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第16話 6組の鳴沢さんⅠ①

 




「ごめん、ちょっと、長い自分語りになっちゃうんだけど」



 僕がそう言うと、麻妃は空いてる椅子を見つけて足を組んで座った。他のみんなも、思い思いに腰を下ろした。仲谷さんも厨房から出てきて、いつの間にか、紅葉ヶ丘さんの姿もあった。お菓子の補充にでも来たのかな。




 賑やかだった食堂が、すっと静かになった。


 僕は、ジュースを一口飲んで、話し出す。





「5歳くらいだったかな」



 僕の家の2軒となりに、同い年の女の子が住んでいた。その子の家をもうちょっと行った所に公園があったので、いつしか、待ち合わせてその子とよく遊ぶようになった。


 普通にウマが合ったんだと思う。


 でも、5歳の子供同士、ささいな事でケンカになっちゃった。今までそんなことにならなかったのに。



 で、なんでこの日はそうなったか? 実はその前日にキッカケがあって。




 僕は、誘われて、8人くらいの男子グループと初めて遊んだ。4歳から8歳くらいのグループだったよ。それに初めて混ぜてもらって。



 そのリーダー格、8歳の男の子が言ったんだ。


「はると。オマエ、近所の女子とよく公園にいるよな? オレ知ってんだぞ。やめろよな。女なんかと遊ぶの」


「女子なんかウジャウジャいるし。ママゴトとかピュアプリとか、きめぇんだよ」


 リーダー格の取り巻きの男子も、そう言って肩をすくめた。


「オマエ、わかってんだろうな? 女子が来たら腹パンチだ。女子なんかにヘラヘラしたら、追い出すかんな。女子なんかに」



 これは、まあ親の影響――だよね。今になってわかるよ。この国はもう、女子に対して万事こんな感じ。大人がそうだから、子供も染まる。そして女子達も、「結婚とか色々不利になるし、男性には逆らえないよね」って空気になっちゃってる。



 でも、当時の僕はなんで女の子にそんな態度をするのかわからなくて。

 だけど、男友達も必要で、アイツ等に話合わせないといけないのは5歳の僕でもうすうすわかってたから、とりあえずうなずいた。




 次の日、昨日のことは一旦忘れて親と出かけたら、いつもの公園でいつのもあの子が砂場にいた。そこで昨日言われたことを思い出す。


 ――――これ昨日の男子に見られたらマズいのでは、と。




 僕の目の前では、その子が砂で山を作っている。いつもの光景。きっとこの後トンネルを一つ掘り、ソフビの女の子の人形が登場する予定だ。



「どうしよ」


 正直僕は困ってしまった。女子が来たら「腹パンチ」しないといけないんだった。でもそんなのいきなりできないし。かわいそうだし。



「えい」



 僕は砂場に建設中の山に足を乗せて体重をかけた。ボソッって感じで砂山は崩れる。トンネルの中にいたその子の人形が生き埋めになったよ。2体。

 僕は「腹パンチ」と「女と仲良くする」の折衷案を選択したんだ。


 その子は


「はるとくん! どおして!?」


 ってなって、泣きながら腕を掴んできた。まあそうなるよね。5歳くらいだと腕力の差とかは無くて、その子の薄い爪が皮膚に引っかかって、僕の手首でガリってなったんだ。


「痛っ!」




 反射的に僕は、左手に持ってた木の枝でその子を叩いていたんだ。子供の力だったけど、枝がしなって強く入ってしまった。




 僕の右手の甲は、爪が引っかかった状態で手を引っこめたから、皮がめくれて血が出て来てて、枝が当たったその子の太ももは、みるみる紫色になった。




「うわああああん!!」


 その子が大泣きし始めて、親たちが気づいて入ってきた。




 その日、僕は父親と来ていた。


 父さんは、一目見て状況はすぐわかったって、後で言ってたよ。





「うちの子が誠に申し訳ございません!!」


 女の子の母親が、すごい必死に平謝りしてきたよ。




 ‥‥‥‥まあ、こういうケースの「常識(あるある)」だね。




 同い年の子供がケンカしたら、女の子の方がまず謝る。そうしとかないと――。




 父さんは、


「まあまあ奥さん、子ども同士のことですし、ちょっとキズもあるようですので、今日はお開きにしますか。奥さん、どうかお気になさらずに」


 って言って僕らを引き離して、お互い家に帰った。



 家で、お手伝いさんに消毒やら絆創膏やらを貼ってもらってたら、父さんに話しかけられた。



「暖斗、どうしてこうなったのだろう?」



 僕はバツが悪くて目を背けたよ。


「あの子が何で泣いたのか。わかってるんじゃないのか、ね?」


 父さんは、多分もうわかってる。でも。


「察するに、先に手を出したのは、暖斗、‥‥‥‥ではないのかね? なあ、暖斗、あの子は泣いていたよ。今どんな気持ちでいるだろう?」



 そう言われて心が痛んだけど、同時に思い出してたんだ。昨日言われた、



「女子なんかと仲良くするな」



 って言葉を。




 父さんはさらに言う。


「なあ、暖斗。50年前の怖い病気で、世界は、そして、この国も、おかしくなってしまったが――本当は、ひいじいじの時代には男はもっとたくさんいて、みんなを‥‥‥‥家族や子供を守って来たんだ。男の人が、女の人を守っていたんだよ。‥‥‥‥あの子は泣いていた。お前は、本当にこれでいいのかい?」




 父さんの言葉は穏やかだったよ。


 でも、子どもながらに強さや重さを感じた。




 問い詰められた僕は。


「‥‥‥‥」


 なんでこうなったのか? 男子グループの事とか、正直に話すか迷ってた。





「あなた‥‥‥‥」


 そこへ母さんが来て、父さんに何か小声で話した。


「‥‥‥‥そうか、では‥‥‥‥暖斗も来なさい」


 父さんは立ち上がり、僕を連れて家の玄関に向かった。





 僕の家に来たのは、さっきの女の子とそのお母さんだったんだ。




 女の子は相変わらず泣いていた。


 足のキズが手当されずにそのままだったよ。



「この度は、ウチの娘が暖斗くんに粗相を致しまして、誠に申し訳ございません」



 お母さんは深々と頭を下げて、持ってた菓子折りを差し出した。



 ――後で親から聞いたんだけど、時間的に見て、この子のお母さんは娘の手当を後回しにして、菓子折りを用意したんじゃないだろうかって。泣く子を放置してでもまず、駅前にでも買いに行ったんじゃないかって。



「本当に、本当に、申し訳ございません。国の宝である男の子に、怪我をさせてしまうなんて。暖斗くん、ごめんね。痛かったでしょう? ホント、ごめんね。この通りよ」



 ぐすぐす泣いたままの女の子の頭を、母親の手が力づくで下げさせた。


「あいにく、主人は留守が多く、今日も不在でして――」



 よくある話だよね。重婚あるある、だよ。

「他のヨメの家」で男の子が生まれたりすれば、当然「この子の家」には、父親の足は遠のく、よくある話。



 僕は一瞬、傍らで僕の話を聞く逢初さんと目が合った。そう、逢初さんの家もそんな状況だと、打ち明けてくれたね。僕のこの昔話は、そんな君への回答でもあるんだ。




 で、そんな様子の女の子のお母さんに、父さんが言った。


「まあまあ、奥さん、こんな事をされては困ります。子供同士の些細なケンカじゃあないですか。真由保ちゃんの怪我は如何ですか? 大事なければ良いのですが」


 僕の母親も加わって、2人がかりでそう言ったんだけど、お母さんは女の子をきつく睨んで。




「あなたも謝りなさい。ほら、フラフラしない! 謝りなさい!!」




 母親に足で小突かれて、その子はやむなくって感じで小声で謝ったよ。


 小さな手で、血がにじむ足の怪我をさすりながら。


 目に大粒の涙を浮かべてた。




 でも、お母さんはそれじゃ許さなかった。




「声が小さい! ほら、ちゃんと謝りなさい。ほら!‥‥‥この!!」




 母親の体重をかけた手が、女の子の腰をへし折るように曲げさせて、無理やり頭を下げさせたら――。




「うわあああああああああん!」




 堰を切った様に泣き出した。



 その子の涙がウチの玄関のタイルにポトポト落ちるのが見えた。


 お母さんの方は、もう悲鳴みたいな声を上げて、泣くのを咎めて。




「――お待ちを、お待ち下さい!!」


 大きな声を出したのは父さんだった。母さんは両手を口に当てて立ち尽くしてた。


 父さんが大声を出すのは珍しいけど、なんか、人を落ち着かせる大声なんだ。これ、多分言葉で言っても伝わらないよね。



 で、父さんは、お母さんとその子を落ち着かせると、僕の方を振り返って言ったんだ。


 目があった。逃げることを許さない視線だった。





「‥‥暖斗。お前も、この子に言わなければいけない言葉があるんじゃないか?」





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