第129話 青天井システム③
殿下のお言葉は、耳には入っていた。
でも正直、あまり憶えてはいなかった。‥‥ただ、「神経毒を撒くかも」っていう言葉には反応した。
「麻妃!」
「はいよぉ! 砲戦重視!」
麻妃の設定変更! 僕の乗機のエネルギー配分が、ビーム砲に振り分けられる設定に変わった。霧と再接続して残り二機に光の弾幕を浴びせる。
すぐ敵は沈黙した。防御を突破されそうになった向こうは、逆にシールドバリア重視に設定変更せざるをえない。
その隙に、上空のKRMが降りてきた。槍を受け取る。
「あっ?」
持った瞬間そうなった。色々装飾が施されたド派手槍。見た目、刃部が超重そうだったけど。
ぜんぜんそうではなかった。前後の重心バランスが絶妙でものすごく取り回しやすい。これひとつでも確かに名品だと、僕でもわかる。
「国宝だァ!」
錦ヶ浦さんの声は無視する。
今の僕には、ありがたい。この自分の怒りをエネルギーに換え、それを余さず暴力に換えてくれる道具がある、ということが。
「ふっ!」
「「おぉお!?」」
男性陣の驚く声が聞こえた。構えた回転槍が一瞬で高速回転すると、風圧で海水が吹き飛んで、少し海の底が見えた。引き潮みたいになった。
「「マジか!?」」
「こ、これが『瞬間起動』なんですね‥‥!? 団長しかできない‥‥という‥‥」
「正確には、俺は数回できたことがある、ってだけだけどな‥‥」
以前「まほろ市民病院攻防戦」で超大型と戦った時には、空中浮遊で翻弄しながら戦った。
でも今の僕は、そんな器用なことをする気にはならなかった。
怒っていたから。
故郷である、みんなが住むみなと市に、こんな手で押し寄せて来たから。
愛依を絶対に悲しませてしまう、因縁の毒なんて持ち込んで来たから。
刃部の回転で砂浜の砂が飛んでしまわないよう、槍先を海に向けながら敵に歩いていく。
撃ってこないとわかった敵が、また猛砲撃をしてきたけど、シールドバリアで軽くはじく。
接敵寸前に、またエンジンが唸りを上げた。地獄の咆哮だ。みなと市のみんなは五月蠅いだろうなぁ。
刃部もありえないほど回転する。旭光と刃部のプラズマ光が眩しくてうるさい。
クソな敵が瞬間逃げようとしたんで、一瞬で差を詰めて槍先を差し込んだ。
当たった先は敵の大盾だった。そのままガリガリと削れた。
「!?」
盾が無造作に削れる!? なんだコレ!!
「だから御物だって!」
敵の大盾を貫通して本体に届く。同じ感触で樹脂装甲を研削、容易に貫通して金属部分、骨格に到達する。
「まだだ。もっと出力を上げよ」
サリッサ刃部と超大型の金属骨格が当たり、花火のような血飛沫のような火花が上がる。
「敵機超大型は当然最硬度配合の規格だ。だが、我が槍『後勿答』の真価は‥‥!?」
不思議な感覚だった。普通回転槍をねじ込めば柄から振動が伝わってくる。反動がある。それに樹脂装甲からは切削紛、内部器材から延焼煙が出るし、金属骨格に達すれば火花が出るはずだった。
でも。
「削り倒せッ!」
「御意ぃ」
夢中でマジカルカレントを上乗せしたら。
手ごたえが無くなった。
僕が敵の機体に刃部を差し入れた分、その空間が三角錐の形にきれいに削り取られていた。CGかと思った。
驚いて固まった僕に気がついたのか? 対峙した超大型が後退して距離を取る。敵は僕の機体の全高ほどの巨大な剣を、片手で振り上げていた。
僕は、呟く。
「‥‥突撃」
土砂を巻き上げて肉薄。モニターの遠景の敵が、一瞬で視界いっぱいに広がる。そのまま、かざしていた槍先を突き入れ、横に薙ぐ。
今度は少し手ごたえがあった。
敵機から目の光が喪失した。肩とか腰の重力子回路起動光も。胸元に穿たれた三角錐の空隙は敵機の主要動力を寸断して、胸部に風穴を空けて。
背面に一瞬で到達した刃部は、削りながら敵機をぶった切っていた。
三機目の上半身が手前に、下半身が奥へとゆっくりと倒れていった。
「ぬっくん!」
うん見えている。最後の一機が、陸上のクラウチングスタートみたいに腰を沈めていた。ホバリングで後退しながら、たぶん背後に背負った神経毒を散布する動きかも、だ。
ここから動いては、もう間に合わないだろうね。
四機目の、背後に背負った円柱状のタンクは、とても堅牢そうだった。その上部二ヶ所が、バシャンと上に跳ね上がって噴霧口みたいのが展開した。間に合わない!
「じっとしてろ!」
一旦上がったタンクの噴霧口が、無理矢理降りた。‥‥‥‥いや、僕がやったんだ。目視できたから、重力攻撃を発動させた。自機の各所にある重力子回路を使ってね。
骨格を折るほどの座標特異的な超重力を以って、タンク噴霧口を元あった場所に押し込んだんだ。粘土みたいに。これで一瞬稼げた。
僕は回転槍の回転を一度止め、自機の重力子エンジンをもう一度臨界まで吹かした。隔壁操縦席がその咆哮でビリビリと揺れる中、槍先を最後の敵機に向ける。
そして。
「毀‥‥」
「見よ! 余の『青天井システム』の成果を! 天文学的な電力を受け取る各種関節! 膨大な負荷に耐えうる強靭な骨格! そして! 横切りドリルでも無い刃部での剪断‥‥」
皇太子殿下の声で、僕の必殺技を放つセリフがかき消されてしまった。
「こ、毀てッ!!」
集中を高めて言い直す。
急激に回転を開始した回転槍の刃部は、瞬間的に大気をかき乱す。その惑星上ではありえないほどの速さが、海を割った。
生み出された波動が海底の道を作り、加速された大気中の粒子がピカピカとプラズマ光を放ちながら、瞬時に敵機を通りすぎると、堅牢なDMTが渦に飲まれたように粉々になった。
かつて、英雄さんの機体にやったことだよ。その強化版。
でもあの時は刃部を目標物に密着させてた。今は、ハーフ戦闘距離(90メートル)離れた所からやった。
「刃部の剪断、こんな芸当が出来るのは‥‥む?」
殿下が話している中で、発動して破壊していたんだ。
「ふう」
僕は安堵する。もうコイツに乗るとは思わなかったから。背部のエンジンも、音色が低くなってきて。もうすぐ落ち着くだろう。んん?
僕が持っていた例のド派手回転槍が、灰色の煙を出していた。‥‥何か「シュ~」って音も聞こえる。
「で、殿下‥‥これ‥‥」
「ああ、過回転だ。『ご使用時は既定の回転数を守りましょう』だ。逝ったな‥‥」
脱力した錦ヶ浦さんの「あなたもうすぐ死ぬんですか?」くらいの意気消沈した声が聞こえてきた。
「‥‥‥‥国宝ェ‥‥‥‥」




