第二部 第52話 子恋光莉Ⅱ③
「商売の基本は商。つまり飽きずに継続することなんです」
泉さんはこういうこと言う時は、凛として美しい。
普段の三倍くらい存在感が増す。‥‥まあ‥‥それで常人くらいなんだけど。
「うふふ。たった二ヵ月でこの数字。人足の人件費もタダ、輸送費燃料費もタダ同然で、こんなに『手間賃』いただいていいのかしら? うふふふふ」
そして。
彼女が金貨、荷運びをした「手間賃」を数えている時は、その存在感はもっと増す。「物流支援」って言ってたけど、これ実質「運送業」だよね?
私たちが列強各国間の「物流支援」をしだして二カ月が経とうとしていた。
私は、子恋さんを観察する。
「ん? 姫の沢さんか。何?」
子恋光莉。
彼女の出身校、国防大学校附属中学みなと校でのあだ名は「戦略科二回生の腹黒ダークマター」。暗黒の黒縁メガネさん。
きっと、こうやって各国に物資を運んでるのは何かのカモフラージュで、きっと、裏で何か企んでるんだよ。魔王軍と戦う各国の富国強兵を隠れ蓑にして、実はどっかの国に敵陣に攻め込むための転移魔法陣を用意してるとか、え~~と、あと、ほら。え~っと魔王城に最寄りの国で実は海底トンネル掘ってる、とか。
むむう! 今あの黒縁メガネをクイッてしたよ。きっと、絶対、何か企んでるハズだよ‥‥‥‥たぶん。
なんて考えてたら、さらに二カ月が過ぎていた。
あれ? 何も起こってないよ? ええと。物流支援事業は順調。例えばグラロスの農産物、今までは海路と陸路で運んでたのが、空輸できるってだけで鮮度が各段に上がった。
一応民間のキャラバンや貿易商さんたちがいるから、ラポルトがボランティアをしちゃうと市場価格が破壊されちゃう。
それじゃ彼らが破産しちゃうから、って泉さんの提案で相場を壊さない程度の手間賃はもらっているらしい。
よくニコニコで金貨数える泉さん目撃するし。
「うふふ。さらに二ヵ月でこの数字。人足の人件費もタダ、輸送費燃料費もタダ同然で、空を飛ぶから関所も関税も無く。なのに、こんなに粗利取っていいのかしら? うふふふふ」
ちょっと泉さん。二カ月前と微妙にセリフの内容が変わってるよ?
ねえ正直に言って? 泉さん。‥‥これ‥‥「貿易」だよね?
なんて平穏な日々を繰り返してたら、「何で!?」ってニュースが舞い込んできたよ。
「ええ? アトミス行くの!?」
「うん」
「なんでっ!? 愛依さんにあれだけ加害した国だよ!?」
「うん。そうだね」
「そうだねじゃ無いよ。今からでも断ろうよ。愛依さんだって‥‥‥‥」
私はラポルトの艦橋で、子恋さんに詰め寄っていたよ。
アトミス国はあのゼノス王子の国。あそこを助けるなんてありえない。
「姫の沢さんのキモチはわかるよ。でも物流支援の目的は、まさしくアトミス国への支援なんだ」
何それ? 意味がわからない。
「当初、えっとつまり四ヶ月前、逢初さんが拉致された直後はね、みんな怒りに怒っていてね?」
「みんな?」
「うん。みんなってのは人類同盟の列強各国の、首脳陣御一同のこと。『我々が団結して魔王軍と当たろうという時分に、アトミス国は何をしでかしてるのだ? しかもエリーシア国クーデターの黒幕で、ゼノス王子の私的な懸想で女子を拉致せんと、グラロス朝王都で立ち回っただと!? ふざけるな!!!!』ってさ」
彼女は呆れた顔で、両手の手のひらを上へと向ける。
「それはまあ、そうなるよね」
「さらにさ、『アトミス国を滅ぼして、列強で管理すべし。魔王城への遠征はその後だ。裏切者と馬を並べられるか!!』と」
「自業自得だよ。まさに」
「うん、まあその通りなんだけど、それだとマズイんだ」
「え?」
「今人類側が足並みを乱して仲間割れを始めたら、それこそ魔王軍に各個撃破される。‥‥まあそれを予知して、敢えて敵をキルゾーンに引き込む手もあったんだけど、ここガンジス島とかじゃ無いでしょ? あっちこちに小さな村落があるんだよ。国も把握できてない村が。だからそれやると多くの血が流れるから、さ。うん」
私は、子恋さん寄りだった身体の重心を元に戻していた。艦橋に渚さんも戻ってきた。
「光莉。こっちは済んだわ。各国の諜報機関と情報交換する取り決めが出来あがったわ」
「ごくろうさま。でもその情報が魔族に抜かれる可能性は?」
「一応手は尽くしたけど。魔族が人に化けるのは稀みたいだけど、操ったり憑依したりはけっこうあるかもだそうだから、完璧とは言えないわ。でも一応、今までよりは比べ物にならないくらい堅牢なシステムになってる」
「まあ今まで各国の、情報戦の概念が薄かったからね。やっぱり諜報は専門のくノ一さんに任せるのが一番だね。うん、ありがとう陽葵」
「どういたしまして」
んん? ‥‥‥‥くノ一さん、って渚さんのこと?
そしてくるっと、子恋さんは私のほうに向きなおった。
「と、いう状況だったんだよ姫の沢さん。人類側のセキュリティが、あまりにもザル。各国間の信頼関係は基本ゼロ。『このままじゃ勝てそうにないから』って理由だけで手を組んでも、魔王軍につけ込まれるだけだ。グラッセンの時みたいに」
確かに‥‥‥‥というか知らなかったよ私は。こういう国レベルの事情なんて。
渚さんが「あ、そう言えばどうしたの? 姫の沢さん。艦橋なんかに来て?」と訊いてくる。
「ああ、今姫の沢さんにアトミス国行きの真意を説明するところだったんだよ。うん。姫の沢さん。あのままじゃ人間同士の戦争になってたんだよ。だから、列強各国に交易を持ち掛けたんだ。アトミス国に見せつけるために。今回のアトミス行きは、実は先方から要請された形なんだ」
要請? 向こうからお願いしてきた、ってこと?
「うん。周囲の国がどんどん豊かになっていくのを、脅威に感じたんだね。そして頭を下げてきた。ゼノス王子のやらかしをキッチリ総括するから、アトミスも貿易の輪に入れて欲しいってことだね」
それって? やっぱり黒縁メガネさんの思惑通りじゃない? ‥‥‥‥あと今さらっと「貿易」って言ったよね?
平常運転で相変わらず、スラスラ喋る子恋さんに、私は思わず後ずさったよ。
「今の世界の状態が、つまり‥‥『子恋光莉が描いた画』‥‥?」
「そうだね。やっとね、やっと人類が魔王と戦う第一段階を達成したんだ。内輪もめよりも交易の道。このほうが儲かるし、人も死なないし、みんな幸せになる。そうやって経済圏を確立して信頼関係を醸成してから、改めて協力して軍を興す。その最初の一歩をやっていたんだよ」
ねえちょっと。‥‥‥‥わたし‥‥‥‥叫んでいい?
「スケールでっか!! アナタ何者よっ!?!?」
「そりゃあ一介の、とある国の参謀長の、第一子長女だよ。うん」
※作者注。
子恋さんパパは「ふれあい体験乗艦」時は副参謀長でしたが、ガンジス島戦役の功績でその後参謀長に昇進しています。
異世界編は「紘和61年3月13日」。つまり暖斗と愛依の小さな結婚式が時間軸の起点になっていますので、その時点で参謀長だった、ということです。




