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第二部 第47話 邂逅Ⅲ③





 正直わたしは、焦っていた。


 この身体の奥から湧き上がる熱い何かに、戸惑って。



 持てあましていた。




 思えば、わたしを尋問したハシリュー村での出来事も、一部この「アトミス国、そしてツヌ国の王子のゼノス」ふたりの【スキル】が関係していたとすれば、納得が行く。


 ゼノス君の言葉責めで、わたしがあんなに乱れたのも。

 彼のかどわかしに、屈したのも。


 きっと今と同じように、あの時のわたしは「揺さぶられ」て「溶かされて」いた?



 それにエイリア姫は、博打を承知でゼノス君に【催眠(ステノーシス)】をかけようとしていた。


 もちろん仲谷秋さんの【予後(ネクストビジョン)】という保障、確証があったとはいえ、失敗していたら、わたしはゼノス君に‥‥たぶん‥‥色々されていた。


 そうしたら恐らく「中の」エイリア姫も無傷ではない。‥‥というか、そうなったらわたしは心神喪失してしまうだろうから、エイリア姫の描いたシナリオ、「逢初愛依を依り代として避難先にする。そしてラポルト16を将来異世界に転移させて、クーデター派と魔王を攻略する」というシナリオは、崩壊していたと思う。



 でもそれでもゼノス君がわたし(とエイリア姫)に危害を加えないようにするために、決行した。あれ? でも?


「‥‥ひ‥‥ひとつ教えて。‥‥エイリア姫は【催眠(ステノーシス)】で‥‥あなたがわたしに危害を加えないように制約をかけたわ‥‥。なのになぜ拉致なんてできたの?」


 わたしの問いに、彼は反応した。少し得意げに、両手を上げて説明を始める。


「簡単さ。その催眠をかけられたのがツヌ国のゼノスで、今君の前に立っているのがこの世界の俺、アトミス国のゼノスだからだ。俺のほうが催眠の影響は薄い。薄いだけで、君を殺したり暴行したりはできないだろう。しかし、この催眠には抜け道があった。君が心の奥底から拒否しなければ、【スキル】の効果は発動しない」


「‥‥‥‥そうかしら」

「あちらでの行動を逐一解析したんだ。そういう結論だ」


 あの時ね!? わたしが二回目に捕まって、ツヌ軍基地で尋問された時。ゼノス君に言い寄られて、ちゃんと拒否の意思を示さないから、流されそうになった時だわ。


「その後DMT戦になって、瓦礫を躱すために君を抱いて走っただろ? だから「お姫様抱っこ」くらいなら君は拒絶しないとわかったんだ」


 だから誘拐時も、お姫様抱っこだったのね!?


「そして元婚約者の俺が現れたことで、君の中のエイリア姫も動揺している。恋する乙女のような上気した君の顔と、そのたどたどしいセリフが、何よりの証拠だ」



 やっぱり。このゼノス王子はわたしの中のエイリア姫がドキドキするのを知っていて、それがわたしに伝播するのを観察している。


 これが恐らく、彼の言ったゼノス君の【固有スキル】。エイリア姫は彼と婚約時に、その能力、【揺変(チキソトロピー)】を仕掛けられたんだわ。

 同意の元か、拒否できない類のものだったかもしれない。


 だから、よね?


 さっきから彼は、わたしに言葉で揺さぶりをかけていて、あわよくばわたし自身の動揺と心変わりを狙っている。‥‥それに、この【スキル】が発動していると、エイリア姫の動揺が、どんどんわたしにも伝わってきちゃう。


 今も、身体の奥底から、じわじわと何かがこみ上げてきて。


 気持ちが揺れて、まるで溶けていってしまう気分。


 それはまるである夏の、熱い身体を持てあます、何かが物足りない夜のようだった。



「少々遠回しに揺さぶってみたが、頃合いか? さっきの質問に戻るぞ? 俺が君に何をしても、借り物の身体である君は、なんら乙女の純潔を失わない」



 彼は最初に言ったセリフを繰り返した。‥‥これがあなたの目的なの?

 ツヌ国のゼノス君もそうだけど、色々話題を振ってわたしの顔色を読むのが、彼らの技みたい。


「君はまだ男女の営みを知らないだろ? ああ、医者だから知識としては知ってるのか。女としての興味本位でも、医者の卵としての知識欲でもいいが、一回試してみてはどうだ。君の身体は借り物、あっちの世界のVRみたいなものだ。繰り返すが、君の想い人への不義理にはならんぜ?」

「するわけないでしょう!?!?」


 わたしは思わず叫んでいた。この人、エイリア姫を本気で好きではなかったの?


「ああ、好きだ。何せ遺伝子レベルであっちの世界の全人類の中で、ナンバーワンなくらいの相性なんだろ? それは俺や、ツヌ国ゼノスにとっても同じことさ。君は俺たちにとって至高の存在なんだよ」


「わたしにとっては、遺伝子的な相性は愛する人を選ぶ一要因でしかないわ。恋って、人を好きになるって、そういうものではないでしょう?」


「だから試してみては? と言ってるんだ。大人の恋には、身体を重ねてから始まる恋もあるんだよ。俺に抱かれたら、君はもう、そんなセリフは言わないだろうがさ」


 ‥‥そんなのわたしわかんないもん‥‥! とは口には出せない。


 状況は非常にまずい。あっちの世界のゼノス君はわたしに結局指一本触れなかったけど、目の前のゼノス君は今にもわたしを押し倒す勢いよ。もしわたしが気絶して中のエイリア姫と意識がきりかわっても、彼女は【揺変(チキソトロピー)】のせいで気持ちが千々に乱れてしまっている。


 たぶん戦闘はむり。



 ただ、こちらにも切り札はある。わたしの【固有スキル】、【創造妊娠(ノーシィストーク)】。魔法による強制的な妊娠、出産体験。

 これが発動すれば、如何にゼノス王子でも行動不能になるはず。出産の痛みに男性は、耐えることができない。


「‥‥‥‥」


 わたしは一瞬躊躇した。わたしの【固有スキル】は、こと対男性においては破壊力は強い。村で盗賊団に襲われた時は、相手が最低の人ばかりだったし、何よりわたしもその毒牙にかかる寸前だったから躊躇(ためら)いなく発動できた。


 でも今はどう?


 わたしはこの王子、ゼノス君を知っている。一度は命を助けられ、そしてわたしも助けた仲。

 ツヌ国ゼノス君と同一人物のこのゼノス王子が、わたしの【創造妊娠(ノーシィストーク)】によってもがき苦しみ、廃人になるのを見届けることができるのだろうか?


創造妊娠(ノーシィストーク)】発動には、直接肌と肌でふれあう必要がある。


 相手の体内に、魔法で作った人口の子宮と疑似生命の胎児を作り出すのだから、わたしが触るか触られるかして彼に直接魔力を流しこまなくてはいけない。


 肌と肌。‥‥さっき「肌を重ねる」と言ったゼノス王子の顔がよぎる。


 もし、スキル発動を躊躇したりしくじったりしたら、肌を重ねたわたしは、どうなるのだろう? リスクが高い気がする。



 考えこむわたしの視界に、ふと白いレースの生地が目に入った。



 それは、わたしの服。


 暖斗くんとの小さな結婚式(ミークロガモス)のために用意した、なんちゃってウエディングドレスだった。


 異世界に来て着っぱなしだったけど、純白のドレス。


 暖斗くん以外の男性が汚すことを許さない、純潔の象徴。



 そうよ。





 わたしは戦わなくては。男性の卑劣と。







 ※愛依さんがずっと「転移前の服装」だった伏線の回収です。(まあ盗賊団に一回ビリビリに破かれてかすが)

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