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第19話 ヒゲ ①

 




 Botを無事撃破した僕は、予定通りマジカルカレント後遺症候群で動けなくなった。



 もう4回目の出撃なので、どれだけ能力を使った戦闘をすれば発症するのか? わかってきてもいいハズなんだけど、発症する閾値(いきち)が低すぎてダメなんだって。


 閾値(いきち)ってなんだよ?


 と、ツッコんでみたかったけどやめた。能力戦闘なしの初陣から症状が出てるんだから、要は僕が乗れば全部発症するってことでしょ。



「でもね。それだけ暖斗(はると)くんには重力子エンジンを動かす才能があるってことじゃない?」


 医務室について、待ち構えていた逢初(あいぞめ)さんはそう言ってフォローしてくれた。戦闘が始まったのが0時前だから、今はもう夜中だ。


 逢初さんの髪がかすかに濡れている。お風呂上がりみたいだ。いつもより甘い香りが強い。


 と、いうか、時間的にそうなんだろうな。



 夜灯りの医務室は静かだった。


「どうしてそう思うの?」


「だって、後遺症が出るって事は、重力子回路に干渉する脳波が良く出た結果だし、マジカルカレント能力は『1000人に1人』、の能力よ」


「‥‥‥‥前にも言ったけどそれさ、ウチの中学に1人いる確率じゃん。全然レアじゃないし、チートでもないし。正直僕のDMT(ディアメーテル)操縦とかは月並みの評価点だしね」


「それはしょうがないよ。だって暖斗くんはプロのパイロットじゃないんだもん。やむをえずBotと戦わなきゃならなくなって大変だけど頑張ってるよ? あ、子恋さんと渚さんが褒めてたよ。『敵に囲まれそうになって、とっさにバックステップしてマジカルカレント戦闘に切り替えたのは良かった』って」


 あの2人は軍人さんの卵。それもかなり成績優秀な。だから褒められたのは正直うれしかった。

 ただ あまり喜ぶリアクションをしてしまうと、逢初さんにガキっぽいと思われそうだから我慢した。


 でもうれしい。


「一回の戦闘でBot 8機も撃破しちゃうんだから、もう撃墜王だね」


「んん? 逢初さん、軍の撃墜王の定義知らない――――ね?」


「うん、知らない」


「やっぱり。僕が倒してる小型のBotは、撃破数にはカウントされないよ。あれは『電脳無人地雷』。自立型ドローンなんだ。前の戦争の、敵国のただの置き土産だよ」


 ちょっと上から言う僕の言葉に、彼女は大げさに眉をしかめた。


「え~? ‥‥それじゃああんまりよ。うちの子が8機も倒したのに」


「誰がうちの子ですか! ミルク飲むからって赤ちゃんいじりはやめてよね。‥‥‥‥ってか、なんかいつもよりふざけてない? 逢初さん?」




 逢初さんはベッドに寝ている僕に、真っすぐに向きあうと、白セーラーの上にはおったドクターズコートの襟を正した。


「ふふ。だってね」




 彼女はそう言って一呼吸おくと、伏し目がちに言った。


「昨日の『宴』。暖斗くんの話を聞いて、少しだけど、暖斗くんのことが理解できた気がするの。艦のみんなに、なんで『タメ口でOK』って言うのか? なんでこんなに女子にやさしいのか?」



「いや、別に、やさしいって訳じゃ‥‥‥‥。僕は、ただ‥‥」



 僕は慌ててごまかした。


 今日は、ってもう日付が変わってるけど、今日は変な日だ。国防大学校附属中の女子に戦闘面で褒められたり、逢初さんにやさしいって言われたり。



「僕が思うのは、あんまり理不尽とか、女子が可哀想なのを見るのはイヤだな、ってくらいで」



「そんな事言ってくれる男子がいないんだよ。それに――」



 湯上りのせいなのかわからないけど、逢初さんの頬がいつもより若干色づいている気がする。艶玉っての? 肌もなんかツヤツヤしてるような。


 ああ、やっぱり湯上りだからかな?


 僕は続きを促した。


「それに、何?」


「‥‥‥‥。いえ、ミルクが温ったまったみたい。飲む?」




 毎回思うんだけど、DMTが着艦したら僕が医務室(ここ)に来るのは、逢初さんだったら正確にわかるハズなんだけど。毎回ミルクが出てくるのが遅い気がする。アクシデントとかを想定して、来てから準備してるのかな?



 逢初さんは一旦バックヤードに行って、ピンクのエプロンに着替えてきた。手にはミルクも持っている。


「お待たせ」


「うん。そういえば最初髪の毛上げてたりしたね」


「そうね。以外と邪魔にならないから。でもリクエストがあれば髪の毛上げるよ?」


 彼女の腰が僕の傍らに来る。


 リクエストなんて、そんな恥ずかしい‥‥‥‥え? してもいいの?



「そういえば、リクエストで思い出したよ。じゃ~ん♪ 暖斗くん。これ」


 白衣のポケットから取り出されたそれは。



「‥‥‥‥えーと。何それ?」




 僕は呆気に取られた。逢初さんの口もとには、黒々とした、いわゆる付け髭がついている。

 芸人がコントとかで使うような、端がピン! とはねたヤツだ。




「だって。暖斗くん言ってたでしょ。『宴』の時に。今欲しい物は男友達だって。だからわたし‥‥ゴホン! このボクがその男友達になってあげようじゃないか!」

「‥‥‥‥逢初さんて前からちょっとそういう兆候あったけど、頭良すぎて逆に残念な人?」



「えっ!! 即答? 間を置かずに即答で、そのリアクション? ええ~!?」


 彼女は取り乱した。不服そうだ。


「もう! ひど~い! せっかくわた‥‥‥このボクが!」



 まあまあ本気だったみたいだ。う~ん。その気持ちだけはありがたく頂いておこう。



「で、そのヒゲはどうしたの? まさか逢初さんの艦外持込み品?」


「あ、これはね。渚さんにデータを貰ったの?」



「は!? 渚さん!?」



 今日イチ驚いた。


 あ、もう日付は変わっているが。



「あのね。みんな『1人1冊、紙の本を持って来なさい』って言われてたじゃない? 乗艦のオリエンテーションで」



 ああ、そうだった。僕も持ってきている。



「渚さんが持って来たのは恋愛小説で、主人公が道に落ちてたヒゲを拾う話なのよ。それがキッカケでヒロインの女子高生と出逢うの」


「あー。なんか聞いた事ある。面白いみたいだね」


「その小説の1巻の購入特典で、主人公が拾う口ひげの3Dデータが付いてるのよ」



「‥‥‥‥」


 ――何でも特典にすればいい物でもないだろう。


「はああ。ヒゲ。その企画が通った会議に同席したかったな」



「暖斗くんはやっぱりまだロマンチックな話は興味ない? ヒゲは運命の2人が出逢う最重要キーアイテムなんだから。でね。またメンテ3人組の子に頼んでそのデータから実物起こししてもらったの。‥‥キャ‥‥3Dプリンターで」


「うん。やっと話が見えてきた。ちなみにその時七道さんは?」


「‥‥うん。『逢初またか? 戦闘配備中にか? 今どうしてもか? はあ』 って呆れられちゃった」


 やっぱり彼女は残念な方の子なのか。僕の中の「逢初さんのステイタス」がどんどん「残念」の方へ傾いている。




 逢初さんが自信満々で「むん!」って感じで鼻下に付けてる口ひげは、見れば見るほど芸人がコントで使うようなヤツだった。


 お風呂上がりで濡れ髪の色香とのギャップも凄い。もはやどう表現すれば?


 そしてその逢初さんに、僕がミルクを飲ませてもらってる画は、なかなかにシュールだと思う。


 これで立派な「医療行為」なのだそうだ。‥‥‥‥泣けてくるゼ☆


 おっと! 思わす口調が麻妃(マッキ)みたいになっちまった。



 で、飲みながら僕は、逢初さ――いやヒゲ(ぞめ)さん、にさっき言われた言葉を思い出していた。




「暖斗くんはやっぱりまだ――――?」って? 


 別にロマンチックな事に興味持つのが必ずしも大人の定義じゃないと思うし。僕は大人になってもそういう話に興味は持たないよ。たぶん。


 ‥‥‥‥でも女子から、逢初さんから見た「大人の男」って、そういう恋愛とかの話もスマートにするんだろうなあ。ドラマみたいに。――まあ、僕にはムリそうだ――。


 ‥‥‥‥そんなことを考えながら、彼女の腕の中でまどろんでいく‥‥。




 ***




「あ、やっぱり。寝ちゃった。ふふふっ」




 わたしがスプーンをそっと彼の口もとから離すと、暖斗くんは無邪気な寝顔のまま、力なく首をもたげた。さっきまで何か言いたそうに、わたしの顏を見つめてたけど。



 ‥‥髪がまだ濡れたままだ。ドライヤーをかけようとした所でBot出現アラームだったから。濡れ髪をまとめるとからまる事があるから、髪を上げないのは正解だった。


 こんなペットリつぶれた髪型を男子に見られるのは恥ずかしかった。前髪も作れてないし。でもプールの授業とかで、「もう見られてるし」と思いこむことで納得した。


 実際は、わたしのことを見ている男子なんて。いないとは思うのだけれども。




 さて、今回のレポートはさすがに明日やろう。そう思って暖斗くんの右手を見たら、やはりまた手のひらを上向きにしている。



「ふふ」



 思わず笑みが洩れてしまった。


 と、同時に、かつて右ほほに感じた彼の手のぬくもりも‥‥‥‥思い出してしまった。


 ――――この空調の効いた医務室で、冷えた濡れ髪に体温を奪われた、――わたしの頬。




 少し。そう。ほんの少しだけ。温もりがほしい。




 さっさと髪を乾かして寝なければ、と思いつつ、彼のベッドの前で足が止まってしまった。



「‥‥‥‥そうだ。‥‥‥‥4回目とはいえ、暖斗くんはマジカルカレント後遺症が出てる状態。急変があるかも知れない。誰かがそばにいないと。‥‥うん。そうね」



 こんな見え透いたお為ごかしでも、口に出すと気が楽になった。髪がからまない事を祈りつつ、また彼の右手にそおっと(こうべ)を乗せて、わたしは瞼を閉じた。





「ごめんね。またお邪魔します。暖斗くん」






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