じゃ、午後からはわたしが」
「うん。お願いします逢初先生」
「うふふ。わたしからひとつお願い。『先生』はやめてほしいの」
「あ、そう?」
「うん。まだ中学生だよわたし。医者としても人間としても未熟なのに、そういう呼ばれかたされてしまうのは、良くないと思うの」
「う~ん。逢初さんはギフト持ちだって聞いたし、その中学生ですでに『準医師』だし、未熟じゃあないとは思うけど」
「あ、わたしまだ『準々医師』だよ。『準医師』の試験はパスしたけど、年齢制限あるから」
「そうなんだ。へ~~」
「ふふふ。お願いしますね」
「でも咲見さんって、優しいんですね」
「なんで? 何かしたっけ?」
「いえいえ。姫の沢さんにも麻妃ちゃんにも、あだ名オッケーにしてるから」
「ああ、あれ? 実は麻妃には許可してないんだよ。まあ下のなまえで『くん』呼びにはなってるけど――――あ、ちょうどいいや。メールしとこ」
「メール?」
「うん。この際だからさ。『ふれあい体験乗艦』の間だけでも、男子に、つまり僕に敬語やめてフランクに接してよ、ってさ」
「いいんですか?」
「いいよいいよ。僕がそう望むから。あと『咲見』じゃなくて‥‥下の名前で『くん』付け‥‥くらいで呼んでよ。是非!」
「下の名前‥‥『暖斗くん』‥‥?」
「そうそう」
「男子に下の名前で『くん』呼び‥‥こんなのクラスの子たちが知ったら、ビックリするだろな」
「じゃ、ミルクのお時間です。暖斗くん」
「ああ、早速そう呼んでくれて‥‥あれ? ‥‥薬ってまだ飲むの?」
「うん。姫の沢さんのおかげで時間できたから、マジカルカレントの文献読み込めたの。そうしたら普通食の食間に摂取して、予後が良かったケースがあって」
「そっか。でもまたか。はー」
「ごめんなさいね。じゃ、え~と、はい」
「え、あ? ちょっ? 近くない?」
「そうですか?」
「だってもう肩が当たってるよ? (‥‥肩以外にも色々と‥‥)」
「でもそうしないと?」
「首のうしろに手を回すのは、何で? これじゃまるで」
「だって。こうしないと上手く飲めなさそうだから」
「あっ!? ほ乳瓶だ?」
「そうですよ。‥‥‥‥あれ? わたし何かへんなことしてますか?」
「ちょっと待って。一回、一回止まろう」
「でも、姫の沢さんとはしたんでしょ? わたしは確かに幼馴染みじゃないけど、これはあくまで医療行為ですから。そんな拒絶されたら、ちょっとへこむかも‥‥」
「してないよ。ってか『した』って何?」
「あ、あの、いわゆる‥‥‥‥『強制赤ちゃんプレイ』、を‥‥」
「プレイって言うなぁ! 何だよそれっ!? あと、してないから!」
「え? してない?」
「そうだよ!」
「赤ちゃんプレイを‥‥?」
「だからそうだよ! ほ乳瓶は使ってない。スプーンで飲んだんだよ」
「スプーン‥‥あ」
「そうなんだってば。だからこの飲ませる態勢はちょっと、スキンシップが過ぎるというか。プレイみが強すぎるというか」
「え? あっ? そ、そうなんですね。‥‥やだ‥‥わたしなんてことを」
「だから、こんな密着しなくても大丈夫だから」
「わかりました。すぐ離れ‥‥きゃ」
「むぐっ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥!?!?」
「ひぃあっ!? ご、ごめんなさいっ!」
「‥‥ふは」
「あ、あの」
「だ、大丈夫だよ。‥‥えっと。そうだ薬‥‥薬を」
「あ、はいっ。スプーン持ってくるね」
「危なかった‥‥ってかアウトだよこれ‥‥これは事故。そうだ‥‥事故だと考えよう‥‥そもそも僕は動けないんだし。うん、不可抗力だ‥‥」
「え~~とスプーンは‥‥あ、食堂に行けば‥‥」
「しかし逢初さんて、天然なのかな‥‥‥‥? ん? 戻ってくるの遅いな‥‥」
「ああ、まだ鼓動が‥‥どうしよう‥‥男子にあんなことしちゃって。もう、まともに顔が見れないよぅ」
「お~い。逢初さん?」
「は、はい」
「どうしたの?」
「あ、あの。わたし赤面症で。まだ顔の火照りが取れなくて」
「そうなんだ。でもまあ、男子的には少し赤いくらいのほうがカワイイけどな」
「え?」
「あ、いえいえ。‥‥そうだ。じゃ、電気消そうよ。そうしたら恥ずかしくないよ。スプーンで飲むのだって、お互い気恥ずかしいからちょうどいいよ」
「あっ名案。じゃあそっちいきます」
「えっと」
「音声で消せないんだ? 照明」
「誤作動で医療事故の原因になりやすいので、音声でのサジェストは、基本切ってあるんですよ。‥‥電気消します」
「なるほど‥‥お? 真っ暗だ‥‥」
「‥‥あ‥‥いきなり距離感が。暖斗く~ん?」
「ここだよ~。どうせ僕はベッドから動かない、ってか動けないし」
「そうですね。あ、ここかな」
「うん。たぶんそう」
「まだ、目が慣れないですね」
「僕もだよ」
「ひゃああっ!! どこ吸ってるんですかっ!?」
「えっ!? だって?」
「‥‥ちっ‥‥違いますっ‥‥‥‥」
「てっきりスプーンかと」
「違うの。‥‥‥‥だめ」
「あ、じゃこれか」
「ひあああああぁっ!!」
「あのう‥‥‥‥さっきはごめん」
「はい‥‥わたしも変な声を出しちゃって‥‥すみません」
「結局、電気消さないのが正解だったね」
「そうですね。暗闇での、不幸なニアミスだった、ということで」
「あの、それで結局、僕は何とスプーンを間違えたんだろ?」
「秘密ですっ」
「感触は確かに、鉄っぽくは無かったかも」
「秘密です!」
***
「あの麻妃ちゃんが、随分と気をつかってたんで、ああやっぱり、って思ったんです」
「‥‥‥‥急にびっくりした。麻妃がどうしたの」
「わたしもちょうど居たんです。その場に。姫の沢さんが合流した日」
「ああ。ひめちゃんはずっとモデルの仕事で日程調整がつかなかったからね。直前の三日間合宿も来れなかったな」
「麻妃ちゃんはずっとそわそわしてました。『ついにひめとぬっくんを引き合わす』って」
「やっぱ他でもそのあだ名を‥‥アイツ」
「最初はぎこちなかったですよね? でも数分で、もう打ち解けてた。いいな~。青春だなって思いました。ふふ」
「何でだろ? 中学入ったら部活とか体験乗艦の応募とかで忙しかったんだけど。ひめちゃんとは気づいたら疎遠になってたんだよね。一回期間が空くとなんか、連絡しづらくなっちゃって?」
「それはわかります。‥‥で、暖斗くんにとって姫の沢さんって‥‥特別なんですか?」
「それ、答えなきゃダメ?」
「うふふ。その返答がもう答え、ですね」
「う~ん。逢初さんがこんな、ぐいぐい来るとは思わなかったよ」
「そうね‥‥‥‥自分でも少しびっくりしてます。今日のわたし変かも。いつもは教室でなるべく目立たないようにしてるのに」
「そうだよ。教室で僕と絡んだことないもんね?」
「はい。‥‥でも、こんな空飛ぶ戦艦に乗ったから? ‥‥白衣に袖を通したからかな? 何か自分の人生が変わる予感がして。‥‥それで、急に暖斗くんや姫の沢さんの人生も気になっちゃったんです」
「逢初さんも、幸せになりたいんだね。‥‥まあそりゃそうだ」
「え?」
「なりたくないの?」
「幸せ‥‥‥‥ですか。あんまり考えたことなかったかも。女医になれたら、幸せなのかな? わたし」
「逢初さんは二つもギフト持ってて、こうして頑張ってるんだから、大丈夫だよ。きっとなれるよ。幸せに」
「わたしの‥‥‥‥‥‥しあわせ‥‥?」




