第二部 第40話 誠実な卑怯者Ⅰ と負けたヒロインが負けない世界線①
「ね、ぬっくん」
「何?」
「ぬっくんは、愛依さんと結婚するんでしょ?」
空中戦艦ラポルト、その居住区の2F。
お風呂の浴室に閉じ込められた私たち。肌寒さを感じた私たちは、浴槽にお湯を張るべく、給湯口のコックをひねった。
じゃばじゃばと勢いよく落ちたお湯の柱が、浴槽の底に当たって、水しぶきを作っていた。
「‥‥‥‥うん」
彼はゆっくりと、でも覚悟を持った顔で頷いたよ。男の子の顔だった。
「まあ、婚前同居やるからその予定だけど、正直どうだろう? 僕と愛依でやってけるのか、試してみるのがそもそもの婚前同居だし」
ぬっくんは浴槽のへりに腰かけて、私をじっと見た。
「上手くいくよ。きっと」
「そう? かなぁ」
「だって愛依さん、私から見てもいい娘だよ。ぬっくんは優しいし。そのふたりの組み合わせ。失敗するワケないよ」
「そうだといいんだけどね。実際、結婚不成立だと悪目立ちするし、経歴的に愛依が可哀想なことになるしね」
ぬっくんは、体をこちらに向けた。
「でも急に。な、なんでこんなこと言うの? ひめちゃん」
「えっとね‥‥‥‥」
実は大した理由は無かったりする。何となく頭に浮かんで、訊きたくなったから。
まあ、いつか訊いてみたいとは思ってて、タイミングを探してたんだよね。それが今かな? って。
ラポルトのお風呂にぬっくんとふたりきり。閉じ込められて手持ち無沙汰だったから。ヒマだったから。‥‥‥‥じゃ、ダメかな?
「ぬっくんあの時さ、誰よりも早く愛依さんに気づいてたじゃん?」
「あの時?」
「ミナトウ村が襲われた時。愛依さんが【創造妊娠】発動する直前」
「ああ、あの時か」
村に入り込んだ盗賊に捕まって、絶体絶命。左右から腕を掴まれて、気を失ったハズのエイリア姫が、突然しゃべり出した時だよ。
そりゃ、後から冷静に思い出してセリフ分析すれば「あれ? 姫様っぽくないな?」って気づくかも。でもあの時は大、大、大ピンチで、みんな極限状態だったから。
「いや、僕もテンパってたよ? 何とかしなきゃって必死だったからね。無意識につぶやいてた感じだよ。‥‥‥‥でもまあ。何か雰囲気が違ったんだよね、あの時。そう感じたから、無意識に愛依の名前をつぶやいたんだと思う」
予想はしてた答えだったよ。覚悟はしてた。でも、私の胸の奥が静かに灼けた。この話題、やっぱり聞くんじゃなかったと、自分で振っておきながら悔いた。
「でもやっぱりね。やっぱりだよ。ぬっくんと愛依さんがベストカップルだから、愛依さんの覚醒に気づけたんだよ。さすがぬっくん。いやあ、スゴイよね~」
胸の奥の痛みを紛らわすために、今日の私はよくしゃべった。
「どう? 久しぶりに逢った愛依さんは。あ、エイリア姫と住んでたから、あんまり感慨とか無かった? それともやっぱり違う?」
「えっとね。エイリア姫は冷静に考えれば完全に他人だからさ。お姫様だしけっこう気を使ったよ。うっかり愛依のつもりで肩叩いたりできないし。姫は『気にしませんよ。だって私が愛依さんの身体を借りている身分なのですから』って言ってくれてたけど、さ」
「姫様、謙虚~~」
「だからさ、愛依が覚醒してくれて少し気が楽になった、ってのが正直なところ」
「それだけ? せっかく愛依さんとの再会なのに。もっと感激してもいいんだよ?」
今日の私はナゼか、本当に舌がよく動く。調子よくしゃべりながら、座るぬっくんのまわりを、私はくるくると動いていた。
張ったお湯の水面が少し上がって、給水のお湯もゴポゴポ言いだして、湯気も濃くなってきていた。
俯くぬっくんのおとがいが、少しぼやけて見えてきていた。
「ひめちゃん」
「何?」
「愛依が言い出したんだ。さっき、医務室で元の身体に戻った時に」
愛依さんが? 私のこと?
「あのさ、ひめちゃんはこんな話題、イヤだと感じるかも、なんだけど‥‥」
なぜなぜな~に? ぬっくんのことで、私がイヤなことって、たぶん探すほうがむずかしいよ。
「愛依にさっきさ、医務室で『暖斗くんは将来、第二席はどうするの?』って訊かれたんだよ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ハ?」
室内には、勢いよく注がれるお湯の音だけが響いていたよ。
「そ、それって‥‥‥‥え? ええ!?」
「うん。まだ第一枠と結婚もしてないのに、だよね。でもほら、男は結局、何人かと結婚しなくちゃだし」
は、は、話が見えてきた。こ、これは‥‥!!
「びっくりしたよ。愛依から言ってきたんだもん。正直、婚前同居もこれからだってのに」
ぬっくんの結婚相手、第二席の話!!!!
私たちの国、紘国は男子の出生比率が低い。サジタウイルスのせいっぽいけど、結局原因はよくわからない。とにかく、男子は貴重で希少。
だから、やむなくだけど重婚制度がある。それをしないと男子の数を維持できない、国の存亡をかけた国策。
そして、最初のお嫁さんと結婚したら、もう次の人とそろそろ出会っておかないと。そうしないと実際問題として回らない。
紘国式の重婚の間隔の平均年数。だいたい4年ごとに結婚してく、次方式。
新婚ほやほやでなに言ってるの!? っていうのは一夫一妻制の時代の名残りだよね。私たちは重婚第三世代だから、ひいおばあちゃんの昔話でしかソレを知らないよ。
一夫一妻制がうらやましいか? と訊かれれば、少し考えるよ。だって一番好きな人同士が結ばれて、ずっとふたりで生きていくのは確かに理想だから。
でも、感情を一回抜きにして、よく考えてみて? 男子ひとりに女子6人が生まれるこの世界で。
好きな人の一番になれなかったらどう? まさにこの私とか。
愛依さんがぬっくんの第一席になって、それで終わり。もう私がぬっくんと結婚云々で絡む可能性がゼロになって。
私はきっと闇落ちして(笑)、万が一愛依さんが離婚するのを祈るだけ。まあそれでシングルになったぬっくんが、私を選んでくれるかどうかは、闇落ちした私は思い至らない(笑)。
そんなヤバい人になるくらいだったら、重婚制度であと三席あるほうがありがたい。ワンチャンあるもんね。うん、消去法だってのは認めるよ。
あくまで、紘国の現実を生きる女の子の、私たちの価値観だよ。
あなたは、あきらめることが、忘れることができますか?
最愛の彼の、たとえナンバーワンの愛でなくとも。
得られる愛は、愛。
(紘国、少子化対策省の今期のキャッチフレーズ。民間募集)
この異世界では、庶民のみなさんは一夫一妻制だった。まあ男女が同出生率で生まれてくる男女同比率社会だから当たり前なのかな。
でも、この国の王族貴族や一部の裕福な人は、第二席やそれ以降を持つこともあるんだって。「側室」とか「おめかけさん」と言うらしい。確か紘国でも、古い時代には普通にあった制度? だとか。
でもじゃあ逆にどうするの? 私がぬっくんの一番になるのがもう無理のこの状況で、どうするの?
諦めるの? 諦められるの? 今さら他の男の人を好きになるの?
で、よくわかんないその人と恋人になって、よくわかんないその人と恋人みたいなことするの?
無理!! ぜったりムリ!! やだ! 私はぬっくん以外とはいや!!
だから、ぬっくんが愛依さんと婚前同居の末に結婚しても、もし第二席以降のお話があるのなら。そんな【夢のような °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°】お話があるのなら。
覚悟を決めていた。
私は迷わず飛び込むつもりでいた。
だって!!
ぬっくんと結婚できるんだよ!?!? 公式にっ!
一夫一妻制だったらゼッタイ無理だったのに。
すごくない!?




