第129話 青天井システム②
「‥‥恐らく‥‥神経毒であろう。我が領海に、不埒な真似をしてくれたものだ」
皇太子殿下のこの言葉で、僕の脳裏にビリっと痛みが走った。愛依の泣き顔がフラッシュバックした。
ハシリュー村に現れたBotは、煙幕のような白い煙を撒いていて、それは致死性の無い神経毒だった。愛依はそれを吸ってしまって、敵兵に捕まって尋問した時、気を失う時間があった。
記憶の欠落。その間の自分の行動、自分の身体に何が起きたか説明できない。
それで愛依は苦しんだ。「苦しんだ」なんて簡単に言えないほどに。ラポルトを降りて自分の人生を閉ざそうとしたりしたんだ。
あの時の、愛依の顔は、‥‥‥‥たぶん生涯忘れることは、無いだろう。
「神経毒‥‥‥‥っ!?」
「そうだ。容器記載の型番通りならな。しかもその容器、骨格と同等の素材で覆われている。しかもエンジンが増設されて、射程攻撃ではシールドが割れなかった」
錦ヶ浦さんたちが、シールドを割れない相手‥‥!
「仕方なく飛行能力だけを奪ったんだ。我々の剣や盾をつかってね」
映像のDMTには、確かに物理的な攻撃による物損があった。恐らくシールドチャージとか剣撃で、敵の飛行ユニットだけ無理やり剥がしたんだ。
許せない、という感情が、ただあった。
愛依に、もう二度とあんな顔はさせたくない。そのためには。
モニター前面が全部海の景色だった。僕は気がついたら、陸に向かって飛翔していた。
誰も止めに入らなかった。いや、スッと動いたんで気がついて無いのかな?
敵の機影は、確かに沖合いの波間にあった。もうすぐ海岸。三機‥‥いや、麻妃の情報通り四機だ。ひし形に隊形を作って海面をホバリングで進んで来ている。
DMTが対空のビームを撃ってきた。僕が空から近づいたから当然だ。
すごい弾幕だった。これを掻いくぐって敵機にダメージ与えるとか、錦ヶ浦さんたちは本当にすごい。僕には無理だ。
‥‥‥‥でも、無理だけど僕にできることもある。マジカルカレントを発動して、自機を覆うシールドバリアを積層する。
これが分厚ければ、避けなくても、ビームに被弾しても関係ない。多少のフェイントを入れながら、ほぼ直線で敵DMTに近接、少し回り込んで北から圧力をかけていった。
「‥‥‥‥くそが!」
敵機の、その背面に背負うタンクが見えた。そこに塗装された文字も。
確かに、読み取ったAIは、即座に「神経毒」と解析した。
たぶんこうだ。一回目の隕石でこちらを即応させる。大量の大型BOTと戦闘させる。そして、頃合いに射出したこの巨大DMTが街に上陸。毒ガスをばら撒いてさらに混乱させる。
もしかしたらこの「ラポルトの航海終了で、修理メンテナンスのリソースが喰われている」状況が狙われたのかもしれない。
大量の大型BOTで、まっとうな戦争と思わせて、実は姑息なテロだ。
BOTの撃破と神経毒の対処で目を回した、「手一杯」な頃合いで、二発目の隕石が降って来る計算だった。
きっとそうだ。憚りながら僕の参戦と、殿下の救援があったから、今のところ敵の目論見は崩れてるはず、だ。
「咲見くん! ビーム直撃してるぞ? 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「暖斗くんのシールド残量は、ウチがちゃんとモニタリングしてるゼ☆」
通信が入る。錦ヶ浦さんが心配、麻妃がサポートしてくれる。
「あの、今のぬっくんはもう、ウチが止めても止まんない感じなんで。どうかひとつ」
そうだ。僕は。
神経毒なんて持ち込んだ敵に、腹の底から激怒している。
敵が上陸する。みなと軍港より南側の、青嶽という海岸だった。スライダー付の市民プールがある、自転車で夏によく来る場所だった。
そういえば今年は、体験乗艦で一回も来て無かったっけ。
僕が誘導した成果はあった。みなと市街地より南の、開けた場所に動かせたから。さっきの海面異常で避難命令が出てるし、この辺りはもう人影はない。
「かまわん。好きにやれ。余は、青天井システムの真の姿をみたいのだ」
殿下の、そんな声が聞こえた。‥‥‥‥僕はもう、敵隊形の先頭の一機に襲いかかっていた。
「うおおおおお!!!!」
敵はビームを撃ってくる。無駄だ。僕の機体に積層された光格子フテローマの層のほうが厚い。盾で防ぐまでもない。
僕の機体が少しジャンプして、敵機の鼻づらを掴むと、そのまま地面に叩きつけた。青嶽海岸の白砂が波打つようにめくれていく。
遅れて、重力子エンジンが吠えた。操縦桿が震えるほどの獣性だった。それは、波紋のように周囲に伝播して。
「おおお!!」
空いた左手でパンチ! 敵機の首もとの骨格をひん曲げると、露出した計器や配線を掴んで引きちぎる。油圧ケーブルから黒い液体が飛び散った。
その間も他三機がビームを撃ちこんでくる。けど取り合わない。眼下の一機目を力任せに踏みつけると、変な音と共に各所の電光が消えた。
すぐさま右隣りに躍りかかる。二機目は後退して逃げたけれど、追う。良く見れば敵機は超大型、自機とは大人と子供くらいの体格差だ。機種は不明。全体的にツヌ国っぽい装甲デザインだった。
後退して重心の乗らない脚部が見えたので、それを左手で払うと、二機目は派手にコケて、余勢で地面を滑った。ああ、青嶽海岸がまた削れた。市民の憩いの海岸なのに。
仰向けに倒れたので馬乗りになって殴りつけた。ヒステリコスが見えたので加撃した。無人だよね? 抵抗しないので、両脇の固定ビームで焼いた。
残りの敵がビームを撃ってきて、自軍機にも当たってるけど、敵もお構いなしになってきた。
そこで皇太子殿下の声がした。
「これを使え。咲見少年」
「‥‥‥‥そっ! それはっ!? 殿下ァ!!」
初めて聞く錦ヶ浦さんの絶叫。何事かと上を向くと、空中にさっきのKRMが小さく見えた。瞬間モニターが望遠図を出す。二機で、あのド派手な回転槍を懸架したヤツだった。
「殿下! その槍は国宝ではっ!?」
「かまわぬ。あの機体の出力を見よ錦ヶ浦。敵のDMTを無手でちぎるなど。もはや、通常の槍では回転部の軸受けが耐えられん」
「そんなぁ」
「急げ。咲見少年。遅れれば敵機が神経毒を撒くかもだぞ?」
「ぎ、御意」
「ちょっ!? 咲見くん!? その槍、俺だって借りたことないんだからなっ!?」




