第17話 浜さんと桃山さん②
「あの子、どうですか♡」
そう言われて僕は驚くが、桃山さんはまたまぶたを閉じてニッコリ笑う。
「あの子、あんな風に素気ないんですけど、打ち解けたらすっっごくいい子なんです」
あ~、女子が女子を評して「カワイイ」「いい子」と言ったら70%地雷案件だって先輩が言ってたけど、どうなんだろ?
取りあえずこの、僕の目の前にいる桃山さんとは話しやすくて、彼女はウソを言うような感じではない、って事はわかるけど。
「咲見さんの家って、駅の近くなんですか?」
「うん、歩いて20分くらいのトコかな」
「いいですね~。うらやましい。私たちさいはて中の方はな~んにもないから。あ、だから服買う時には、よく駅前とか行きますよ。商店街とか」
「その商店街からちょっと行ったところに、『シェ・コアラシ』ってケーキ屋さんがあってね。僕もそこに通ってるんだ。週一で」
「え、咲見さんとケーキ? なんか意外~」
「あの辺はスイーツ激戦区でね」
「はいはい。よくノスティモでも特集してますし。オシャレで美味しいお店がいっぱい♪」
「よかったら教えるよ。美味しいお店」
「それマ!? やっった! ぜひお願いします!! 私‥‥といちこで。ぜひ!」
桃山さんは手で口を押さえてケラケラ笑った。その度に彼女の、栗色のポニーテールが踊るように跳ねた。毛量が少ないから、滝のように下にすらりと落ちてる感じだ。
――――でもなんだろう?
この子となら何時間でもこうしてしゃべっていられる気がする。彼女の表情の向こうにチラ見えする、つやつやのポニーテールを眺めながらそう思ってたら。
浜さんが無言で戻ってきた。机の下で桃山さんが手招きしてる。浜さんを急かすように。角度的にこっちから見えちゃったよ。浜さんは無表情のままストン、と椅子に腰掛けた。
「いちこもほら、咲見さんに聞きたいことあったでしょ?」
目を逸らして固まったままの浜さんを見て、‥‥そういう事に鈍感な僕も、何となくわかってきた。
この桃山さんは「親友を応援したい女子」で、この浜一華さんは、事前研修の時に確か‥‥同じ班になった‥‥気がする。
う~ん。
僕がいつも学校でつるんでるのは、いわゆる「非モテ系」だからなあ、そして僕自身も。こういう時どうしたらいいかわからない。
まあ、そもそもこの予想も僕の妄想かもだし、友達に相談するにも――――男子いないしなあ。
「いちこぉ。訊きたいコトあるでしょおぉぉ」
温厚っぽい桃山さんが焦れだしてる。彼女にとっても親友の硬直ぶりは予想の斜め上なんだろうか?
「‥‥‥‥‥‥あ、さ‥‥咲見さんの家って、集中方式なんですか?」
さんざん親友に促されて言った、渚さんの第一声はこれだった。
「‥‥‥‥ちょ? ‥‥‥‥い‥‥!?」
桃山さんの顔からみるみる、血の気が引いていくのを観測する。
「ちょっ!! ア、アンタ何言ってんの! あ、いや、咲見さん。ごめんね。この子変なこと言って。あはははは。やだもう。あはははは」
コミュ力高めの桃山さんでも困ってしまってるね。
「ああ、大丈夫。えっとウチは確かにセントラル方式だよ。異母姉さんや同母妹達がガヤガヤしてて。でもまあ楽しいかな」
「ご‥‥‥ごめんなさい」
浜さんはすぐに頭を下げた。本当に申し訳なさそうにしてる。桃山さんの言う通り、確かにいい子なのかもしれない。
「ごめんなさい。咲見さん。ほんとにほんとに」
桃山さんにも謝られた。
重婚制度が始まってもうすぐ50年、まだ歴史が浅いのか、どの家でもやっぱりお嫁さん同士の距離感が微妙だったりする。でもプライベートだし、そういうの聞くのは良くない、って空気になってるんだよね。
ちなみに、「集合方式」は、4人の妻を一か所に集めて住んでること。それとは別に、奥さんを別々の家に住まわせて、父親がその家に通う「通い婚方式」もある。逢初さん家とか。
あと、その2つの複合型。そうなるには色々おのおので家庭の事情があるから、聞いちゃダメよってよく母親が言ってた。母親同士じゃあ、井戸端会議の絶好のネタなんだけどさ。
あと、セントラル方式って、ある程度父親にお金が無いとできないみたいで。
だから、浜さんの発言は、初対面の人にいきなり
「アンタ、金持ちなんだってな、いい家に住んでんだろ?」
って言っちまったニュアンスに近い。
そりゃあ桃山さんも慌てる。
「いやあ、どうなるんだろうね、僕の代には。親が隠居するなら今あるセントラルを貰うけど、新しく作る感じかな。でもひいおじいさんの家もあるしなあ。今時みんな80歳くらいまで余裕で働くじゃん?」
あらためて3人で雑談した。確かに浜さんは、慣れてくると普通に話す。
「さ、咲見さんは、やっぱりお嫁さんは4人なんですか?」
「こら、いちこ。その質問も踏みこみ過ぎ~~」
「うるさい、うたこ。さ、咲見さんがいいって言ってるし」
「あ、ぜんぜん大丈夫。でも、結婚かあ。正直この前まで小学生だった感覚だから、ヨメとか言われても、ねえ?」
「い、いえ。お言葉を返すようですが、18歳で結婚できます。あ、あと4年です。もう、運命の人と出逢っててもおかしくないです。はい」
「あっはは。いちこエンジンかかってきた。グイグイいちこ」
「あと4年かあ。正直運命の人とかってよくわからないんだよね」
「そ、そんなことないです。少子化対策省では若人のペアリングを促進する数々の制度があります。ま、まずはカノジョです」
「少子化対策省?」
「あー咲見さん。うたこは親が労務士なんで。ちょいちょいこういう話題を」
「あ~ね。男子としては、国からの『早く身を固めろ。そして男の子宝を』みたいな圧を感じるよ。でもさ、今こうやってそういうのを話題にして女子と話すのも初めてくらいでして」
「マジですか? やっぱり男の子は余裕ありますね。いいなあ。女子はもう売れ残る心配しかないですよ。はあ。競争率がヤバいですから。あはは。で、咲見さんのカノジョ候補、岸尾さんとか‥‥‥‥なんですか?」
と、桃山さんが聞いてきた。浜さんと目配せする。
「‥‥麻妃? アイツは幼馴染みだよ。兄弟より兄弟っぽいというか」
「じゃあ、逢初さんは?」
「逢初さん‥‥‥‥?」
僕の脳裏に、オレンジの照明に浮かぶセーラー服と白衣がよぎる。
「同中学で同じクラス、医務室でも一緒が多くて、赤ちゃんみたいにお世話されてるんですよね?」
「赤ちゃんみたいじゃね~し! お世話は不可抗力だよ。知ってると思うけど」
やっぱり、医務室でのあの数々の行為を、他の人が知ってるというのは恥ずかしい。できれば僕と逢初さんとの2人だけの秘密にして欲しかった。
あ、そういえば。
「逢初さんはね。なんか結婚とかしない予定って言ってたよ」
「ほ、本当ですか!?」
大声で答えたのは浜さんだった。
「うん。あの子は医者になるとかで、結婚せずに生きてくんだって」
「「ふ~~~ん」」
2人の女子は僕の目の前でぴったりシンクロしてから、笑いあっていた。
そろそろ時間だ。僕は席を立つ。
「あ、咲見さん」
桃山さんに呼びとめられた。2人は足をそろえて僕の前に立つと、せ~の、でこの台詞を言った。
「「あの、あらためて! ‥‥咲見さんのこと『暖斗くん』って呼んでもいいですか?」」
もちろん、僕はこう答える。
「うん。気軽にそう呼んでよ」
‥‥‥‥と、言ったところで、食堂中の視線が僕に集まっているのに気付いた。初島さん、来宮さん、泉さん、厨房から仲谷さんも顔を出して、僕を見てる。
浜さんが、にこっと笑った。ちょっとぎこちないけど、初めて見る、この子の笑顔。
そして、桃山さんとふたりで。
「「じゃあ、さっそく暖斗くん。赤ちゃんイジリして、いいですか?」」
良かねーよ。てかやめろし。
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