第二部 第39話 異世界は空中戦艦とともに。⑧
戦艦ラポルトの居住区4F、そのトイレ付近の廊下でばったり会った桃山さん。
今からトイレ掃除に向かう、という。
「前にお風呂で会ったよね。あの旅の間も、桃山さんはずっとこういう仕事をちゃんとしてくれてた。僕は知ってるよ。感謝してるよ」
とは、ぬっくんの弁。
そう。桃山さんは戦艦ラポルトの「そうじ大臣」。全長550メートルの超巨大戦艦は、だいたいは清掃用ロボットが清潔さを保っている。
けど、どうしても人の手でやる箇所がある。トイレとかお風呂とか。
で、そこで彼女の出番。桃山さんの主任務は「庶務/艦内清掃」。あとそのお掃除ロボットの維持管理もだね。ぬっくんにもまきっちにも聞いたけど、そういうあまり人がやりたがらない仕事を、細かい気配りができる彼女は誠実にこなしていたみたい。
「ふふ。ありがとう暖斗くん。リップサービスでもそう言ってもらえると、やる気が出るよ」
「そんなんじゃないってば」
「あ、3Fはもう見廻り終わった?」
「最初に見て廻った」
「2Fは?」
「‥‥‥‥。行ってない」
「え? 大丈夫よ? まだ誰も部屋を使ってないし、本当に魔物がいたら困るし。あと姫の沢さんがいるじゃない? 男子ひとりだと行きにくいかもだけど、女の子と同行なら誰も文句言ったりしないってば」
「でも2Fは女子階だし、やっぱそういうのは春さんとかに頼もうかと」
「あ~~。やっぱそういうの気にしちゃうか~~。‥‥そうか。‥‥そうよね‥‥‥‥でも」
彼女は首を傾げた。ポニーテールが遅れて揺れる。
「一緒に旅した仲間じゃない、暖斗くん。みんなもうあなたのこと信用してるのよ。ね? そうでしょ姫の沢さん?」
不意を突かれた。急に話を振られて戸惑ったよ。
「え? 私は‥‥‥‥えっと」
「ちゃんとお風呂も確認してね? 魔物が潜んでいたら大変なことになるから。あはは」
「じょ、女子風呂? ムリムリ! そんなのムリだよ! 後でバレて『キモイ』とか言われたくないよ!」
ぬっくんは手をぶんぶん振って身体全体で拒否をする。桃山さんは、少し意味あり気に口角を右だけ上げた。
「大丈夫よ。まだ誰も使ってないし、2Fも3Fも同じ作りだから。それに姫の沢さんも証人になるし。ヘンなコトはしないでしょ?」
「しないよっ!? ‥‥てか、桃山さん3Fのお風呂、使ったことあるの?」
「さ~あぁ、どうでしょ?」
「えぇ‥‥? あ、違う! 掃除してたからだ。逢ったじゃんお風呂で!」
「どうでしょ?」
「紛らわしいよ!」
「あはは」
彼女は、去り際に私の肩を叩いた。「がんばってね」と、そう言っていた。あの目が横一文字になる人の良さそうな笑顔の後の、女子にだけ通じる視線で。
まるで、私のためにぬっくんとの「ふたりきりドキドキイベント」を紡いだみたいに。
私の恋を応援してくれるの?
でも。
私の心はざわざわしていたよ。女の直感。
彼女はデータ上でも、乗艦前の性格診断で「ぬっくんと一番相性がいい」女子なんだよね。
それは「ラポルト乗艦の女子15人の中」だけじゃなくって、みなと市がある はたやま県、近隣の とうみ県、ゆづ県の人口「350万人の中」で、トップを取るくらいの数値なんだって。
今、あらためてふたりで艦内を廻ってぬっくんが、ラポルト女子のみんなと話す姿を見たよ。
その中で、ある意味まきっちよりも心の距離が近いと感じたのが彼女、桃山さんだった。
もう2Fに着いた。やっぱりエレベーターの動きが速い。
‥‥‥‥いいえ。単に私が考え事をしてたから、だからなのかな?
私とぬっくんの相性は? うう。私も性格診断は受けてるけど、知りたくないよ。
恐いもん。
「じゃあまあ、見廻りはしよう。一応。ひめちゃん、頼むよ」
しぶしぶぬっくんは、通路を歩き始めた。
お風呂を抜け、トイレと給湯室を抜け、個人部屋のエリアに。
「ね? 表札とかないけど、誰がどこの部屋だったかわかる?」
「知らないよ。でも同じ中学でだいたい固まってたって」
「知ってるじゃん」
「麻妃が」
「そっか」
口数少なくすたすた歩くぬっくん。やがて通路が行き止まりになったので、もと来た中央エレベーターへと引き返す。
行き止まりだった、というのは不正確だね。この超巨大戦艦ラポルトは、大規模作戦のためにものすごいたくさんの人を収容できる。パイロットとか整備の人を。AI自動運転で中学生16人で運航できてしまうんだけど、それは最少人数のハナシ。
だから中央エレベーターだけじゃなくて、本当はいくつもエレベーターがあって、個人部屋も無数にある。――ただ、「ふれあい体験乗艦」では16人くらいしか乗らないから、他のエレベーターとその先の区画は閉鎖していたんだよね。
「浴室はどうするの? ぬっくん」
エレベーターまで戻ってきて、彼がお風呂の入り口をスルーしようとしたから思わず訊いた。
ぬっくんは少しめんどくさそうに。
「さすがに僕が入るのはイヤだよ。ひめちゃん見てきてよ。‥‥あ、もちろん異変があるならすぐ行くから」
なるほど。そうなるか。でもぬっくんのキモチもわかるよ。私だって男子更衣室に入れって言われたら、よっぽどの理由がないとイヤだもん。
「わかった。じゃ、ちょっと見てくるね。何かあったら呼ぶから、ここで待ってて」
電動のドアを開け、更衣室へと入っていく。街の健康ランドみたいなつくりだね。ここは特に異常なし、と。
じゃあ、あと浴室も見てから戻ろっと。あ、ここの扉は手動なんだね。どんなお風呂なのかな~ちょっと楽しみ!
と、ガラガラ、と扉をあけたところで、風呂に浸かる赤いタコみたいな魔物と、目があった。
魔物いるんかい。




