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第16話 6組の鳴沢さんⅠ②

 




「さあ暖斗(はると)。こちらへ」




 父親に背を押されて、一歩前へ。僕に打たれた傷を手で押さえて、涙顔でいる女の子の姿が目に入った。


 だけど、父さんの意図が伝わっていないんだろう。その子とお母さんはこわばった表情だったなあ。




 僕がモジモジしてる間に、その子のお母さんが、早口でかぶせるように話しかけてきた。


「ごめんなさいね。暖斗くん。本当にごめんなさい。ウチのばか娘が。痛かったでしょう? ああ、こんなに血が出て。おばちゃん、真由保をちゃんと 叱っておいたからね。う~~~んときつくお仕置きしておいたから! 安心してね?」


 腰を下げて僕にこう言ったお母さんは、さらに父さんに向き直って。


「ご主人様。後生ですから、どうか一つここは穏便に――」



 父さんと目が合った。父さんは、一回大きく頷いた。





 僕は、勇気を生むために、大きく息を吸い込んだ。





 昨日の男子達の顔が目に浮かんだ。――――だけど。


 それより大事な、正しい物がここにあるって、最初から知っていたから。わかっていたから。





「ご‥‥ごっ‥‥ごめんなさい。ぜんぶぼくがわるいよ。ごめんなさい。おばちゃん。もう、まゆほちゃんをしからないで。さいしょにバンってやったのは‥‥ぼくなんだから」





「ご‥‥ごめんなさい。‥‥まゆほちゃん」





 そういいながら、ポロポロ泣いてしまった。


 頭を下げた時に目に入った玄関タイルが、みるみるぼやけたからね。



 肩に、大きな手が乗っかってきた。父さんのだ。



「‥‥‥‥そうだ。『自分が悪いとちゃんと認めること』は、何よりも勇気がいるんだよ。本当は、これは、男女関係なく、人として当たり前の事なんだ。暖斗、よく言えたね。それでこそ男だ」



 父さんは、ビックリして口をポカンと開けてた、その子のお母さんに言ったよ。



「うちの愚息の申す通りです。どうやら先に手を出したのはこちらのよう。お嬢さんに怪我をさせてしまった。――どうかお許しください」


 女の子とお母さんに深々と頭を下げた。そして。


「奥さん。国の存続の為には、もちろん男子は必要、重要です。でも、大切にするのと全て許してしまうのとは違うと、私は考えるのです。全て許されると思って育ってしまった人間の将来は、決して上手くはいきません。残酷です。大切だからこそ、キチンと育むべきなのです。この国の女性は、今もどこかで何かに謝罪しているでしょう‥‥。ですが、むしろ――変わらなければならないのは、我々男性なのではないでしょうか?」




***




 僕らが暮らしている国、絋国。よく周辺国からは羨ましがられる、まあまあいい国だとは思うんだけど。


 アフターサジタ――サジタウイルス蔓延後から、男子が生まれにくくなった。新生児は女子ばっかりで男はたまに生まれるくらい。男子出生率の激減。


 それで、この国は、男子の頭数をキープするために、色々な施策をしている。重婚制度もそう。わチャ験――若人チャレンジ試験――もそう。他にも色々と。


 そしていつしか、女性の価値がディスカウントしてしまった。男子の頭数が欲しいからって出生数を増やしたら、当然女子のほうが増えすぎてしまって。「貴重な」男子との価値が、相対的に落ちちゃったんだ。


 だから、社会的に女子の立場は弱いし、それはこんな風に、子供の世界からもう始まってる。

 この戦艦の女子たちが、僕をさん付けして、敬語、丁寧語でしゃべろうとするのも、イヤな思いをしたくなくて距離を置こうとするのも、この絋国という国に根付いてしまった病だ。





 僕の話は終わった。



 僕は食堂を見渡した。



 カラフルな色とりどりの飾りが、普段の殺風景な食堂を今日は別世界にしてる。ホント女子って、こういう事をやるとなるとスゴイよね。ここにいる15人の女子は、足もとを見ながら静かに僕の話を聞いてくれている。みんな、それぞれ、身に思うところがあるのかな?




「なんか、つまんない話でごめんね。今夜はパーティのハズなのに」


 みんな、まだ無言だった。




「‥‥‥‥それから、父さんが大人同士で何か色々話してて。はは。この話、人にするのは初めてだけど、僕の、『やっちまった案件』だから、バツが悪いね。はは。まあ、何が言いたいかというと、あまり僕は、女子と揉めないし、揉めたくないし、揉めても問題にしない家の人だと。だから、あんまり僕を知らない人も、怖がらないで欲しいし、気を使わなくっていいよって話で、‥‥‥‥ええと――」



 傍にいた麻妃が、パシッっと僕からマイクを取り上げて。


「暖斗くんの話がグダり始めたんで、MCが引き取りま~す」


 数人が、うつむいたままクスクス笑う。




「『男子と揉めたら、女子のほうが全力で謝る。どっちが本当に悪いかは置いといて』って、ウチらからしたら結構あるあるネタじゃんね? でも、1つ注意。この話が通るのはウチの中学でも暖斗くんと暖斗くんパパだけだからね。要注意!」



 麻妃の口ぶりが面白くて、さっきよりも大きな笑いが起こった。逢初さんと目が合ったけど、彼女は笑っていなくて、こっちをチラチラ見ながら何か考え事をしてるみたいだった。




 僕は、笑いに包まれた心地いい空間の中で、目を閉じた。




 そう、この話にはもうちょっと続きがある。いつかまた、誰かに話そう。機会があれば。




 その話とは。




 あの後、僕は父さんに連れられて、母娘を家まで送った。真由保ちゃんの家では大げさにお茶を勧められたけど、苦笑した父さんはやんわりと断ったよ。菓子折りは受け取ったものの、事の経緯からしたらこっちが悪い訳だし、「父親が寄り付かない家」だと、たぶん暮らしに余裕があるわけじゃない。


 親が、後日商品券とかで倍返ししたと聞いた。詫び料だといってなんとか受け取ってもらったと。




 で、その帰り道。




 真由保ちゃんの家を出た時には、空いっぱいに燃えるような夕焼けだった。


 並んで歩く父さんに、僕は聞いた。


「おとうさん、まゆほちゃんはまた、ぼくとあそんでくれるかなあ」


「さて、どうかなあ」


 父さんは答えた。



 僕は、「大丈夫」という答えを期待してたので、「え!?」ってなった。



「暖斗が謝っても、許してくれるかは、あの子次第だろう? それは、あの子にしか わからない。でも、手段はある」



「しゅだん?」



「暖斗がどうすればいいか、ということ。それはこういうことさ。今日、あの子に許してもらえなければ、あした、また謝れはいいんだ。あした、許してもらえなければ、あさって、また謝る。まごころを込めて、ちゃんと、しっかり、気持ちを込めて謝るんだ。――ごめんなさいの気持ちが伝われば、許してくれると思うよ。いつか、必ずね」





「おとうさん」


「ん?」





「まごころって、なに? ふつうのこころ、と、どうちがうの?」





 僕の問いかけに、父さんは頭を叩いた。


「いや、いかん。暖斗に一本取られた。う~ん。子供に伝えるのは難しいな~」



 しばらく考え込んでから、父さんはこういった。

 逃げるようで悪いが、と前置きして。


「‥‥そうだね。『まごころ、とは何か』。私も上手く言えない。答えがまだ、ここには無いのかも知れない。‥‥‥‥考え続けようか。問い続けようか。暖斗、父さんも一緒に考えるから、お前も自分で考えてごらん?」




 遠く山の端に夕闇が迫る中、空いっぱいの夕焼けが綺麗だった。




 今、少しわかること。あの時、僕があの子にちゃんと謝ることをしなければ、できなければ、あんなに綺麗な夕焼けは見れなかっただろう、ということ。



 僕は幼かった。


 父の(たす)けもあった。


 そして、僕は自分とあの子に対して、ちゃんと向きあうことができたと思う。この世界をあの夕焼けのように綺麗にするには、何かを変えていかなければならない、ということなんだ。


 そのために僕は――。

「暖斗くん」



 透きとおった逢初さんの声で、僕の思考は寸断された。セーラー服の腕を後ろに組んで立っている。


「もしかして、だけど、その、暖斗くんの近所の女の子って、6組の鳴沢さん、かな?」


 え? 知ってるの? 知り合い?

「そだよ。よくわかったね」


 そう言いながらまわりを見回すと、みんな席を立ち始めていた。片付けに入る子、皿に残ったスナックを平らげながらおしゃべりする子。


 静かだった食堂が、急にガヤガヤとしだす。


 逢初さんは僕の傍らで、人差し指を立てて、ちょっとドヤ顔をしてる。


「まゆほさん、って子はわたしの記憶にはなかったのね。でも、暖斗くんの近所で、同級生でしょ? じゃあ、みなと第一中学(いっちゅう)ですね、と。麻妃ちゃんとかと同じ小屋敷(こやしき)小学校学区で、2年生で、その情報を必要十分条件として消去法をしていくと――」


 網代さんが呟く。

「必要十分条件?」


「まだ習ってないわね。中二じゃ」

 泉さんが答えた。



 逢初さんは僕の顔を見て、にっこり笑った。


「当たった? みたいね。まゆほさん、かわいいお名前。どんな字書くのかしら」




 そう言う彼女に、我に返った僕がやっとで答える。


「知ってたんじゃなくて、導き出したと‥‥!!」


「あんまり、その子と暖斗くんが話してるの見たことないけど?」


「うん。‥‥小っちゃい頃はよく遊んだけど。クラスが離れてたから、小学校とかだとほとんど話さなかったなあ」


「そうなんだね」


 逢初さんは上機嫌で、ちょっといつもより早口だった。



「この際だから、中学校の生徒のフルネームとかいろいろと、全部丸暗記しようかしら」


「な? 何故に? いや、そんな事できるの?」


 驚く僕に。


「わたし、書き物は3回音読するとだいたい全部頭に入るの。暖斗くんには戦うすごい能力あるんだから、わたしにも何か得意分野があってもいいでしょ?」



 そして。



「‥‥‥‥暖斗くんらしい、すごくいいお話だったよ。ふふ」


 僕の耳もとに口を寄せ、聞き取れないくらいの小さな声で言った。




 その声に戸惑いながら、ひとつ気がついた。


 そうか、彼女が異様に資格習得ができるのは、そういう訳か、と。




 で、あれ、‥‥そういえば、僕は、彼女に遮られるまで何か大切な考え事をしてた‥‥ような。


 あ~。何だっけ。




 忘れた。





 逢初さんは記憶が得意、僕は苦手、というのが判明した「宴」だった。






※鳴沢さんⅡへ。

※ちゃんと謝った暖斗えらい! と思った方。ぜひ☆を!


ここまで、この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!!


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