第二部 第39話 異世界は空中戦艦とともに。⑨
「ひぇっ!? 魔物!? 魔物っ!?」
「ひめちゃん!!」
私は抜刀する。‥‥けど、すぐにそれを後悔した。
ラポルトのお風呂は大きい。3人分の洗い場に3人入れる浴槽。その湯舟にタコ魔物が入っている。でも、ここでブロードソードを振りまわす戦いはできない。そこまで広くないし、隣のぬっくんに当たりそうで。
ぬっくん丸腰だよ。魔法戦闘に切り替える。
「ひめちゃん!」
「うん!」
剣を構えた私が前に出て、タコ魔物の足攻撃をしのぐ。飛ぶように迫るタコ足!
それをブロードソードでいなすその間に、ぬっくんの魔法の準備が終わっていた。
「【ライトニングボール】!」
「ガアァ!」
バレーボール大の光弾は、タコの濡れた表皮で霧散した。
「効かない!?」
「でも戦艦内だよ。フルパワーだと設備が‥‥」
「‥‥‥‥!」
「ぬっくん?」
「ひめちゃん! 【ウオーターシャワー】だ!」
「え!? それって攻撃魔法じゃないよ!? 水出すだけのヤツだよ?」
「いいんだ。頼む」
ぬっくんにこう言われたら拒否れない。そう、きっとアレだよ。少年マンガとかである、一見ダメっぽいアイデアだけど、逆転勝利するヤツ!
とはいえ【ウオーターシャワー】はただジョウロみたいに、ざああって水を出す「水やり」魔法。攻撃力はないんだけど‥‥?
ぬっくんの牽制の【ライトニングボール】とともに、私も【ウオーターシャワー】を発動させる。その私の両肩に、ぬっくんのあったかい手が乗っかった。
「うひゃ!」
心臓が跳ねるけど、なんとかそのまま魔法を打ち出した。これは最近よく使ってる。狙いは外さないよ。
「えっ!?」
私の手のひらから生まれた幾すじもの水流は、細い針のようにタコさん魔物を貫いていたよ。
「よしっ!」
「グギャアァァ!!」
自分の両手を見ながら、自身ありげな笑みのぬっくんに目を移すと同時に。
タコさんは哀れ、光に包まれて魔石になった。張った湯舟にジャポン! と落ちる。
この魔物、実は春さんが手配した食材だった。魔物名は「ノイクタポディ」。
後でわかったよ。小型のタコの魔物で、姫様の次元収納に入れてたらしい。厨房の水場で処理できなかったので、お風呂のお湯に浸けて洗浄灰汁抜きをしていた、と。
大して強くないし、お風呂場に誰も来ないから大丈夫だろう、と。
「‥‥‥‥」
なんで、こんな後日の話をしているのかというと。
「‥‥‥‥開かないね?」
「うん。何か外から仕掛けがしてあるとしか」
このお風呂場で今現在、問題が起こっているからだよ。
「なんで浴室の扉が開かないの? 引き戸なのに」
「僕の力でも無理だ。ガタつきもしないんだよ? これ、建付けとか鍵とかじゃなくて」
「施錠の呪文!?」
ぬっくんとお風呂場でふたりきり。状況を整理してみたよ。
まず、春さんがここのお風呂にお湯を張って、魔物を浸けた。
そして安全のために、浴槽側から更衣室へと出て来れないように、更衣室側から魔法をかけた。
たぶん、私たちがミナトウ村で見た、姫様の戸締りの魔法のたぐいだよ。
それは、入るのには制限は無いけど、出る時にはドアが開かなくなる。
ミナトウ村の家々に、盗賊が押し入るのを防いだ魔法。その時は今と逆の向き、入るのに制限があって、出るのは自由だったよ。
つまり、どういうことか? というと。
私たちは、お風呂に閉じ込められたのです。
私たちはこのお風呂場から出れない。春さんが外から魔法を解いてくれるまで。
ちなみにお風呂からの連絡手段はないよ。スマホないし、固定電話は更衣室まで行かないとだし。
「‥‥‥‥女子風呂に閉じ込められるとか‥‥ぐぐ‥‥また同級生に言えない黒歴史が‥‥」
ぬっくんの苦悩はちょっとわかる。うん、気まずいよね?
「お湯はどうする? 捨てちゃう?」
「そうだね。魔物が入ってた湯だしね」
「‥‥‥‥。お湯捨てるとなんか」
「急に肌寒くなったね」
「どうする? 暖房がわりにお湯張りなおそうか?」
「あ、じゃあ私お風呂掃除する!」
「そんなことするんだ。ひめちゃん」
「するわよぅ! ぬっくん私のことどう見てるの?」
「いや、芸能活動とかで忙しいのかと」
「忙しいけど、家ではお手伝いしてるよ? 花嫁修業。料理とかもできるんだから!」
「ええ? 意外だなあ。だって小学校以来逢ってなかったからさ。きっとモデルの仕事で忙しいんだと思ってた。僕のバイト先にも来ないし。麻妃からさ、ひめちゃんの様子はたまに聞いてたんだよ?」
うん。知ってる。まきっちが敢えてそうしてくれてたから。そうだね。もうちゃんと伝えたほうがいいよね? 私がぬっくんに連絡できなくなっちゃったキッカケの事案。
「‥‥‥‥行ったんだよ。中一の5月くらいに」
「えっ!? 僕がバイト始めたころじゃん!? 来てたんだ」
「でもごめん。ぬっくんずっと奥のケーキ作るところから出て来なくて。私が来たのに気づいて欲しくて、お店でずっと粘ってたの。そしたら店員さんに『お決まりですか?』って訊かれて。‥‥私‥‥恥ずかしくなって『シュークリーム2個ください』って言って出てきちゃって。‥‥‥‥それ以来‥‥‥‥行ってない」
「え? そんなことが。麻妃のヤツ、教えてくれればいいのに」
「まきっち責めないで。私が口止めしたの。ぬっくんに逢‥‥働いてるトコ見たくて、ずっとお店をうろうろしてたから。私が悪いの」
「そっか。ごめんね。僕もひめちゃん来てたのに気づかなくて」
幼かったから、って言い訳はしたくない。
けど、あの日、私はどこか悟ってしまった。私には不思議な自身があった。
「ぬっくんはお店に来た私を、気づいて見つけてくれる。だって‥‥‥‥」
あなたが私の運命の人なら、赤い糸で結ばれているのなら。
私が視線を送れば、通じるはず。だって私とぬっくんなら。
顔が自然とこちらを向くはず。振り向いてくれるはずよ。
‥‥‥‥と。
恋愛脳の夢想だ、って片付けて欲しくない。
でもあの日、やっぱり私は悟ってしまった。ぬっくんはお店で不審な動きをする私に一切気づかず、ただ、ただ純粋にケーキを作ることに没頭してた。
とっても素敵な、真剣な顔で。
それでわかっちゃったんだ。思っちゃったんだ。何となく。
「ぬっくんに選ばれるのは、私じゃない」って。
「この人は私を、一番に選んではくれない」って。
だから私は逃げたよ。‥‥‥‥いいえ。逢う勇気をどこかに落としてしまった。
あなたへの断ち切れぬ思いに身を焼かれながら、ただ月日が過ぎた。
かけがえのない、中学生という青春の日々が。
その間に、私はモデルになって、彼はお国の英雄になっていた。
ためらうのにも、もう飽きた。仕事がら舞台度胸は少しついた。
だから、私はもう一度、彼の前に立つことに決めた。
ぬっくんが「最愛の人」を選んだ後だった、けれども。
浴槽を洗って、お湯を張りなおす。じゃばじゃばと蛇口からほとばしる飛沫と、まだ少ない水面に指を遊ばせながら。
「‥‥ねえ。ぬっくん」
「ん?」
私は意を決した。生唾をのむ。
「愛依さんと、結婚するんでしょ?」
※第一部「ふれあい体験乗艦」の時には名前しか出て来なかったひめちゃん。
彼女の幸せの行方は?




