第17話 浜さんと桃山さん①
「宴」から一夜明けた8月3日、僕は早朝に退院していた。
退院と言っても医務室から、なんだけど。午前は軽いメニューの通常訓練をこなして、昼、食堂に向かうために、自室を出て3Fの廊下を歩いた。
戦艦ラポルトの3F、通称「男子階」には、僕ひとりしかいない。16人の乗員で、男が僕だけなんだから当たり前だけど。3Fはいつもガラ~ンとしていて寂しい。
「完全自動化AI戦艦」って銘打ってるとはいえ、僕ら16人は最低必要人員だ。本当に戦争とかをやるとすれば、パイロットとか整備班はもっと大人数で乗り込むしね。
一見大型客船みたいなこのラポルトも、けっこう客室――じゃなくて、乗組員の部屋は多いんだよね。
重力子回路のおかげで艦をいくら大きくしても、重さはゼロだしね。
あ、ちなみに、3Fのいくつかの空き部屋は、菜摘班が採って来た「アルファルファ」という植物をLED照明で育てて、植物工場にしてる。確か僕の初陣の時にも採ってたなあ。
艦のエンジンで電気は無限に作れるから、食べちゃってもまた摘んでくればここでたくさん増やせるよ。この野菜も僕らの貴重な栄養源として、旅に欠かせないものだね。
特に女子達は「生野菜摂りたい」って、よく言ってるし。そういえば、この雑草に水をやるのは僕の役目、「副任務」なんだよな。僕の。
‥‥あ、しまった。これ雑草って言ったら七道さんに怒られるんだっけ。
人気のない3Fから中央エレベーターで1Fに下りると、公共の施設が色々あって急に人の気配ばかりになる。いつもの医務室とか、食堂、大小会議室や訓練室。
僕は食堂に入っていった。
食堂はすっかり元通りの、殺風景な感じに戻っていた。僕は夕べは身体が動かないから片付けとかは手伝えなかったけれど、全員で動いて早々と終わったようだ。
自分の話が終わってから少し考え事をしてしまって、逢初さんに話しかけられてやっと我に返った。みんなの感想、とういうか、どんなリアクションだったか見るの忘れてたから、ちょっと気になるかな?
変に思われてなければいいけど。
何時もの様に食事をプレートでもらい、適当に空いている席に座った。今、「何時もの様に」って言ったけど、マジカルカレント後遺症で寝込んでる時も多いから、食堂でこうやってご飯を食べるのって意外に貴重なんだよな。
なんて思いながら、焼き魚を口に運んでいたら、背後から女の子の声。
「咲見さん、ココ座ってもいいですか?」
「えっと、君は‥‥‥‥」
話しかけてきたのは、黒い色の合服姿、ピンクのリボンで栗色の髪をポニーテールにした桃山さんだった。隣には、同じ塞ヶ瀬中の浜さんもいる。浜さんは、七道さん程じゃないけど、短めの髪で、桃山さんと違って白いブラウスに同じ黒のスカートをはいてる。
「え~と、塞ヶ瀬中のおふたりだね。あ、席? どうぞ」
僕は広げた自分の食器を手元に引き寄せる。まあ、もともと4人掛けの机だから、2人が来ても余裕なんだけど。桃山さんは僕のナナメ前に、浜さんは桃山さんに腕を掴まれながら僕の正面に座った。正直、ぼっち飯を回避できてうれしい気持ちと「ほぼ初対面の女子と何話したらいいんだろ?」が半々だ。
「あの、昨日の咲見さんのお話、なんですが」
一瞬3人で沈黙しそうになるのを、桃山さんの言葉が回避した。
「ありがとうございます。色々話していただいて」
桃山さんは上目づかいでこちらの表情を読みながら、控えめな感じでそう言った。僕はちょっとうれしくなった。
「いやあ、やっちまって親に諭される話だから、恥ずかしいんだけどね。えっと、桃山さん」
「あっ! うれしい。私の名前知っててくれたんですね‥‥‥えっと、暖斗くん‥‥っと。‥‥あ~~! やっぱダメ!」
桃山さんはそう言うが早いか机に笑い崩れた。
まだ、同級生の男子を君付けで呼ぶのは恥ずかしい、って感じだ。彼女は笑うと目が閉じたみたいになる。それに気付いたのと、その彼女が、さっきからしきりに隣の浜さんを肘で小突いているのを発見した。
「それと、浜さん、だよね。確か、主任務は『資材管理』」
昨日せっかく渚さんが、誰が誰かを解説してくれたから、あらためて旅のしおりに目を通しておいた。逢初さんのチート記憶力じゃないけど、今なら全員の顔とフルネーム、「主任務」くらいは言えるかな。
浜さんは、首をすくめて軽く会釈をして、視線を逸らした。浜さんの容姿は正直、これといった印象がない感じだ。「ああこれは、紅葉ヶ丘さんと同じコミュ障タイプかな?」なんて思ってたら、そんな彼女に桃山さんがフォローを入れる。
「すみません咲見さん。私たち『さいはて中』なものだから。この子、男子と話すの慣れてないんですよ」
あなたも「咲見さん」に戻ってるよ、とツッコもうかと思ったけど、それじゃあただの意地悪だな、と思ってやめた。
そっか。今の時点だとやっぱ「咲見さん」がまだ主流か‥‥。特にこの「さいはて中」の子たちとかはやっぱり。
そもそも、彼女達は昨日の僕の話を聞いて、「男子だってオレ様キャラばかりじゃないんだ」、と思ってこうして僕に話しかけてくれているんだろうから。徐々に、僕という人間と、僕の願いをわかってくれたらいい。
徐々にでいいんだ。
僕も桃山さんに質問する。
「塞ヶ瀬中って、本当に男子が居ないんだ」
「あ、さいはて中、でいいですよ。本当です。私たちが小学校の時には、クラスに男子がちらほら居たし、中学にも先輩男子がいたんです。でも、私達が入学する頃にはもう居なくて。同級生の男子も入学前に転校しちゃいました。ね。いちこ」
桃山さんは隣に座る浜さんをそう呼んだ。そうか、一華さんだから、いちこ、かな?
「‥‥‥‥うん」
やっと浜さんの声を聞いた。けどまだ固まったままだね。
「でも、昨日咲見さんの話を聞いて、2人してビックリしたんです。これなら、この人なら話しかけても大丈夫かな、怖くないかなって。咲見さんって変わってますよね。いや、いい意味で、ですけど」
しゃべらない浜さんの代わりに、桃山さんが場を持たせる。
「いやあ、長い話で悪いかなって思ったんだけど。ああいう事言わないと、メールの意味も分かってもらえないだろうな、と」
僕は頭をかく。
「‥‥‥‥正直、感動しましたよ。女子なんて余ってしまっていて、社会にも、親にすら望まれてないじゃないですか。でも、ああいうお話聞いたら、女子で生きていてもちょっといいことあるかなって、思えるじゃないですか。ね、いちこ」
桃山さんは少しうつむきながら、そう言ってくれた。彼女の顏を見たけど、本気でそう思ってくれている気がする。
「そこまで? コッチが悪いのを謝罪しただけの話だよ」
あんまり褒められるのもくすぐったいので、そう答えておく。
その、いちこ、浜一華さんは、トイレなのか、席を立ってしまった。
ホントに無口な子だなあ、と思ってたら、桃山さんが身を乗り出してきた。
え? と思っている間に、どんどん顔を近づけてくる。そこで気がついたけど、この子すごい整った顔だ。アイドル系、って感じかな?
小声で、耳元でささやかれた。満面の笑顔で彼女の目が閉じた様になっていて、やや作り笑顔みたいにも感じた。
「咲見さん」
「はい」
「ぶっちゃけ、あの子――――どうですか♡」
「え?」
スプーンを落としそうになった。
※「主任務」と「副任務」




