第二部 第48話 覚悟と赫怒②
「‥‥‥‥」
「なに?」
急に動きを止め、じっとこちらをみつめるゼノス王子。さっきまでは服を引っぱる嫌がらせにご執心だったのに。
(‥‥あっ‥‥!)
この男性の視線に、わたしは見覚えがあった。
とっさに、胸元を隠す。肩紐を外されてオフショルダーみたいになったドレスは、いつもより肌を露出させてしまっていた。
この視線。
電車や街や学校で受ける、「あの視線」だ。つまり、男性の、オトコの視線。ぜったいいやらしいことを考えてる視線。
「なんだその表情は。困ったような、不安なような、べそをかくような」
「え?」
わたしにそういう自覚はない。手詰まりで困ってたのは確かだけど。
「そそるじゃねぇか! 小娘が、そんなカオもできんのかよ?」
彼の口調に暴力の気配が混じった。両目が妖しく光った。
嗜虐心を揺さぶったってこと? それでスイッチが入ったと。
確かに、「ほら穴理論」にも書いてある。「男性は女性の困り顔や泣きそうな顔を好む」。わたしが、図らずもそうした、のかな。ただ、怪我の功名とはいかなかった。
彼は乱暴にズカズカと近づいて、わたしの胸を無造作に押した。「あっ!」と悲鳴を上げて倒れるわたし。
その上に、彼の鍛え抜かれた筋肉。逆三角形の上背が覆いかぶさる。
「‥‥大丈夫だ。決して乱暴にはしないから‥‥」
絶望的に暴力で服従させようとしている中で、顔を近づけて耳元で甘くささやく。‥‥ああ、王子はこういうところはポイントを押さえる。ゼノス君と同じ、天性の女たらしなんだわ。
わたしの両腕が、彼の両手によって固定された。抵抗できない。
そこで はっと我に返る。
「発動。【創造妊娠】‥‥お願い!」
今彼の手が、わたしの手首を直に掴んでいる。つまり肌を重ねている。
これなら効いてくれるはず。
「‥‥‥‥え? ‥‥なんで‥‥?」
けれど、わたしの身体を走った青い魔力のほとばしりは、彼に伝わらずに、わたしの四肢を右往左往して霧散した。
「やっぱりなにか企んでたか。でもこっちも一応王子でね。【古代語魔術】はそっちの姫様の専売特許じゃないのさ」
「‥‥うそ‥‥」
「嘘じゃない。高密度な魔法防御がある。アトミス王家伝来のな。いくら強力でも、魔法は魔法だ。それに特化して防御すれば、無効化でき‥‥」
「【創造妊娠】っ!!」
わたしの手首から青白い稲妻が発せられて、彼の腕に伝わる。それが全体に廻ってゼノス王子の魔法防御を破壊した。そのまま光が彼を包んで、それが体の中心、丹田に収束していく。
「バ、バカなっ!?」
「ごめんなさい王子。あなたは『高密度の魔法防御』って言ったわね? 中のエイリア姫が助けてくれたの。‥‥わたしの全魔力を集中すれば‥‥つまりあなたの『高密度』を上回る密度を作り上げれば、‥‥魔法戦闘は勝利できる‥‥と」
「‥‥くそっ! 油断したっ!」
わたしの中のエイリア姫が、映像でイメージできる感覚になっていた。彼女はゼノス王子の【スキル】、【揺変】を受けて、顔を赤らめていた。
揺れる乙女心を強引に、さらに無理矢理揺らされていた。
その中で、わずかな正気を取り戻してわたしにアドバイスをくれた。「全魔力を練り上げて、密度には密度を」。
以心伝心。ほぼほぼ同一人物なのだから、考えることも割と同じ。
わたしはとっさにそれを理解して、自己流だけど魔力を凝縮して【スキル】を放った。
わたしが彼女の中にいる時に、エイリア姫の【大魔力】を何度も感じていた。その、とんでもない魔力を一点に収束させるイメージは、わたしの中にすでにあったのよ。
***
徐々に。本当に徐々にだけど。
ゼノス王子の顔色が悪くなっていく。
「ごめんなさい。どうか気をしっかり持って。そうすれば、心身のダメージはあるかもだけど回復可能だから」
わたしは、下腹部を押さえてうずくまる彼に声をかけた。
「ぐっ‥‥一体‥‥俺に何をした‥‥」
土気色の顔貌に、玉のような油汗をかいている。思わず医者として反応してしまう。
「大丈夫よ。あなたはこれから妊娠と出産を体験します。‥‥若干痛みを伴うかもだけど‥‥それに耐えれば、後遺症とかはないわ」
彼が、もし廃人になってしまったら、と想像する。元は、わたしが治療した人。わたしの患者。情がゼロかといえば、やっぱり思うところがあって。
胸の奥が熱くなった。生き残って欲しい。
「命は、取らない、と?」
「ええ、そうよ。本当にごめんなさい」
「‥‥相変わらず、甘いな。逢初愛依。‥‥いや、お姫様」
「えっ!?」
刹那、伏したゼノス王子が跳ね起きた。
「【穿通】!!」
「ええっ!?」
わたしの心に、彼の心情が流れ込んでくる。
「俺、ゼノス=ティッシオは、逢初愛依を愛している!!」
「ああっ!?」
それは熱い激流だった。
「俺、ゼノス=ティッシオは、逢初愛依を愛している!!」
「やめてっ!!」
飲み込まれる。あっという間に。
「俺、ゼノス=ティッシオは、逢初愛依を愛している!!」
「だめっ!! いやぁっ!?」
【穿通】。彼の【スキル】。
彼とは?
ツヌ国情報将校、のほうの、ゼノス=ティッシオ。ゼノス君だ。
ゼノス王子はわたしを捕まえた時、自分とツヌ国ゼノス君の【スキル】名を話していた。うっかり口が滑ったのかと思ったけど。
もしかして、わたしがより深く把握すること、自覚することで、発動した時に効果を高めたりするのかもしれない。
名前から察するに、相手の心に自分の気持ちを「刺さらせる」能力。「伝える」というと聞こえはいいけど、たぶん、精神操作系の強制力を持っているはず。
「俺、ゼノス=ティッシオは、逢初愛依を愛している!!」
わたしは。
彼の能力によって、心を穿通かれた。
「俺、ゼノス=ティッシオは、逢初愛依を愛している!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はぃ‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ゼノス王子にかけた、君の能力を解除してくれ。俺の頼みだ。いいね?」
「‥‥‥‥‥‥はぃ‥‥」
やっぱりわたしには、この世界の魔法戦闘の経験値がなさすぎたんだわ。
「‥‥あなたも中に潜んでいたのね‥‥最初から‥‥」
「どこからを以って最初から、なのかは難しいが、ここで君と対峙した時には、もういたね」
「二対一だったのね‥‥」
「そうだな。でも悪く思わないでくれ。君たちだってかつて、エイリア姫と二対一だったりしただろう?」
「‥‥そう、ね‥‥」
「俺はもう消える。主人格のゼノス王子が復活するからな。じゃな。お姫様。今度は是非、元いた世界で逢おう。その時にこそ、【穿通】の真の恩恵に預かるとしよう」
わたしは糸の切れた人形のように、その場に無気力に座り込んだ。
あのハシリュー村での攻防。油断したツヌ国ゼノス君に、こっそり覚醒したエイリア姫が不意打ちをしたこと。
あれを、ツヌ国ゼノス君がわたしに、そっくりやり返したんだわ。
わたしは朦朧とする意識の中で、自分の無能に泣いた。
ギフト「超計算」も「超記憶」も、こういう攻防に生かせなかった。罠の「記憶」、経験はあった。でもそれが自分に向けられる罠になるとは、夢にも思わなかった。「計算」も、こんな事態を想定できなければ、まるで無意味だった。
ギフトはあくまで道具で、使う人間に能力や意識がなければ、ただの持ち腐れのアイテムだわ。
ほどなくして、ゼノス王子を名乗る彼に、優しく耳元で囁かれて。
「と、いうわけだ。‥‥大丈夫。‥‥悪いようにはしないから‥‥」
わたしは彼に、完全に押し倒された。
「‥‥‥‥ああっ‥‥!」
あのハシリュー村での悪夢。忘れていた記憶がフラッシュバックする。
「‥‥‥‥あああっ!」
思わず漏れた声は、自分でも嫌になるくらい。
女の声だった。




