第二部 第40話 誠実な卑怯者Ⅰ と負けたヒロインが負けない世界線②
湯気がもくもく。戦艦のお風呂。
浴槽のへりに腰かけているぬっくんは。
「あ、愛依がこのことを切り出してきたのは、重要だけど重要じゃないんだ。要は僕がどうするか? どうしたいか? ってこと。紘国では重婚の同調圧力とうか、結局そうしなきゃ収まらないもんね」
将来の、未来のお嫁さんのお話をしている。
「僕はいまから、ちょっと卑怯なことを言うね? あ、ちょっと、どころじゃないかな?」
そんな、変わった前置きをして、彼は語りだしたよ。
「えっとさ、『ほら穴理論』って本があるんだ。人間の本質はどうとか、色々考察してる本。それに書いてあったんだ。オスって生き物は、色んなタイプのメスと番いになって、色んなタイプの子孫を残したいんだって。そのほうが生き残る確率が上がるから。例えば戦士タイプでも、魔法使いタイプでも、僧侶タイプでも」
その本知ってる。題名だけは。
愛依さんが、「ふれあい体験乗艦」に艦外持込品として持参した本、だよね。
「たとえテロが起きても、大恐慌が起きても、大津波が来ても。未知の伝染病が来たり戦争が起きても。子孫の誰かしらが生き残れるようにしたいんだって」
確か。オスってそうなんだよね。保健体育の先生(女性)が「オトコは‥‥」って、ため息まじりに言ってた記憶。
私たち女性は、その事実を知りつつも、受け入れたくない感情があるよ。
ぬっくんの瞳は澄んでいて、まっすぐに私を見ていてくれている。
「だから僕は、言い訳せずに卑怯なことを言うと、たぶん色んな人と色んな子供を作りたいんだと思う。‥‥‥‥ああ、『たぶん』とか『思う』とかって言い方がもう卑怯か。はは」
彼はこんなことを言っているけど、不思議と悪い感じはしなかった。‥‥たぶん、私がぬっくんの瞳を見ていたからだと思う。誠実さを感じていたからだと思う。
私ってチョロいのかな? ぬっくんにはどう思われてる?
「この、『重婚』が許される、というかそうせざるを得ない僕らの国で、お嫁さんを何人も探さなければいけない、結局そうしなければならないんだったら、僕は、その‥‥気心の知れた子に‥‥側にいて欲しい。‥‥‥‥ああ、『結局そうしなければ』って言い方も、その子に失礼だし卑怯な言い方だね」
彼は、「卑怯」という言葉を何度も使った。
「もし僕が重婚するとして。‥‥第二席とかの子には‥‥申し訳ない気持ちがある」
私は、喉をごくんと上下させる。
順番は気にしていない。私がぬっくんと逢うのが恐くなって、逃げてたのが原因だから。その間に、他の誰かとの出逢いが先になってしまった。それだけ。
それは、それは私のせい。
まきっちにもさんざん怒られて、それでも逃げ続けた私の真実。
「‥‥ひめちゃんは‥‥いつも自分より相手のことを気にしてしまうよね。‥‥でも、‥‥僕はそんなひめちゃんを‥‥嫌いじゃないんだよな‥‥。あらためて再会して感じたよ」
ぬっくんは、ぽりぽりと頬を搔いていた。
このあたりで勘が確信に変わったよ。このぬっくんの、奥歯に物が挟まったような、ちぐはぐなもの言い。
これは‥‥‥‥愛依さんに、医務室で何か言われてきてるよ、ね?
そう。もし究極の純愛をうたうのなら、お嫁さんはひとりにしておけばいい。
それを貫いた愛依さんのご先祖様みたいに。
女の子に唯一の愛を囁いておきながら、しれっと第二席を娶るのは詭弁だよ。
でも、その前提、つまり重婚はやむを得ないという前提で、でも、心からの誠意を持ってくれているとしたら? 彼が、真摯に重婚に向きあってくれているとしたら?
愛してくれる、というのなら?
答えを出せるのかな? 私。
なんてね。
「ぬっくん。‥‥いえ。咲見暖斗くん‥‥! ‥‥私はね、ぬっくんが重婚してもぜんぜんオッケーだよ。だってぬっくんは誠実で優しいから、お嫁さんが何人になっても、ちゃんと全員幸せにしてくれるって感じるから」
「う、ああ、そう? あ~~ダメだな。変な汗が出てきた‥‥。ごめん、変な話をして。‥‥やっぱり僕は卑怯者なんだ。‥‥こんな言い方でよく伝わったね。というかこんな話題でしどろもどろになってしまうのが、僕なんだな~」
申し訳なさそうに、苦笑。
「‥‥‥‥ううん。そんなことないよ。私は、ぬっくんとお話ができて。‥‥こういう‥‥ぬっくんの本心を見せてくれるようなお話ができて、‥‥‥‥うれしい」
しどろもどろ、なのは確かにそうだったね。でも私にはぬっくんの言いたいことがよくわかったよ。そして、私にわざわざこんな話題を振ってくれた目的も、それを促した黒幕さんの意図も。うふふ。
私、やっぱり、ぬっくんと一緒にいたい。
その気持ちは微塵も動かなかったよ。
私ってやっぱりチョロいのかな?
他の人のご意見を是非、お伺いしたいところだよ。
異世界にネット環境無いもんね。感想欄とかSNSもムリかなぁ。
「何言ってるの? ぬっくんは全然、卑怯とかじゃないよ!」
その後もまだ少し、雑談みたいな感じでその話題を続けていたよ。
「そうかなあ。いざ言葉にすると、逃げ、っていうか、予防線ばっか張った言い方しかしてなくて」
「話題が話題だもんね。ぬっくんは優しいから、誰か傷つけないように、遠回しな言い方になってるんだよ」
「そうかなあ。誰かというより、僕自身が傷つかないように、じゃない?」
「もう。私がいいって言ってるんだからいいじゃん!」
「なんかひめちゃんにフォローされて怒られてる‥‥‥‥あべこべだね‥‥」
ぬっくんはけらけら笑い出した。私もつられる。
湯舟のお湯がもくもくする中、ふたりで笑いあったよ。
「ぬっくん」
「うん」
「愛依さんって本当にできた女性ね。ちゃんとぬっくんのことをあれこれ考えて、第二席のことを自分から切り出すなんて」
重婚を進めるステップには色々ある。
第一席の子が、「変な人が来ちゃうのはイヤだな」と思えば、それとなく自分の知り合いをだんな様に紹介したりもする。
男性優位な紘国だけど、オラオラ系ばかりじゃないし、重婚自体の歴史も短い。ぬっくんみたいに重婚に消極的な男の人には、親戚や周りの女性が世話を焼くケースもあるよ。
でも。
私たちは故郷の世界を離れ、剣と魔法の異世界に来ている。その状態で、紘国の話?
どうして今、こんなタイミングで? 愛依さんどうして? なぜなぜな~に?
(べびたんは、たとえお嫁さんがひとり増えてもふたり増えても、全員に誠実に向き合ってくれる。全員の幸せを願ってくれる。それを、わたしは、信じられるから。そうでしょう? ひめさん)
(それに、‥‥‥‥やっぱり第二席以降の女の子。どうせなら仲良くなれる子がいいよね? 家族になるんだもん。‥‥だから‥‥ひめさん‥‥‥‥)
ん? 今誰かの声が聞こえた気がした‥‥。「べびたん」って何? 誰?




