第15話 宴Ⅰ②
「宴」は、女子達の華やかな声を食堂に響かせながら、続いている。
そのまま、元いたテーブルのお菓子を食べつくしたらしい整備班3人組は、僕のいるテーブルに居着いて話をし始めた。
そう言えば3人とも見慣れた作業服じゃなく、海軍中等工科学校の制服だ。水兵みたいな襟の小さ目なセーラーで、機械科の子達はゆったりしたズボンを履いている。さすがに作業服じゃ来ないか。
ちなみに僕は、腕を上げるとまだ痛みがでる状態で、コップを持つのもプルプルしながらだ。一応立てるけど「それじゃあちょっと」ということで、車椅子に乗ってる。
なのでテーブルの中央に積まれたお菓子類は手つかずだ。彼女達はそれが目当てだね。飛蝗ムーブ。
メンテ3人組は頭を寄せ合って、互いの両手の甲を前に出していた。何やら「機械油が爪に入って黒ずんで取れない」という不幸自慢大会を始めたみたいだ。「ああ、思春期の女の子にはそれはさぞ辛かろう」なんてはた目で見ながらニヤニヤしてたら、七道さんと目が合った。
「おう。暖斗くん、食べてるか?」
「うん。‥‥まあ」
「いや、食べてないじゃんか。さっきコップ持つ手がプルプルしてたし。ほれ」
と言って、テーブルの皿のチョコ菓子をつまむと、僕の口に運んでくれた。‥‥んだけど? あれ? その黒い爪で? 七道さんは2人に振り返り、
「な。こういう心配りが男心を掴むんだよ?」
と、うそぶく。そのへんどうなんだ。少なくとも僕には刺さってないな。
「何でドヤってんの七道さん!? あ、多賀さん、頷きながらメモ取らない!」
‥‥とツッコミたかったが、取りあえず口腔内のチョコ菓子をいただく事にした。が、その様子を網代さんがこっそり観察してたみたいで。
「‥‥咲見さんの食べ方、なんか小動物っぽくないですか?」
と七道さんに耳打ちする。
「え、それマ? 私見てなかったからもう1回」
またチョコ菓子を口にほうりこまれて、3人の女子に注視された。
カリカリカリカリカリカリカリカリ‥‥‥‥。
「むうう‥‥。これは」
体が十分に動かないから、ハムスターみたいな食べ方になってしまう。どうしても。
だけれど、3人には面白かったようで。
「暖斗くん。もう1回いいか? これベイビーというより小動物系だぞ」
「師匠、あ~しにも」
「‥‥‥‥。昔ハムスター飼ってて」
網代さんと多賀さんも参戦してきて、順番にお菓子を給仕される事になった。
ニュアンスは限りなく給餌だけどね。動物園の、エサやりコーナーのうさぎになった気分だよ。
で、乾きものばかり食べたせいで普通に軽くむせた。
「う、ゲホ‥‥水」
「ほらよ」
「いや‥‥‥‥。ゴホ、自分で」
実は、人にコップで飲ませてもらうと上手くいかないのは、逢初さんで実証済みだった。腕が多少不自由でも自分で飲んだ方がいい。
と、僕が持つコップに、ストローがストンと差し込まれた。そうそう! このストローがあると今の僕は格段に飲みやすくなるんだよ。ありがたい。いったいどなたが?
「ごめんね。暖斗くん。子恋さんとちょっと込み入ったお話してて。身体動かないのに、ごめんね」
振り向くと、僕には見慣れたみなと第一中学の白セーラー、逢初さんの姿があった。
「後遺症の影響ね。気道確保するために前歯で噛む態癖かも」
「ずるいぞ逢初。こんなファンシーな男子を独り占めしてたなんてな。で、課金アイテムのあの『赤い前かけ』は今日は装備してないのか?」
「あ!? えっ! それは内緒の‥‥!!」
逢初さんが誤魔化そうとしてくれたが、もう遅かった。そうだ。前かけはCADで作ったんだった。だから当然整備班の3人は知ってる。「え? 何なに?」と寄ってきた数人に、もう七道さんが話してしまった。
逢初さんが僕を振り返り、「ゴメン」的なしぐさをしているけれど、まあ、しょうがないか。そのうちバレる様な気がしてたから。
それに「前かけ」は実装してない。セーフだよね? セーフだよね!?
「あ、さっきの暖斗くんの食べ方‥‥‥‥きっと、まだ身体が不自由だから、動かせる筋肉を使って咀嚼しとうとするのが、齧歯目みたいに見えるんだよ。ふふ」
逢初さんはよくわからないフォローを入れてくれた。そして。
「もう、ずっととなりにいるからね。安心して。何か食べる?」
覗きこむようにして上品に小首をかしげる。
この辺の面倒見の良さはいかにも第一子長女っぽい。また、医務室みたいな空気になるのかなあ、と思っていたが、七道さんが各所で僕のことを言いふらしているらしく、エサやりをしたいという女子が、それから何人か来た。
彼女は、そのやり取りをずっととなりで見ながら、クスクス笑っていた。
「そう言えば暖斗くん。メールで何か言ってたよね。みんなに要望があるんだよね?」
仲谷さんが用意してくれたサンドイッチを食べ終えた頃、麻妃がそんな事をマイクで言いだした。みんなの視線が僕に集まる。
「あ、うん。あらためて言うと、僕に変な遠慮しないで、タメ口OKで普通に接してほしいな、と。絋国女子は、『男子には敬語で話さなきゃ』って思ってる人多いと思うんだけど、この艦の旅仲間だし、大人いないし、1回そうしてもらいたいなあ、と」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
僕の言葉への反応は、予想通りだった。みんな、明らかに乗り気じゃない。
「男子とタメ口かあ。する?」
「本土戻って変なクセがついたら困るし‥‥‥‥」
「正直違和感。怖いかな」
そんな声がうっすら聞こえてる。もう、絋国では、こういう価値観が既に常識だ。どちらかというと女子の方に深く根付いている印象だ。
「なんでそんなこと言いだすんだ? 何か理由があんだろ?」
そう言ったのは七道さんだった。
「私はともかく、男子には遠慮してる女子がほとんどだ。ぶっちゃけ、学校とか親戚の男子で色んな目に遭ってみんな『学習』してる。その結果だからな。それが急に『タメ口で』って言われても抵抗あるし、町に戻った時にリセットするのも面倒くさい」
彼女は僕に近づいてきて、さらに続けた。
「いっそ、そこら辺の男子みたいにこう言ってくれればいいんだよ。『これからはオレにはタメ口な。でないとこうだぞ?』ってね」
七道さんは右手に拳を作って軽く突き上げる仕草。
‥‥‥‥みんなが苦笑いをした。
「たぶんそんな、人の良い事を言うのは、絋国中で君だけた。はっきり言って非常識だ。‥‥‥‥でも、私は君を知ってる。冗談や酔狂でそんな事言ってんじゃないんだよな? 言うからには何かあるんだろ。その何かを教えなよ?」
僕はうなずいた。
麻妃が、マイクを持ってきた。そして子恋さんがみんなの視線を集めて、張りのある声で言う。
「聞こうよ。いい機会だよ。これからこのメンバーだけでしばらく旅をする事になる。咲見くんも含めて相互理解が必要です。‥‥咲見くん、いいよね。お願いします」
見ると、逢初さんも、じっとこちらを見ていた。少し口角が上がって、微かに微笑んでいるようにも見えた。
僕はマイクを取ってテーブルに腕を乗せ、こう切り出した。
「あの、さっき七道さんが、『そんな事言うのは絋国で1人だけ』って言ったけれど、もう1人います。少なくとも、もう1人。僕の父親です」
僕らが暮らしている国、絋国。よく周辺国からは羨ましがられる、まあまあいい国だとは思うんだけど。
僕には大きな不満がある。
それは。




