第124話 時代を拓くということ。⑥
「赤ちゃん、かわいい」
「あはは。そりゃそうよ」
「ほらこっち。エイ~ラちゃ~ん」
「あ、目元がオリシャさんに似てる」
「この子美人になるんじゃない?」
オリシャさんの愛娘を囲む女子たち。
僕がちょっと暴走したせいで、記者会見をピリつかせてしまったかもだけど。
今はすっかり和やかな雰囲気に変わっていた。
「どう? 愛依。医療人として、人を救うってどんな気持ち?」
愛依にそう訊いてみた。まあ‥‥訊いた僕も、何か特別な答えをもらおうと思ったわけじゃあないんだけど。
「‥‥そうね、医療人。‥‥やっぱり感慨深いとは思うわ。胸がこう、じわっと熱いもので満たされる感じ。‥‥でも‥‥一方で責任も感じるのよね‥‥‥‥」
彼女は最初ほほを赤らめてはにかんで、その後前を向いて遠いまなざしをした。
僕は、その横顔を美しい、と思う。
「うふふ」
でも最後に、楽しそうに笑ってくれた。
そんな、記者会見から一転。和やかな雰囲気の中で。
事件はまだ終わらなかった。
***
「‥‥‥‥てめぇ! 今なんつった!?」
それは、唐突に起こった。
コーラだ。彼女は赤ちゃんを愛でるラポルト女子を、その円の外から眺めていた。
「ほ~ん?」みたいな感じで。でも。
彼女が喰いついたのは、さっきの男性記者に、だった。
「‥‥別に。‥‥何も言っておらんが?」
「聞こえたぞ!?」
「やれやれ。なんのことやら」
「あ!? しらばっくれんなよ? アタシは耳がいいんだ」
それは間違いない。アマリアとかガンジス島の人たちは、ライドヒさんとかもだけど身体能力が高い。コーラはわいわい騒ぐ女子の輪の外にいたし、何か聞こえた可能性は高い。
「言っていたとして、どうすると言うのだ? いや、それより貴様、礼を知らんのか? 年上の本土の、しかも男性に対しての物言いじゃないだろう?」
「そっちが先に言ってきたんだろうが。アタシはケンカ売られたらキッチリ買うんだよ。それを言うってことは、アタシらにガチでケンカを売ったってことだろ!」
あ~この人、まだ絡んでくるんだ。確かにまだ不満そう、何か言いたげだった。
と、いうか。この手の人ってSNSとかでよく見かける気がする。
「まあ彼らは、自説を押すことを飯のタネにしている。そもそも言い争うことが目的で、生きているのかもしれないな」
とは、錦ヶ浦さんの述懐。
何を言ったか? は想像がつく。たぶん「異邦の娘」とか言ったんだろ? ガンジス島の人たちを、オリシャさんの娘さんを、同国人と認めてないんだ。
そういう人たちが、SNSで隠語みたいに使うのが「異邦の娘」。
たぶんだけど、自分に聞こえるくらいでうっかり口にしたのを、コーラの耳に拾われたんだ。
思いっきり、面倒くさそうにする記者の人。
「ただでさえ女性が多くて困っておるのに、女耳村を編入など正気の沙汰か? 紘国男性は正しく紘国女性と結ばれるべきなのに」
「そんなんアタシが知ったこっちゃない。それよりアンタ、こんな生まれたばかりの赤ん坊に、よくも毒吐いたな?」
一方コーラは怒っていた。かなり。
さっきからの僕と記者とのバトルも、彼女はずっと口出ししないで見てたんだ。それも蓄積されているような気がする。
「そもそも今回の戦争だって、ガンジス島を紘国に編入したのが元凶だ。緩衝地帯として残しておけば良かったものを。おかげで面倒を見る羽目になっておる」
「あぁ!? ハナシ逸らすなよ。オッサン」
「逸らしておらん。これが本道だ。ガンジス島戦役はどうにもおかしい。最新兵器を子供が操り、それをみすみす敵に晒して、守ったのが異邦人の赤子ひとりと妊婦ひとり。これでは到底、収支が合わんわ!」
「敵ボコしたんだからいいだろうがよっ!?」
近付くコーラ。睨み合う。
確かに、僕らがやったのは、普通の戦争とは言えないよ。ラポルトの「潜空艦能力」をあそこで披露したのも、正しかったのかはわからない。
正規の軍人さんがちゃんと操縦した中で、違うタイミングでこのカードを切ったのなら、もっと多くの敵を殲滅できたかもしれない。
ラポルトの能力は、確かにそんな初見殺しの性能だった。もう、「IF」だけど。
ただ、僕らはこんな大人がキライだ。
あの時あの場所で、オリシャさんとエイーラちゃんに手を差し伸べることが出来たのは僕らだけで。
迫る敵から守る力、装備を持っていたのが僕らだけ、だから戦った。
相談しあってみんなで決めて。僕たちは、人の心でそれを選択しただけだ。
そう。
人の心で。
「‥‥‥‥まあ終わってみて思うことは、ラポルトの『潜空艦能力』が、あまりにもチート過ぎたんだよな」
錦ヶ浦さんが頭を掻く。
「正規軍人が操艦して、いきなり一国の首都に攻撃もできたんだが、実際それやったら世界を支配できちまうだろうからな~~。流石に強すぎる。あの艦の能力のお披露目、世界デビューとしては『中学生の女の子たちが、なんかまあちょっとその』くらいがちょうどいい塩加減だったのかもな。あくまで結果からの逆算だけどもさ」
僕にやっと聞こえるくらいの独り言だ。
「『ふれあい体験乗艦』の運営、つまり軍首脳部はそこまで読んでたフシもある。俺ら紘国警護騎士団が首都で臨戦待機の状態だったのも。‥‥まあ、多国籍合従軍は殲滅できたし。‥‥あと‥‥‥‥『戦死者ゼロ』なんて破格のオマケもついてきたし、なぁ」
錦ヶ浦さんが、誰に向けて言ってるのかわからないことを、ブツブツ呟く一方で。
コーラと、あの記者オジサンは。
「娘、もしかして紘国語がわかるのか?」
「んだとてめぇ!」
まだ揉めていた。




