第123話 嵐の前④ &第3部【キャトル・エピス】プロローグ
「『救国の英雄』!?」
僕はまた後列を振り返る。附属中3人娘と一瞬目が合ったけど、秒で顔を背けられた。愛依が意味ありげに、麻妃が心配そうに、こっちを見ていた。
女性アナウンサーさんが説明する。
「戦場でのライブ配信から火がついたんですよね。SNSでは #救国の英雄 が世界トレンド1位。それ以外にも #ラポルト16 とか‥‥。ベストテンの内8個が皆さんの話題でバズった一週間でした」
そう言えばもう通信つながるんだった。家族とか友達とは少し話したりしたけど、退艦の片付けとかばっかりやってたからSNSは見ていない。モニター画面が首相からパネルに替わっていた。何やらそう言った数字とかグラフが映し出されている。
ラポルト16、というのもおかしい。共に陣地で戦ったあのふたり。コーラとソーラさんが入ってない。言うなら、ラポルト18。‥‥‥んん? ラポルト? 戦艦ウルツサハリ・オッチギンに僕らが勝手に名前を付けたのに、ラポルトって単語はどうやってSNSに流出したんだよ?
なんだか、おかしいぞ?
「え~。パイロットの君。どうだね? 英雄と呼ばれた気分は。まだ実感が湧かないかもしれないがね?」
総理大臣の人にそう訊かれた。僕は答える。
そんな。英雄だなんて。僕なんかが。恐縮です。
そう言うとでも思ったか!?
悪手だったかもしれない。一瞬錦ヶ浦さんと愛依の背中が脳裏をよぎった。
でも。
「救国の英雄」!?
冗談じゃない!
まだ何者にもなっていない。なれていない。
僕は。咲見暖斗というヤツは。
ミルクをほ乳瓶で飲むのを嫌がる、恥ずかしいとほざくただの子供。
クソ餓鬼なんだ。
「違います。この後列に座る15人の女子、あと助太刀してくれたアマリアのパイロットふたり。それにガンジス島で共に戦ったアマリアやハシリュー村の人たち。助けに来てくれた騎士団の方々、みんなが英雄です僕だけじゃないですなんでそんなことに!?」
とっさにそう口走っていた。たぶんかなり早口だったと思う。
「あ、いやあ、まあ、そうだんだけれども。ははっ」
首相さんは、困った様子だった。アナウンサーの人が場を持たせようとする。
「‥‥そう‥‥ですね。後ろの女生徒の皆さんも当然戦艦には乗っていた訳ですし。がんばってない訳ないですね。大変でしたね、皆さん」
ここは紘国。女性よりも男性の方が「立場が強い」空気がある国だ。
だから、「女性がメインで活躍した」という事実が上手く大衆に溶けていかない。
活躍の主体は、ただひとり乗る男子だった。
そんな嘘が作られていく。ちょっと考えれば嘘だとわかるのに。誰もその薄く張られたチープな嘘を取り除こうとしない。そんな国。
「ええ! そうなんです! 僕と後ろのみんな。それにアマリアのふたり。誰ひとり欠けてもこの結果は作れませんでした。彼女たちと力を合わせて、それぞれが持ち場で、得意分野で能力を発揮したからできたことなんです。‥‥そうでなければ、僕はDMTで戦うことすらできなかったです!」
なぜか僕は饒舌だった。顔が上気してきた。案の定、というかなんというか、一旦CMになった。
「錦ヶ浦さん!」
附属中3人娘を軽くにらみながら、まず騎士団の席に行った。
「おかしいですよ? 僕らはあの陣地でなんとか耐えていただけで、それを助けて敵を掃討したのは騎士団の皆さんじゃないですか? 『救国の英雄』って? 救国したのは騎士団ですよ!」
隊長さんたちは苦笑いだった。
「まあまあ咲見くん。騎士団ってさ、救国するのは通常業務だから。‥‥だったら町の中学生が、君がやってのけた! って言ったほうが面白い。インパクトあるだろ? バズるだろ? あの時も言ったけど、俺ら本当に助かったんだぜ? 君らがあそこで敵を足止めしてくれたからこそ、騎士団は無傷で上陸展開できたんだ。重要な戦果だ。誇っていいんだぜ」
「でも」
「それに敵の後段組織を壊滅させたのはラポルトだし、敵の心を折った最後の砲撃は、君じゃんか。いいんだよ。君の、いやゴメン。君たち18人の功績でさ」
「‥‥『ラポルト』って、錦ヶ浦さんまで?」
「ああ、DMTには君が付けた名前が使われるだろ? 海軍のゲン担ぎで。だからあの戦艦もこの際『ラポルト』って名付けることになったんだよ。正式にさ」
「あの‥‥!」
番組のスタッフの人に、合図をされた。もうCMが明けるらしい。席へと戻る。
「‥‥では。ええとSNSでの質問が多数来ておりますので、質問コーナー‥‥いきますね?」
女性アナウンサーの進行で中継が再開した。「本当に行っていいのか?」そんな表情だった。
一般の人が番組に寄せたつぶやきやメール、そういうのから質問を拾って、僕らが答えるコーナー。さっきの記者会見とそんなに変わりない。
ただ、かわいい質問も混じってた。「お船の中でオバケは出ますか?」とか「ラポルトに乗って私の家まで遊びに来てくれますか?」とか。
そんな素朴な質問に、僕も、後ろの15人は笑ってた。そうやって少し気持ちと空気が和んだところで、また総理大臣の人と会話となった。
この際だから、総理に訊いてみたいこと、ありますか?
あんまりない。後ろの女子たちも。
桃山さんが気を使って「素敵なネクタイされてますね?」、「ああ、これはね、秘書がね、‥‥‥‥いや妻だったかな?」と数度のやりとり。流石だ。
「ハイ」
そこで、僕が手を挙げた。
少し会場が、ピリッとなった。




