表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/518

第15話 宴Ⅰ②

 




「宴」は、女子達の華やかな声を食堂に響かせながら、続いている。



 そのまま、元いたテーブルのお菓子を食べつくしたらしい整備班(メンテ)3人組は、僕のいるテーブルに居着いて話をし始めた。

 そう言えば3人とも見慣れた作業服じゃなく、海軍中等工科学校(こうか)の制服だ。水兵みたいな襟の小さ目なセーラーで、機械科の子達はゆったりしたズボンを履いている。さすがに作業服じゃ来ないか。


 ちなみに僕は、腕を上げるとまだ痛みがでる状態で、コップを持つのもプルプルしながらだ。一応立てるけど「それじゃあちょっと」ということで、車椅子に乗ってる。

 なのでテーブルの中央に積まれたお菓子類は手つかずだ。彼女達はそれが目当てだね。飛蝗(いなご)ムーブ。



 メンテ3人組は頭を寄せ合って、互いの両手の甲を前に出していた。何やら「機械油が爪に入って黒ずんで取れない」という不幸自慢大会を始めたみたいだ。「ああ、思春期の女の子にはそれはさぞ辛かろう」なんてはた目で見ながらニヤニヤしてたら、七道さんと目が合った。


「おう。暖斗くん、食べてるか?」


「うん。‥‥まあ」


「いや、食べてないじゃんか。さっきコップ持つ手がプルプルしてたし。ほれ」


 と言って、テーブルの皿のチョコ菓子をつまむと、僕の口に運んでくれた。‥‥んだけど? あれ? その黒い爪で? 七道さんは2人に振り返り、


「な。こういう心配りが男心を掴むんだよ?」


 と、うそぶく。そのへんどうなんだ。少なくとも僕には刺さってないな。


「何でドヤってんの七道さん!? あ、多賀さん、頷きながらメモ取らない!」


 ‥‥とツッコミたかったが、取りあえず口腔内のチョコ菓子をいただく事にした。が、その様子を網代さんがこっそり観察してたみたいで。


「‥‥咲見さんの食べ方、なんか小動物っぽくないですか?」


 と七道さんに耳打ちする。


「え、それマ? 私見てなかったからもう1回」


 またチョコ菓子を口にほうりこまれて、3人の女子に注視された。



 カリカリカリカリカリカリカリカリ‥‥‥‥。



「むうう‥‥。これは」


 体が十分に動かないから、ハムスターみたいな食べ方になってしまう。どうしても。

 だけれど、3人には面白かったようで。


「暖斗くん。もう1回いいか? これベイビーというより小動物系だぞ」


「師匠、あ~しにも」


「‥‥‥‥。昔ハムスター飼ってて」


 網代さんと多賀さんも参戦してきて、順番にお菓子を給仕される事になった。


 ニュアンスは限りなく給餌だけどね。動物園の、エサやりコーナーのうさぎになった気分だよ。




 で、乾きものばかり食べたせいで普通に軽くむせた。


「う、ゲホ‥‥水」


「ほらよ」


「いや‥‥‥‥。ゴホ、自分で」


 実は、人にコップで飲ませてもらうと上手くいかないのは、逢初さんで実証済みだった。腕が多少不自由でも自分で飲んだ方がいい。



 と、僕が持つコップに、ストローがストンと差し込まれた。そうそう! このストローがあると今の僕は格段に飲みやすくなるんだよ。ありがたい。いったいどなたが?





「ごめんね。暖斗くん。子恋さんとちょっと込み入ったお話してて。身体動かないのに、ごめんね」




 振り向くと、僕には見慣れたみなと第一中学(いっちゅう)の白セーラー、逢初さんの姿があった。


「後遺症の影響ね。気道確保するために前歯(ぜんし)で噛む態癖(たいへき)かも」



「ずるいぞ逢初。こんなファンシーな男子を独り占めしてたなんてな。で、課金アイテムのあの『赤い前かけ』は今日は装備してないのか?」


「あ!? えっ! それは内緒の‥‥!!」


 逢初さんが誤魔化そうとしてくれたが、もう遅かった。そうだ。前かけはCADで作ったんだった。だから当然整備班の3人は知ってる。「え? 何なに?」と寄ってきた数人に、もう七道さんが話してしまった。


 逢初さんが僕を振り返り、「ゴメン」的なしぐさをしているけれど、まあ、しょうがないか。そのうちバレる様な気がしてたから。


 それに「前かけ」は実装してない。セーフだよね? セーフだよね!?




「あ、さっきの暖斗くんの食べ方‥‥‥‥きっと、まだ身体が不自由だから、動かせる筋肉を使って咀嚼しとうとするのが、齧歯目(げっしもく)みたいに見えるんだよ。ふふ」


 逢初さんはよくわからないフォローを入れてくれた。そして。



「もう、ずっととなりにいるからね。安心して。何か食べる?」


 覗きこむようにして上品に小首をかしげる。



 この辺の面倒見の良さはいかにも第一子長女っぽい。また、医務室みたいな空気になるのかなあ、と思っていたが、七道さんが各所で僕のことを言いふらしているらしく、エサやりをしたいという女子が、それから何人か来た。


 彼女は、そのやり取りをずっととなりで見ながら、クスクス笑っていた。





「そう言えば暖斗くん。メールで何か言ってたよね。みんなに要望があるんだよね?」


 仲谷さんが用意してくれたサンドイッチを食べ終えた頃、麻妃がそんな事をマイクで言いだした。みんなの視線が僕に集まる。


「あ、うん。あらためて言うと、僕に変な遠慮しないで、タメ口OKで普通に接してほしいな、と。絋国女子は、『男子には敬語で話さなきゃ』って思ってる人多いと思うんだけど、この艦の旅仲間だし、大人いないし、1回そうしてもらいたいなあ、と」



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」



 僕の言葉への反応は、予想通りだった。みんな、明らかに乗り気じゃない。




「男子とタメ口かあ。する?」

「本土戻って変なクセがついたら困るし‥‥‥‥」

「正直違和感。怖いかな」



 そんな声がうっすら聞こえてる。もう、絋国では、こういう価値観が既に常識だ。どちらかというと女子の方に深く根付いている印象だ。




「なんでそんなこと言いだすんだ? 何か理由があんだろ?」


 そう言ったのは七道さんだった。


「私はともかく、男子には遠慮してる女子がほとんどだ。ぶっちゃけ、学校とか親戚の男子で色んな目に遭ってみんな『学習』してる。その結果だからな。それが急に『タメ口で』って言われても抵抗あるし、町に戻った時にリセットするのも面倒くさい」


 彼女は僕に近づいてきて、さらに続けた。


「いっそ、そこら辺の男子みたいにこう言ってくれればいいんだよ。『これからはオレにはタメ口な。でないとこうだぞ?』ってね」


 七道さんは右手に拳を作って軽く突き上げる仕草。




 ‥‥‥‥みんなが苦笑いをした。



「たぶんそんな、人の良い事を言うのは、絋国中で君だけた。はっきり言って非常識だ。‥‥‥‥でも、私は君を知ってる。冗談や酔狂でそんな事言ってんじゃないんだよな? 言うからには何かあるんだろ。その何かを教えなよ?」




 僕はうなずいた。




 麻妃が、マイクを持ってきた。そして子恋さんがみんなの視線を集めて、張りのある声で言う。



「聞こうよ。いい機会だよ。これからこのメンバーだけでしばらく旅をする事になる。咲見くんも含めて相互理解が必要です。‥‥咲見くん、いいよね。お願いします」


 見ると、逢初さんも、じっとこちらを見ていた。少し口角が上がって、微かに微笑んでいるようにも見えた。





 僕はマイクを取ってテーブルに腕を乗せ、こう切り出した。


「あの、さっき七道さんが、『そんな事言うのは絋国で1人だけ』って言ったけれど、もう1人います。少なくとも、もう1人。僕の父親です」




 僕らが暮らしている国、絋国。よく周辺国からは羨ましがられる、まあまあいい国だとは思うんだけど。


 僕には大きな不満がある。





 それは。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ