第二部 第41話 乙女Ⅱ①
浴室が温まってきたので、溜めていたお湯を止める。姫様休眠で【大魔力】水生成が出来ない今、水は貴重だよ。
愛依さんが言いだしたから、というぬっくんの「次のお嫁さん」ネタも、一段落かな。
「‥‥でもやっぱりぬっくんの婚前同居が終わってからかなぁ? お試し婚が始まってもいないのに、第二席のお話は、やっぱり早計というか」
「そうなんだけどね‥‥。なんで愛依が急に言いだしたのか‥‥」
その理由。私にはわかる。正確には我が親友まきっちの働きがあったからだけど。
愛依さんはまきっちを通じて、私がずっとずっと前からぬっくんのことが好きなのを把握していた。もっと厳密に言うと、彼女がぬっくんを好きになった時点、そして「ふれあい体験乗艦」が終わってみなと市での日常生活に戻った時点で、対象者を探していた。
対象者? 「ぬっくんのことを、愛依さんより前から好きだった女子」だよ。
一婚懸命、とも揶揄される紘国の結婚事情。愛依さんはぬっくんへの想いを胸に秘めながら、「ふれあい体験乗艦」で横入りしたような後ろめたさを感じていた。
「わたしが体験乗艦で知り合う前から、彼のことを想っていた女の子はいたのでは?」と。
そして、イベントで「医者」と「患者」になる経緯、その偶然が無ければ、いまだにわたしとぬっくんは接点が無かったのでは? と考えていた。
だから、それとなく学年やクラスで、そういう女子がいるかアンテナ張ってみたり、まきっちに相談したりしていた、らしい。
彼女にとっては、どことなく罪悪感があったんだよ。「突然横から来てかっさらった」なんて陰口言う子、絶対いるから。
まきっちは当然、私の名を挙げた。そうしてくれた。
彼女、愛依さんは私のキモチと経緯を知って、だいぶ引け目を感じたらしい。ただ、そこはそれ。まきっちは同時に愛依さんを励ました。「愛依が気にすんな。それはぬっくんが選ぶことだゼ☆」
私はこの時点で、親友に救われた。
愛依さんが私を気にして身を引いたりしたら、今度は私が気に病む番だったかも、だから。
だから今、愛依さんや我が親友に心からの感謝を胸に、私はこう答える。
「それは、愛依さんのキモチ、私わかる気がする」
「なに?」
「愛依さんはね、自分さえ幸せになれればいい、って考えない。ぬっくんの他の、未来のお嫁さん全員の幸せを考えてる。彼女は本当にいい娘だよ」
ぬっくんは無言で、「うん」の仕草をする。
「その上で、ぬっくんは愛依さんにちゃんと向きあってあげて欲しいよ。そうやって、婚前同居をちゃんとやり遂げてあげて」
「はは。わかった。‥‥‥‥まずは婚前同居だね」
「うん。がんばって」
それでもぬっくんは、ちょっと複雑な表情をしてたよ。晴れない、というか。
たぶんぬっくんには、やっぱり重婚って制度は向いていないのかもね。時代劇でも、お家のために奥さんを何人も持つ描写があるけど、紘国の重婚は「男子の出生数確保のため、4人と婚姻するのが必須(あくまで風潮として、だけど)」っていう一種の「縛りゲーム」だもんね‥‥‥‥。
愛する人と1 on 1でラブラブになれない私たち女子も悲劇だけど、彼みたいな誠実な男性にも、影を落とす‥‥‥‥!
「はあ。二人目のこと考えただけで気が重いのに、さらに三人目、四人目も探さなきゃなんだよなぁ。‥‥はぁ‥‥」
ぬっくんは、まだ何か言いたそうだった。
「大丈夫。ぬっくんならそんなに気に病まなくても、いい娘が見つかるよ?」
「そうかな~」
「そうよ。そのくらい真剣に重婚について考えてくれる人なら、女子は感動するもん。『色んなオンナ囲えるんだ。ラッキ~♪』みたいな人多いんだから」
「そういうのはナイなぁ」
「でしょ?」
「まだ見ぬ将来のヨメか。‥‥実は‥‥もう知り合ってたりして」
「ふふ。案外そうかもね」
浴室のもくもくは少し収まってきていた。私はぬっくんとじっと見つめ合いながら、お互い静かにうなずきあった。
***
「痛てて」
ぬっくんが一回、座っていた場所から腰を浮かす。
「お風呂のヘリだもん。お尻痛くなっちゃうね」
「そろそろ誰か来ないかなあ」
「さすがにまきっちとか、気づくと思うんだけど」
異世界には時計がない、とはいえお風呂に閉じ込められることになって、まあまあの時間が流れたハズだよ。そもそもタコの魔物の下処理のためなんだから、春さんあたりがそろそろ来るのでは?
なんて言っていると、来るんだよね。やっぱり。
「‥‥お手を煩わせて申し訳ございません」
「‥‥いいえ。‥‥私にできることでしたら、何なりと」
あ、春さんやっと来た~、と思ったら。
異国の装束の女の子。白地に朱色の文様の布が、何枚も重ねられた不思議な服。
それを、黒髪ショートの女の子がまとっていて。‥‥同年代? あ、彼女は!
「ああやっぱり。皆で『見かけないね?』と声をかけだしたところだったのです。やはりここでしたか?」
浴室に春さんが入ってきた。その後に、その異国の装束の女性も。
白と赤の民族衣装。ひらひらした布を何枚も垂らして、下に黒いぴったり目の服を着込んでいるよ。‥‥‥‥あ、おへそ出してる。
「はじめまして。勇者殿。それに、お隣の貴女は聖女候補の」
ん? 聖女?
「私は、海の向こうの国、グラロス朝のアーフィリアと申します。今回、この古代兵器が復活すると聞いて、カミヒラマ国との軍事協定を結ぶべく父の名代として参りし者です」
簡潔な説明をどうも、と言いたいけど、情報量多くない?
「ああ、このアーフィリア姫は、このラポルトを既にご存じです。高く評価して下さっていて、今回食料や備品の補給を申し出て下さり、基地提供をして頂くのです」
情報増えた。
でも、それ以上に重要な情報がある。それは、私のとなりでずっと固まっている‥‥‥‥。
ぬっくん。
もはや、さっきの私の話、「ぬっくんの第二席どうしよう?問題」なんか吹っ飛ぶくらいの事態だよ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥君が、なんでここに?」
「なんで、と仰られましても。先ほど申し上げました通り、グラロス国王、私の父の名代でここに参りました次第で‥‥」
「いや、だからなんで君がここに?」
ぬっくんは思考停止していた。無理もないよ。
私もびっくりしたもん。直接の面識はないけど、顔と名前は知ってる。まきっちから話は聞いてるし。
ラポルト16の旅路。救国の英雄とまで言われた16人のひと夏の戦記。
その物語には、途中から参加する、ふたりの少女戦士がいる。
「コーラ、君はコーラだろ?」
ぬっくんの問いかけに、褐色の肌の少女は、上品に笑ってちょん、とスカートの裾をつまみ上げた。貴族の挨拶だよ。
そして「コーラ」と呼ばれた彼女は、私たちがよく知る「アマリア村の武娘」に瓜二つだった。
「そう。私の名前は」
「コーラ=アーフィリア=グラロス=サニーサ。グラロス朝の第一王女でございます」
「どうかお見知りおきを。勇者様」
※ ベビアサ最終話につながる重要人物、満を持して登場。




