第二部 第36話 出た! ダンジョン。攻略実況する?⑨
「‥‥‥‥‥‥どうなってるの? これ?」
敵ユニットのターンが来るの、遅くない? 私の気のせい?
この世界にはスマホが無い。転移した時に衣服は着てたけど、所持品みたいのは持ってなかったハズだよ。
だから今、正確な時間がわかるワケじゃないけど。
体感として敵ユニット、王様ゴーレムに迫った騎士が、動きを止めたように感じていた。隣りのふたりにも訊いてみる。
「まきっち。敵が動かない気がするんだけど?」
「あれ? そうか? ウチは見てなかったなあ」
「わたしも気にしてなかったわ。どうしたら負けないか考えてたから」
「おぎゃあ」
まきっちも愛依さんも、気づいてないみたい。ちなみに、ぬっくんベイビィは愛依さんに抱かれてウトウトしてた。
「いや、遅いぞこれ?」
七道さんが賛同してくれた。メンテ3人組はさっきざわざわしてたもんね。
なんて思ってたら。
「あれ? 効いてるみたいぃ」
声の主を探す。初島さんと来宮さんは自陣にいる。でもこの特徴的な甘ったるい発声は。
折越さん。
敵陣側の盤外、敵の王様ゴーレムの後ろ側にいた。盤の外の、低くなってる平地の場所に。
え? そんなとこで何やってんの?
彼女はゴーレムの足部分に、右手をくっつけていた。ゴーレムが大きくてマス目の盤も50センチくらいの高さがあるから、当然そうなる。
「ちなみのぉ【固有スキル】、【賦活】はね、自分の身体能力を上げるだけじゃないの。この人の運動機能を下げることもできるのぉ!」
え? どゆこと? 「この人」って敵のゴーレムさんのこと?
「なるほど」
みんな、ワケがわからないから一斉に愛依さんを見た。折越さんに反応したのは彼女だけだったから。
「あのね、彼女のスキル名、【エピネフィリン】って人口アドレナリンのことなの。アドレナリンにはα作用とβ作用の二種類があって。αが血管収縮作用、βが血管と気管支の拡張、心拍数の増加なの」
ほへ~。
「αとβの受容体についてだけど‥‥」
その説明をし出した愛依さんを、まきっちが止めた。
「待った愛依、それよりも【スキル】の説明を、ざっくりと!」
「あ、ごめんなさい。とにかく、一般的に『アドレナリンが出た』みたいに使われるイメージは全部β作用のほうであって、実は、αって作用もあるの。αのほうは、血管を細めて血流も細くなって、興奮じゃなくて沈静化するイメージ」
ふむ。前言撤回。愛依さんやっぱりスゴイ! 準々医師の資格持ちは伊達じゃなかった。もしエイリア姫のままだったら、この解説は聞けなかったよ。
「だから、あのゴーレムに血流があるのかは疑問だけど、折越さんは【魔法スキル】的に敵の動きや思考、『活性』を鈍らせて、王様から騎士ユニットへの命令を大幅に遅らせてるんだと思う」
なるほど! ナイス考察! あと。
忘れてた。こうして異世界にいると記憶から飛ぶけど、彼女らは「ラポルト女子」。
それぞれに個性というか、得手不得手はあるけれど、一年に及ぶ厳しい選抜試験を勝ち抜いた子たちだ。
高いストレス耐性、協調性、継続力、創造性、柔軟性、適応能力、任務遂行力。色んな指標が最高値の子たちだった。
もちろん、ちなみさんだって例外無く。高い思考の柔軟性やいざという時の行動力を持ち合わせていた。
「あ、でもあくまで『行動を遅らせている』だけだと思うから、今の内に対策しないと負けちゃうかも?」
愛依さんの言葉に凍りついた。そうだよ。あくまで遅延してるだけだよ。
このままじゃ‥‥‥‥?
と、ゴーレムに触れている折越さんが、退屈そうにもじもじしだしたよ。え?
「ねぇ。もうゴーレム殴っちゃっていい? 七道さぁん?」
「やれ。どうせ負け確だ」
「オッケー。ちなみにちなみはぁ、殴ると言ったけどぉ!!」
え? ちょっと待って!?
とツッコむ間も無く。
「【スキル】、【賦活】んん!!」
バッキィン!
盤外からの、ちなみさんの大跳躍から。空中で体をひねって半回転!
後ろ回し蹴りが炸裂していた!
盤外低地からゴーレムの魔石の高さまでは、2メートルはゆうにある。
だって、ゴーレムの身長プラス、盤自体の高さもあるから。
彼女が跳んだ距離と、その高さを見ながらつくづく思った。
折越さんの【固有スキル】、【賦活】の本来の使い方はこう。自分の身体能力アップに使うんだよね。
勢いよく後ろにぶっ倒れるゴーレム。胸の魔石も粉々だよ。
そこで、「課題」クリアの証しが出る。行き止まりだった通路から、下階へと続く階段だ。
それは左右の部屋への通路の分岐点、分かれ道の中央に出た。そして、部屋に転送されていた6人も戻ってきた。
「う~ん。無事クリアかあ。まあ何とかなると思ってたけどね」
そう呑気なコメントをする子恋さんに、疑問をぶつけてみる。
「子恋さん。両方とも無事クリアできたけど、あの、なんというか」
「ん? ああ姫の沢さん。言いたいことはわかるよ。クリアのルールが曖昧で驚いてるんでしょ?」
「そ、そう。『実戦演習』はまだしも、『兵棋演習』ってあれ、反則じゃないの? 駒運びで勝つんじゃなくて、折越さんの盤外からの直接攻撃、あれがアリだなんて」
子恋さんのまわりに「附属中3人娘」が集まってきた。渚さんはにこにこしている。
「そうね。でも私たちは予想がついてたのよ。姫の沢さんは部屋の中央、やや壁よりに椅子があるのに気づいた?」
椅子? 全然見てなかった。
「実はね。テニスコートに例えるとちょうど主審の人が座る位置に、人ひとりが座れる椅子が置いてあったの。それで私と光莉はピンときた。「審判員の席」だって。
「うん。陽葵の言う通り。本来このふたつの課題は、審判員がいて行われる形式のものなんだと思う。でも今日は居ない。だから姫の沢さんがそれに気づかなくてもしょうがない。あの椅子は部屋に入った者でないと気づかないよう、上の窓から見ても背景に溶け込むような色合いだったし」
そうだったの?
「だから、審判がいない状態だから、とにかく相手陣地のゴーレムの魔石を砕けばいいのさ。実は手段は選ばなくって良かったんだ」
でもそれだと、次の疑問が。
「子恋さんのほうの課題は、それでクリアできたとして、初島さんと来宮さん、折越さんのほうの課題は? 心配じゃなかったの?」
確かに「附属中3人娘」が揃っていれば、大抵の課題はクリアできるかもだし、実際宝珠に魔力をストックしたりして、対策はできていた。
でも、反対側の3人はどう? 審判員が居ないことに気づけるとは思えないし、なんで子恋さん達は心配していなかったのか?
「ああ、それね」
子恋さんは余裕綽々だった。
「だって負けるとなれば、何か色々試すでしょ? あの3人なら。取りあえずというか、最終的に「もう、魔石に直接攻撃したら?」って思考にたどり着くと思ってたから、心配はしてなかったよ。全く」
う~ん。ラポルト女子、恐るべし。




