第二部 第48話 覚悟と赫怒①
「ゼノス王子、はっきり言うわ。わたしが着ているこの服は、ウエディングドレスなの。わたしはこのドレスに誓って、命をかけてあなたを拒むわ」
彼をきっと見据えて、全身全霊で言葉をぶつける。ゼノス王子は、飄々と躱そうとする。
「‥‥貴族趣味だからエイリア姫のものだと思ってたよ。君のだったか。でもまあ、婚約者がいるからこそ、奪いたくなるってのもオトコの本性だと知ったほうがいいぜ。花嫁姿、そそるじゃないか」
「もしわたしに近づくなら、舌を噛むわ」
これは嘘。医学的に人間は、舌を噛んでも死ぬとは限らない。
でもわたしの切り札、【創造妊娠】を発動させることのフェイクにはなるはず。
「さっきとまるで態度が違うな。『覚悟』ができたかい?」
「たぶんそうよ。わたしの中のエイリア姫も押さえ込んでみせる。あなたの【スキル】が使われる隙も作らないわ」
「それは困ったな」
彼の【スキル】は【揺変】だと、さっき自分で言ってた。対象に言葉とかで揺さぶりをかけることで、対象の意思の固さをゼロに近づける能力。
そしてわたしは、エイリア姫の言葉を思い返す。
「ゼノス君が無防備な状態での不意打ちだったので、【催眠】が非常に上手くかかった」
これは裏を返せば、相手が「何か精神操作系の【スキル】を仕掛けてくるのがわかっているので、油断せず気持ちを引き締めていれば、上手くはかからない」ということ。
【揺変】も同じはず。わたしが精神的に隙を見せなければ、完全防御はムリでも有効打にはならないで済むはず。
だって、もしそういうことに関係なく作用するのなら、逢った早々に【揺変】を仕掛けているはずだわ。
王子がにじり寄ってくる。わたしもじりじりと後ろにさがり、部屋の壁に背がついた。
彼はなお距離を詰めてくる。最初の一手が大事。わたしを触ろうとする第一手を、敢えて防がないでさわらせる。
肌と肌が触れた瞬間、わたしのスキル【創造妊娠】を発動させる。
‥‥‥‥ごめんねゼノス君。まさか廃人にはならないと思うけど。
彼が手を伸ばしてくる。相変わらずの鍛え上げた逞しい手。
その指先が、わたしのドレスの肩紐をつまんだ。
「!?」
肌じゃない!?
どうしよう? 判定が難しい。【創造妊娠】は肌同士で接触した時に、そこから相手へ直に魔力を送り込んで、仮初めの子宮と仮初めの胎児を作り出す魔法。
できれば、手のひらくらいの接触面積が望ましい、けど。
躊躇してる間に一瞬が過ぎた。
彼はわたしのドレスの肩紐を素早く外すと、もう一方にも手を伸ばし、軽く持ち上げて外しおえていた。
「あっ!?」
図らずもわたしのドレスは、オフショルダーになる。
少し下垂したドレスが胸元をあらわにして、わたしは慌てて谷間を隠す。
ああ、咄嗟だったから、胸を持ち上げるような仕草になっちゃった。
「うん?」
ゼノス王子は、いやらしく目を細めた。
「変だな。『徹底抗戦する覚悟』がある割には、俺の手を拒んだりしなかった。なのにいざ胸が見えそうになったら、慌てて隠すんだな。‥‥‥‥。カウンター系の魔法か?」
何か、こちらの手札を読まれた? 「何のこと?」とうそぶいてみる。
「君は魔法戦闘の経験は皆無だな。まあ異世界人だから当然か。それだけ魔力を練り上げている気配があって、俺が君に触れようとしても無抵抗だった。俺が君を押し倒した時とかに発動する系の、何か罠を用意してるんだろう、な」
しまった。この世界の住人は!
「相手がどんな【スキル】を持ってるかわからんからな。腹の探り合いで戦闘が終わることもあるんだぜ。不用意に敵の思惑通りに動けば、一発逆転、起死回生があるからな」
こういう「固有能力を駆使した戦い。【スキル】持ち同士の戦闘」が日常だったんだわ。
「ほれほれ」
「ひ、引っぱらないで!」
ゼノス君は、わたしのドレスのスカートをめくろうとしてきた。「服だけなら触れても大丈夫」だとバレてしまった。
このまま脱がされて気が動転したら、彼の思うつぼ。【揺変】を打ち込まれてしまうわ。
もうすでに、わたしの中のエイリア姫がかけられてるっぽいから、表人格と中の人とで「二重掛け」になると、たぶん精神や行動を支配されるレベルになっちゃうかも。
思えば、ハシリュー村でのゼノス君も、ひたすらわたしに揺さぶりをかけていた。それは彼が情報将校で「ラポルトの真の能力」を探るためだったけれど。
その時「中にいた」ゼノス王子の能力も関係しているのかも。イジって揺さぶる能力と、ふたりのゼノス君は適正が高いんだわ。
ややこしいけれど、ツヌ国ゼノス君に【催眠】をかけて封じ込んだエイリア姫、その姫に【揺変】をかけて行動を制限してるゼノス王子。
ここではわたし自身とゼノス王子との勝負になる。もう一回。
なんとかゼノス王子がわたしの肌をさわるように仕向けて、【創造妊娠】をかけなくちゃ!
ただ、こちらからあからさまに誘うのはまずい。わたしに「そういう経験」がなさすぎるし、もう半分、仕掛けを用意してるのが彼にバレてるから。
一体どうすれば。
そう思い至ったところで、急に風向きが変わった。
「‥‥‥‥‥‥」
「なに?」
彼、ゼノス王子が、手を止めてこちらをじっと見てくる。
廃屋に、静寂が訪れる。
(‥‥あっ‥‥!)
わたしはこの視線に。
見覚えがあった。




