第二部 第47話 邂逅Ⅲ①
「‥‥ぅ、ぅん‥‥」
わたしは目が醒めた。確かゼノス君に攫われたはず。
どこかの民家のひと部屋だった。グラロスの、少し南国調の。窓から見える景色は?
「‥‥‥‥ここは」
「そうだ。王都グラッセンの、どこかの家さ」
「ゼノス君‥‥いえ、ゼノス王子、殿ね」
「『殿』はいらない」
「てっきりグラロス朝から離れた場所なのかと思ったわ」
「生憎そちらの対応が早くてね。ただほとぼりが冷めるまで隠れるなら、木を隠すなら‥‥で王国首都近郊はまあまあいい条件なのさ」
「ふ~ん」
ソファに寝かされたわたしの、対面には彼が座っていた。もう、彼に攫われるのは3回目になる。
「またか、って顔だな」
「まさか異世界に来てまで、こんなことになるなんて」
「まあそう言うな。あっちの世界で君を捕らえたのは、ツヌ国の情報将校ゼノスだったろう?」
「‥‥なんとなくだけど、あっちのツヌ国のゼノス君の中に、あなたも居たんじゃないの? なんとなく、だけど。‥‥だったら彼がわたしに固執するのも、というかあなた達がエイリア姫をどうにかしようとするのに、納得がいくわ」
「ご名答!」
彼は、爽やかに笑った。
「エリーシア国のクーデターはね、ウチが黒幕なんだ。色々と資源を投下してるからね。今さら引けない。成功させないといけないんだ」
「‥‥相変わらずデリカシーがないのね、ゼノスく‥‥王子。‥‥休眠中とはいえ、わたしの中にはエイリア姫がいるのよ? 婚約がそのための偽装だったなんて、女性としては悲しすぎるわ」
ゼノス王子はかぶりを振る。
「逆だ」
「え?」
「姫と俺との婚約は、ウチの国、アトミスとエリーシアで取り決めたことなんだ。いわゆる政略結婚でもあったんだが、情勢が変わった。アトミスはエリーシアとの友好の道を止め、反対勢力となる道を選んだんだ。‥‥当然、まだ婚約者だった俺らも引き離されることになった。だからクーデターを起こしたんだ」
「‥‥えっと‥‥一気に色々喋ったけど、こういうこと? ‥‥最初、あなたの国アトミスはエリーシア国と友好関係を築こうと、ゼノス王子とエイリア姫の婚約を画策して、エリーシアもそれを受けた。でも、アトミス国はエリーシア国とは逆の道を歩む情勢になったので、その婚約も破棄というか、消滅、ということになった。‥‥でもあなたはそれに納得がいかなくて、エリーシア国でクーデターを起こさせた。国の中枢がアトミス国寄り、そういう路線の派閥に変われば、婚約は破棄しなくても済むから」
「うん。翻訳助かる。やはり君は聡明な女性だ」
彼は血管の浮き出た大きな手で、頭をかいた。気まずそうに。
「つまり、そういうこと?」
「ああ、そういうことだ」
彼は、本気でエイリア姫に恋していたのね。
さっき政略結婚って言ってたから「最初は親の取り決めた相手だった、けど、逢うたびにいつしか」みたいな。破棄されるくらいなら、いっそエリーシア国を滅ぼそうとするくらいに。
そう想われて悪い気がする女の子は少ないと思う。ゼノス王子はこの異世界でも身長190センチの筋肉質、日焼けした肌と均整のとれた身体。わたしに絡む時以外はサッパリとした性格。
そんな人に想われたら、ね。しかも「王子様」っていう属性も追加されてるし。
「落ち着いているんだな? また囚われの身なのに」
ゼノス王子は、わたしの顔を覗きこみながら小首を傾げる。
「だってもう、3回目だもん」
だけど、この後の彼の言葉は、わたしの予想から大きく外れていた。
「あっちの世界では、紘国のスパイ法もあったし、ツヌ国ゼノスも君に指一本触れないようにだいぶ気をつかっていた。‥‥‥しかし‥‥‥‥ここではそうはいかない、ぜ?」
「‥‥‥‥え?」
「お。動揺した顔も可愛いな。生長補綴体って知ってるか? 義体の上位互換。いや、知る訳ないか。こちらの世界からあちらの世界に移動する時に、作るモノさ。【古代語魔術】で、人の身体そっくりな、生体により近い人形を作る。異世界から異世界に魂が移動した時に、その行った先での魂の入れ物、そっちの世界の技術で言う、アバターとして使うものさ」
ああ、もしかして。
「俺の知る範囲だと、あの戦艦に乗っていた娘のひとりが、その義体であっちで活動をしていたハズだ。エイリア姫に【催眠】を貸与したのも、おそらくソイツだろう」
仲谷春さんのことだわ。
「基本的に異世界から異世界に渡るには、「魂のみ」なんだ。「魂のみ」で渡って、適合する人物に憑依するか、かつて術者が用意した「義体や生長補綴体」が向こうにあって、それに憑依して活動するか? 俺やエイリア姫がツヌ国ゼノスや逢初愛依に憑依したのが前者で、その【催眠】持ちがやった方法が、後者だ」
え? でも待って? 私たちはあちらの世界から「自分の身体ごと」の転移してきたはず?
「違うね。肉体を異世界間で行き来させるなんて? そんなの、それこそ神でもないと無理だぜ? エリーシア国で人数分の生長補綴体を用意して、君らを呼んだんだよ。義体じゃないのが流石だ。あの国の古代語魔術レベルなら可能だろう。だってあちらの世界でも義体を用意できるくらいなんだから」
そうだった。私たちはあちらの世界で、「港の見える丘公園」で意識を失った。その身体ごと異世界転移しているなら、向こうでは今ごろ行方不明になって、大変なことになっているはず。
「でも、その生長補綴体って容姿や背はどうなってるの? ‥‥性別とかも。ひとりひとり精巧に作って用意するの?」
今まで異世界でこの身体で暮らしてきて、自分の身体だと信じて疑わなかった。だってエイリア姫も「愛依さんからお借りした身体」だって言ってたし。
「そりゃあ古代の魔法技術だよ? 魂が宿ったらその者の容姿性別になるだろう? 魂が記憶する容姿に『生長』するんだから、違和感なんて持たないさ。‥‥俺、何か変なこと言ってる?」
一応、ゼノス君の言説を信じることにする。この身体が魔法で出来た借り物だなんてまったく感じないけれど。‥‥それに補足説明で「死人使いのように、死体から部品を集めて作った」ということも絶対に無いらしいし。
無から魔法で人体を構築する。それだけ【古代語魔術】が超絶的な技術だとゼノス王子は語っていた。
「だから、大丈夫、なのさ」
彼は意味あり気に、言葉を切りながら語った。
「‥‥‥‥何が?」
「その身体は借り物。限りなく君自身に近い、ね?」
「‥‥‥‥そう、ということになるわね」
「だから、俺は紘国のスパイ法とやらに遠慮することはない。君も、未来の伴侶になんら遠慮することは無い」
「ああっ!?」
「そう、だから。今から俺が君にどんな行為をしても、君は純潔を失わないのさ」
※ゼノス氏はキャラがブレないです。本当にもう。




