第二部 第48話 覚悟と赫怒④
発達した広背筋に、両手を奪われ押し倒される。
「逢初愛依」
「‥‥‥‥はぃ」
わたしは上ずった声のまま、拒むことができず返事をした。
「‥‥‥‥やっぱりまだ出て来ないか‥‥!」
「‥‥‥‥ぇ?」
なに? 急に。ゼノス王子はベッドの上で、わたしに頭を下げている。
「『抱く』ってのは嘘だ。君を動揺させようとしたんだ。さっき言ったろう?」
「な、なんのことですか?」
頭が混乱する中で、もうひとりの自分が指摘する。そうだ。彼、ゼノス王子やゼノス君はこんなことを、過去に何度もわたしに仕掛けている。
「さっき言った君を『抱く』理由さ。あれでまあ全部なんだが、少し補足があってな。君は今、エイリア姫が動揺しているのを感じて、精神的に影響を受けてるだろう?」
その通り。身体の芯が、下腹部が今も熱い。
「同じように、君、逢初愛依を動揺させたら、中のエイリア姫にも伝わるんだ。だから『君を抱く』と言って揺さぶりをかけた。君がこの現状を強く拒否すれば、もしかしてエイリア姫と意識が切り替わるかと思ったが‥‥駄目だったようだ」
「じゃ、もう抱かないってこと‥‥ですか?」
「そうだけど、無罪放免ってワケじゃない。君を拘束して自由を奪い、直接魔力を流しこむ。君の中のエイリア姫にね。それで姫がさらに動揺して、身体があるクリスタル結晶にヒビでも入れば、姫の身柄を俺らで拘束できる。これは大きい。生身の姫を人質にできるからな。将来の両国の架け橋となる、アトミスの血脈を姫に産んでもらうことも」
「結局やることは最低なのね」
ゼノス王子は「まあね。俺らも必死でな」と頭をかいた。
でも内容は理解した。ゼノス王子はわたしを揺さぶる目的でことさらに「抱く」と脅していた。
だけどわたしが精神的な意味で陥落しなかったから、エイリア姫に直接魔力を流す「作戦B」に変更をした。あくまで王子の狙いはエイリア姫攻略だった。
クーデターの時囚われることを忌避して、その身体を覆ったクリスタル結晶。精神を攻略しきれないんだったら、身体のほうの防御に綻びが出ないか? そんな作戦ね。
「『抱かれない』ってわかって少しほっとしたけど、まだ実感ないわ」
「君を本当に抱いてしまうと、あまりにショックが大きすぎるだろうから。エイリア姫までその影響を受けるのは不味い。さっきの戦艦の脅しもあるしな。それに悪いけど、『抱かれない』からって『辱めを受けない』ことにはならないかもだぜ?」
え? どういうこと?
相変わらずこの人は、わたしを揺さぶる達人だわ!
「それ!」
「あっ!?」
再び押し倒される。薄暗い部屋で平衡感覚も曖昧な中、彼の手がわたしをなぞる感覚があった。
「なにを!?」
「今からベッドに君を拘束する。そしてエイリア姫に向けて、魔力注入を試みる」
彼の手が、わたしの腰を見つけて下腹部に到達する。
「どうして服の上からなんですか?」
手つきが違う。明らかに、わたしの素肌を触るのを避けている。
「なんだ? まだ冷静なのか。いや、また肌にふれて君の【強制妊娠スキル】を食らいたくなくてね。あれはキツかったぞ。ツヌ国ゼノスの【穿通】で解除できたものの、また解除できるか未知数だろ?」
「もう初見じゃないわたしが、ゼノス君の指示を拒んで、解除しない可能性があるわけね?」
「そうだ」
そういいながら、王子はわたしの下腹部をまさぐる。
彼の言う通り、行為はすべて、グラロスの厚めの麻布越しだった。暗闇でなぞられた手が、ここだという位置で止まると、わたしの身体に向けて魔力照射される。
「‥‥‥‥‥‥んっ」
さらに身体の芯が熱くなる。奥の、さらに奥のほうから。
「俺の【揺変】‥‥若干効いてるっぽいけどダメか。君は辛抱強いな」
「姫に危害が及ぶのはイヤ。されるがままになんてならないわ」
ここで仮説の確認。やっぱり【催眠】みたいな精神操作系の能力には、精神である程度対抗できる。対象が身構えてると効きが弱いみたい。王子の言葉でそれがわかる。
でも逆に、と、いうことは?
さっきのわたしは、不意打ちでゼノス君の【穿通】を打ち込まれてるから‥‥‥‥。
「‥‥‥‥だめだわ」
魔力照射が始まって、わたしは自分の敗勢を悟った。彼の【スキル】の影響が、ここで出てきてしまった。
頭の中に火花のように、ゼノス君の「愛してる」が鋭くリフレインする。わたしが拒んでも呪いのように。
意識から消そうとするほど、意識してしまう。
「‥‥‥‥んっ‥‥‥‥ぁあ」
「お、だんだん息が乱れてきたな? アイツの【スキル】が効いてるのか?」
やはり彼の、ツヌ国ゼノス君の【スキル】は名前の通りだわ。自分の意思や想いを人に突き刺す能力。
わたしは知っている。「ほら穴理論」にも書いてある、人間の初歩的な心理「好意の返報性」。
人から「好き」と言われれば、悪い気はしない。むしろそう言ってくれた人に好意を抱くことが多い。ゼノス君の【スキル】は、それを狙ってのものだった。
彼の思いが、「愛してる」がわたしの心に刺さってしまって、魔法の強制力でわたしにはもう、どうすることもできないみたい。
「愛」、この言葉を女の子に使うのは卑怯よ。でも武器としては確かに、最大の攻撃力だわ。
今のところ、ゼノス王子はわたしの【創造妊娠】を恐れている。もし、ここできっぱりと拒むことができたなら、わたしを諦めたかもしれないのに。今はもう、さっきみたいにゼノス君に命令され、咄嗟に【創造妊娠】を解除してしまう可能性が高いかも。王子もそれがわかってるはず。
「あちらのゼノスで無くて悪いな‥‥。‥‥だが俺も愛している。君と同じ姿の女性を」
ゼノス君の言葉に、わたしの思考は、散りゆく花びらのように乱されてしまっていた。
「‥‥‥‥あぁっ」
深奥の熱に、一枚、また一枚と、花びらが灼かれていく。
わたしは、因縁の男性の前で、無防備な声を漏らしはじめていた。




