第130話 翼Ⅰ①
僕が放つ渾身の一撃。
国宝のド派手な回転槍から放たれる、海を割る衝撃波!!
超大型DMTが、モニターの向こうで粉々に崩れていって。
「やはり実験室では駄目だ。実戦で、実際に臨界値まで余のエンジンを回す者の駆動でないと、な」
「‥‥‥‥ぎょ‥‥い」
まだ錦ヶ浦さんは元気が無かった。
「暖斗くんのマジカルカレント、すごかったね! ラポルトの主砲もキレイだった。わたしいつも医務室で、艦橋の大画面で戦闘見るの何気に初めてだったし。あ~。わたしも主砲みたいな、ずど~んってビーム、いつか撃ってみたいな~」
愛依の天然は通常運転だった。
***
「あれ? またココなのか‥‥?」
僕の目には見慣れた風景が映る。狭いとまではいかないけど、そこそこの広さ、防音性がイマイチの壁、さんざん見上げた天井の模様。
そう。「授乳室」。戦艦ラポルトの、医務室の一角だ。
昼間、記者会見の会場を襲った敵を退けて、そのまま僕はみなと軍港の整備基地に帰投したハズだった。そのまま常駐の軍医さんに診てもらって(貫禄のある40歳くらいの男性)説明を受けた。
そのまま、一晩入院することになったはずだ。――もちろん、マジカルカレント後遺症候群で、だよ。
ちなみに錦ヶ浦さん以下隊長の方々もマジカルカレント持ちなんだけど、後遺症で戦力外となるリスクがあるから今回程度の戦闘では発動させなかったそうだよ。
それだけキッチリコントロールしてるんだね。パイロットがひとりしかいないのに連発していた僕ってどうなんだろうか? 反省しきりだ。
で、ミルクを飲んでうとうと、ひと寝入りしてたら、ここに移されていた。まあ、たぶんラポルトも港に係留されてるから、どこで寝ようと関係ないんだけど。慣れた病室がいいのでは? と気を使ってくれたのかなあ。
とはいえ、思いがけず帰宅が1日延びてしまった。もう20時か。夕食は麻妃の一家も呼んで「おかえり会」を盛大にやるって聞いてたから、ちょっと残念だ。きっと他の15人も今頃家族と再会して、家でのんびりしてるんだろう。
何しろ5泊6日の予定が40日近くになってしまったんだから。おまけに普通に侵攻軍と戦ってたし。
そして、この「部屋」。
僕はあらためて「授乳室」を見渡した。あと耳をすませて医務室の様子もうかがった。あの、中央の柱にあった全周囲の掲示板の「ピ、ピ、ピ‥‥‥‥」って音も聞こえない。食堂から漏れてくる食洗器の音も、女子たちの雑踏も聞こえてこない。
こんな時間じゃあ、ラポルトを整備してる軍の人とかもいないんだろうな~。
なんて思ってたら。
「暖斗くん」
授乳室のドアが開いた。おずおずと入ってきたのは。
愛依だ。
「ごめん。起こしちゃった?」
「‥‥‥‥いや、起きてたよ?」
「‥‥治験だって。暖斗くんの回復を早めるために、わたしが呼ばれちゃった。暖斗くんだって早く家に帰りたいもんね?」
「‥‥‥‥うん。‥‥‥‥‥‥まあ」
愛依は白いTシャツにもこもこした素材のホットパンツ。何度か見た「部屋着モード」だ。会話が途切れるとそっと僕のベッドに入ってきた。
「愛依?」
「え? ‥‥治験だよ?」
「‥‥‥‥‥‥いや」
もう阿吽の呼吸だ。僕の傍らに入り込んだ彼女が首をすっと上げると同時に、左腕を回していた僕が腕まくらをする。後遺症があるからちょっと痛くてゆっくり回すのと、それを見越して頭を預ける愛依とのタイミングが、この薄暗い授乳室でぴったり合う。
そしていつもの通り、お互いの視線を確認しあって。
「‥‥帰らなかったんだ?」
「うん。もうラポルトを下艦したら『こうすること』もないでしょう? 今日が本当に最後の最後。だから治験を、ってお話になって、協力することにしたの」
「そっか。あの最後の戦いの時のアレは、条件付きだったからね」
最終決戦。愛依が旗を立てて、病院に僕が駆けつけた時。
僕らは敵のDMTに囲まれて絶体絶命のピンチだった。僕も隔壁操縦席から放り出されてしまって、後遺症で動けなくなった――はずだった。
けど、愛依と僕との「奇跡の組み合わせ」。アイゾメ・ラクトンの功奏で僕は秒で回復、その条件下でのマジカルカレント無双時間「回春」からの重力攻撃でDMTを圧し潰して倒すことができたんだ。
だけどアレはあの時だったからだよ。愛依が強いストレスに晒されて、コルチゾール、って言ったっけ? ストレス物質と愛依のラクトンがいい感じにブレンドしてないと発現しない。
今僕が秒で回復するために、愛依を今から高ストレス下に置けば。
と、いうことなんだよね。可哀想、というかもはや非人道的だ。だから、今日の後遺症回復は通常通りな感じだよ。まあ、愛依が来てくれたことで、明日の朝の全快は確定したと思う。
けど。
問題は、実はそこじゃない。
「ね? 暖斗くん。この医務室で色んなことがあったねえ」
見慣れた天井を見ながらそんなことを考えていたら、愛依に話しかけられた。
「そうだね」
「まさか下艦してからまたここに戻るとは思わなかったわ。‥‥でも良かった。最後は戦争終結とかで慌ただしかったから、もう一度ゆっくり暖斗くんとこうしたかったの」
愛依は僕の腕まくらに手を添えて、ふう、と深呼吸をする。
「もうすぐ二学期だもんね。普通に。愛依とこんなカッコで一晩寝てるって知ったら、クラスの連中どんな顔するんだろ。先生も」
「うふふ。そうね。でもこれは秘密だからね? そもそも軍機だし、わたし達の今後の学校生活のためにも秘密、ってことになったでしょう?」
「わかってるよ。っていうか、話せ、って言われたって云えないよ。こんなこと」
「40日間。長いようで一瞬だったな~。女医プレイも楽しかったよ」
「プレイって」
「うふふ」
愛依は思い出したように、僕の腕にそのほほをこすりつけてきた。僕が左腕――愛依のほうに気を取られると、大きな黒瞳が待っていた。わざと強くこすって、目が合うのを待ってたんだ。
僕は、寝ていた身体を少し起こして、体ごと愛依の方を向いた。「右手」をくびれたウエストと、反して盛り上がる腰の中間あたりに置く。‥‥思ったより骨を感じる、硬い感触だった。
この戦艦、この旅の中で、初めて女性の身体に触れた。‥‥う~ん、‥‥言い方が難しい。
こんなの女子に知れたら「キモイ」って思われそうだ。でももう、こうやって愛依に腕まくらするのも最後だろうから、脳内で考えるのくらいはいいよね?
僕が知った女の子は、思ってたよりずっともちもちした感触で、思ってたより100倍華奢な存在だった。だから、今腰の骨に手を乗っけたら、その硬さに驚いた。女子にもこういう場所があるんだ‥‥!
僕はまだ、何も知らない。
僕はまだ、愛依を知らない。
「え?」
急な僕のリアクションに、愛依は戸惑っていた。そりゃそうだ。今までこんな風にしたこと、無いもんな。
ベッドの上で寝そべりながら正面から向き合う形を作って、じっと愛依の瞳を見つめる。
彼女は今、僕に。
嘘をついている。




