第二部 第50話 【固有スキル】Ⅰ①
「ぬっくんの敵は! 私の敵だぁ!!」
王子だなんて、私知らないっ!
ヒドいことする人は、許さない!
私は我を忘れて、王子の顔にグーパンチを入れ続ける。彼の手から愛依さんが落ちた。
幸い、というか、障壁魔法を使って転移陣を守ってる敵三人と、ぬっくん方面に攻撃を続けてる部下さんたちは、わたしを止めるには手が足りなかった。
「ぐえぇぇ‥‥」
体育会系の日焼けした爽やかな顔が、ボコボコになって腫れていく。マンガみたいに。
「私は【許さない】から!!」
歯を食いしばって、腕を振りかぶって、腰を入れて。
渾身の右ストレートをイケメンに叩き込んだ。
‥‥‥‥ってあれ? 私の拳が光ってる? ゼノス王子も‥‥顔がマンガみたいに変形して‥‥?
「も‥‥うにゅ‥‥ら」
変形した顔面で発音もままならなそうに、ゼノス王子は何か口走って両手で顔を覆いながら転移陣に消えた。
部下の人もそれを見て、煙幕みたいな大きな魔法を使って撤収していった。
「ひめちゃん!」
「愛依さん!」
私は煙の中、愛依さんを確保していた。ぬっくんたちには、ケムリの中から愛依さんを抱いた私が出てきたように見えたかも。
転移陣は消えていた。
「我が王都で賊が蔓延ったのは、こういう逃げ道を用意しておったからか」
騎士団長さんが忌々しそうに、小屋の壁を叩いていた。
助けられた愛依さんと、ぬっくんが目を合わせなかったのがちょっと気になった。
***
私たちは、「義体」と「生長補綴体」について説明を受けていた。
確かに、「生長補綴体」って生体とほとんど違いが無い。言われないとわからないよ。
愛依さんは今回、秋さんの未来視で「無事確保」が予見されていた。後で私たちの作戦行動を秋さんと検証したけれど、大きな齟齬、未来視を壊すような行動は無かったから、愛依さんの「無事」は確定した、はず。
だけどモヤモヤする。愛依さんが何かつらそうだから。
私たちのこの身体はここ異世界では「借り物」、「レンタカー」、「アバター」だよ?
って彼女には、みんな言ってたんだけど‥‥‥‥。
やっぱり。
ぬっくんへの、彼女なりの想いかなぁ。
私はそんな気持ちを抱えたまま、厨房係を続けている。
「よっ! ひめっち」
愛依さん奪還作戦の次の日の夕食後。
厨房で食洗器の仕事をチェックしていた私に、まきっちが声をかけてきた。
「愛依さんは?」
「自室で寝たよ」
彼女はあれから、ずっともの静かだった。病んでる、落ち込んでる、ってほどじゃないけど精気が無い。そんな感じ。
まきっちがずっと付き添っていた。
「実はひめっちに朗報を持ってきた。愛依からだゼ☆」
ウインクしながらそう言う笑顔が意味深だよ。悪い予感しかしない。
「何よ?」
「愛依のヤツ、ぬっくんとの婚前同居を解消したいってさ」
「なんでよ?」
ギリ予想の範囲内だった。ああ、愛依さんはそう思っているワケね?
「さあ? ‥‥まあぬっくんに‥‥女子として色々引け目ができたんじゃね? だから一回仕切り直したいとか?」
「それと私と関係あんの?」
「あるよ。じゃ~~~ん! ここで‥‥ぬっくんに声をかけるタイミングを逸して逃げまくって、挙句に第一席まで奪われたひめっちに大チャンス‥‥。朗報だべ?」
「なんでよ?」
「いやいや、ぬっくんと愛依のカップリングが解消されれば、もう次点でひめっちが繰り上げ当選確実じゃね?」
「ぬっくんは何て?」
「知らね」
‥‥‥‥「次点」とか、「繰り上げ当選」とか。
もう! 何なのっ!?
「そんなんで私が喜ぶわけないじゃん? まきっち‥‥? アンタ私にケンカ売ってんの?」
「いやいや、よく考えてみなよ。ひめっちにはメリットしか無いって~」
「ぬっくんと! 愛依さんのキモチ! 私がふたりの間にわだかまりがあるまま! のこのこ自分のメリットだけ取りに行くワケないでしょ!? 気持ち悪いっ!!」
「あっそ」
「私‥‥‥‥愛依さんと話する! ぬっくんとも話してみる! ふたりの幸せが消えた世界に、私の追う幸せは無いっ!!」
「あっそ」
私は濡れたダスターを調理机に叩きつけて、大股で歩き出した。
「きしし」
後ろからまきっちの、我が親友の笑い声が聞こえた。
「‥‥‥‥そういうことなら‥‥‥‥まあ、せいぜい頑張んな」
そう。
我が、親友の。
***
「愛依さん‥‥まだ起きてる? ‥‥ちょっといいかな?」
ドアが開いた。部屋着の愛依さんが下を向いていた。中へ入れてもらう。
「愛依さん、聞いたよ。別にまた、あの村の温泉に浸かればいいじゃん? ほら、なんだっけ? あの長い名前の変な名前の村の!」
「ユーズナーカホカ村」
「そうそう。その村のあの滝の温泉。あそこで穢れを祓えば元通りだよ。そう。元通り」
ミナトゥ村で盗賊に「いっぱい触られた」のを気にする愛依さんを、そのユーズナーカホカ村の温泉で浄化したことがある。春さん曰く泉質が「聖水」、効能が「浄化」の、あの温泉。
それで解決すると思っていた。だからとにかくまずそれを推奨した。
「だめなの‥‥‥‥」
愛依さんは、目に涙をいっぱい溜めた。取りあえず抱きしめて背中をなでる。
それから座って雑談をしたよ。こういうのはホントは桃山さんとかが得意かもしれない。
でも、ここは私がやらなきゃならない気がする。
しばらくして。
愛依さんは小屋での話をし始めてくれた。
「‥‥‥‥わたしの中にエイリア姫がいて、姫はゼノス王子に【揺変】って【固有スキル】をかけられてたの。だから姫は王子がいると気持ちが揺れてしまう。それはわたしにも影響したの」
「‥‥‥‥!!」
「それでね‥‥実はゼノス王子の中にもゼノス君‥‥あっちの世界のツヌ国のゼノス君ね。彼が潜んでいて、わたしの不意をついて、ゼノス君の【固有スキル】、【穿通】を受けてしまったの」
「‥‥‥‥それって!?」
「うん。ふたつとも精神操作系の【スキル】。相手の気持ちを揺らす能力と、相手に自分の気持ちを刺さらせる能力‥‥。わたしはそれを受けてしまったの。だからわたしがまたどちらかのゼノス君に逢えば、また気持ちが揺れちゃうかも。‥‥いいえ‥‥どんな行動をするかわからないから」
愛依さんが言葉少ないのは、これだったんだ。
「あとね‥‥‥‥エイリア姫が『王子に何か仕掛けられた』ってこと‥‥うかつに人に言えないよね‥‥。公人だし、彼女の名誉を守らないと」
彼女は、自分の下腹部に手を当てた。
「実は、あれからずっと、まだ‥‥‥‥ここが熱いの」




